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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第4話「オルフェンスの対岸」
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プロローグ 「魂の還る場所」

 これは自分の中にある、もっと古い記録の一つだ。アストルムは休眠状態の自意識の中でそう認識した。この事象は、人間が見る夢と同じだ。蓄積した情報の整理処理の一つに過ぎない。

 だから、アストルムは情報処理に意識を任せた。



◇◇◇



「アストルム……アストルム?」

 声が聞こえる。

 自分の名前を呼ぶ声にアストルムはゆっくりと目を開ける。初老の男性の顔があった。彼が自分の製作を開始してから半年ほど経っている。しかし、白と黒が混じった髪は、出会った頃よりも白髪の数が増えているように見える。連日連夜、アストルムの製作や検討に時間を費やしていることによる心労だろうかと推定した。

「今日はなにか面白い話がありますか?」

「なにかあるというわけではないよ。いつも通り、雑談相手になってくれ。時に集中することも大事だが、誰かと話すことで思考が整理され、新たな気づきを得られることもあるんだよ」

 そう言いながら男性――ジェームズ・アルスハイムは、作業台にノートを広げて、ペンを執った。彼がいつものように研究日誌を書き始めたのを見て、アストルムは鏡に映る自分の姿を確認した。頭部と右腕がくっついただけの胴体が作業台に置かれている。三ヶ月前までは胴体に頭がついている状態だったことを考えれば、右腕だけでも自由に動かせるようになったことでできることが格段に増えた。

 ペンを持って字を書くことや物に触れて感触を確かめること、なによりも多少不自由ではあるが本を読めるようになったのが、アストルムにとって大きな進歩だった。

 アストルムの身体が置いてある近くには何冊もの本が置いてある。ジェームズは、たくさんの本を読むことで、この工房だけで得られない情報や経験、感性を会得してほしいというので、用意された本は多種多様なジャンルにわたる。

 アストルムの残りの部位は依然製作中らしいが、人間と同じような五体満足であったことはないので不自由さを感じない。しかし、自由に動けるようになれば、外の景色を見られるのだから、今よりは興味が広がるかもしれない。

「マリスとラピスとは相変わらず意見が食い違うが、アストルムの顔は彼女たちの意見の方が正しいな」

 顔の造形は、マリスとラピズの二人の魔法使いがこだわって作り上げたものらしく、どうやら美しいと評価されるものらしい。しかし、美醜の良し悪しを判断する指標を持たないアストルムには理解できないことだった。ただ、自分の空色の髪と薄い紫色の瞳は、気に入っている。

 ジェームズはいつもと同じように工房の外の様子や魔法使いたちとの議論の話をしていた。アストルムはそれを黙って聞いていたり、相づちを打っていたりした。

「今日はいつもより、声のトーンが低いですが、なにかありましたか?」

 アストルムの指摘にジェームズは苦笑を漏らした。

「なんだ、そんなこともわかるのか。息子と上手くいってなくてな。私がこれまでおこなってきた魔法学の研究を、アーティファクト製作や魔導士の技術にどうにか活かせないかと考えていて、それにのめり込みすぎて、家族を疎かにしてきたこともある。それに加えて、最近、孫のフィルも工房に出入りするようになったことが、気に入らないのだろう」

 ジェームズはどこか寂しさ含んだ息を吐き出した。

「一度、話をされたらどうでしょうか。息子さんとジェームズとの間にある齟齬を解決出来れば良いと考えますが」

「君にそういうことを言われるとは思わなかったよ」

 ジェームズが声を出して笑っていたが、それがなぜなのか理解出来なかった。これまで読んできた本に書かれていた物語を顧みても、人間関係が上手く行かないのは意思伝達がうまくいっていないからだであり、それに基づいて改善策を提示しただけに過ぎない。

「確かに会話してお互いに想っていることをすり合わせられれば、今より状況は改善するのだろう。けれど、もう遅すぎるんだよ」

 アストルムが提案したことはジェームズもわかっているようだった。しかし、彼にとってはその手段を講じるには手遅れと考えているようだ。

「ジェームズ、質問です」

「なんだい?」

「なぜ、ジェームズは魔導技士のことを優先するのですか?」

 アストルムの質問に、ジェームズはノートにペンを走らせる手を止めた。

 口元に手を当てて、自身の考えをまとめているようだった。

「妻との約束であり、なによりも自分の探究心に従っているからだ」

 彼のその言葉はどこか自分自身に問いかけているように見えた。そして確かめるように言葉を続けた。

「選んできた道が正しかったのかは、オルフェンスの対岸で君と再会できたなら、証明できるかもしれない」

「オルフェンスの対岸ですか……?」

 聞き覚えがない名称にアストルムが聞き返すと、ジェームズはその場所の意味を教えてくれた。

「古い伝承の一つだよ。そこは生命の海に還る前の魂と再会できると言われている場所だよ。オルフェンスの対岸で出会った魂を――」



◇◇◇



 そこでアストルムの情報処理が終了した。

 自意識が浮上していく。

 目を醒ますと、アルスハイム工房の二階にある自室だ。

 時計を確認するといつもと同じ時間だ。

 ベッドから身体を起こして、クローゼットから衣服を取りだして着替え始める。

 着替えながら改めて自分の部屋を見渡した。ベッドと机、姿見の鏡、そして本棚と小物入れを兼ねた棚ぐらいしかない。レスリーに質素すぎて驚かれたことがある。

 他者からは最小限のものしかないように映るかもしれない。けれど、アストルムにとってはこれだけで十分だった。

 着替えを終えて、昨晩の内に準備を済ませていた荷物を手に部屋を出る。

 今日から数日間はプロタクラム都市群遺跡という場所で、冒険者の遺跡調査同行をおこなうことになっている。

 リビングに荷物を床に置いて、そのままキッチンに向かって朝食の準備を始めた。

「馬車での移動ですから、少しボリューム多めに作ることにしましょうか」

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