チャプター5 「星祭りの夜に」8
名前を呼ばれたマーヴィスは、台車を押すアマリスと共に姿を見せた。アマリスが押す台車には布が掛けられていた。布越しのシルエットからは、三十センチ四方の箱だということが分かる。
いや、この場にいる誰しもがあの箱がなんであるかを知っている。イディニアにおいて、数少ないエピック・アーティファクトなのだから。
「皆様の熱い視線がワシの箱庭世界に注がれておるのがわかるが、しばしワシに時間をいただきたい」
マーヴィスは咳払いした。それだけで大ホールが静かになる。
「アーティファクトとはなにか? それは魔法使いが行使する奇蹟を人が行使できる形に落とし込んだものじゃ」
それは魔導技士であれば誰しもが知っている言葉だ。
「アーティファクトを作り、世界を、国を、人を、豊かにする。それが魔導技士の使命であるとワシは考える」
マーヴィスの視線がこちらへと向かう。
「今日、アーティファクトを披露した若者は荒削りであったがそれでも彼らに可能性を感じる。使用者の動作を真似るアーティファクトを応用すれば、遠く離れたところで人間の代わりに作業を行なわせることや複数のアーティファクトを用意すれば、工場の作業も効率化することだろう。それにはまだまだ改良や向上が必要じゃがな」
続いて、マーヴィスの視線はミーシャに向けられた。
「そして今後の魔導技士を牽引していくであろう天才が見せたアーティファクトはあっけらかんと披露したが、そんな簡単なものではない。魔導技士はあれらのアーティファクトが容易に作れるものではないと気が付くだろう。彼女ほどの実力者、そしてそれに追随する者たちが歩みを止めなければ、イディニアは更に発展していくことだろう」
だから、と言うマーヴィスの言葉には熱が籠もる。
「ワシはエピック・アーティファクトを魔導技士たちの到達点だとは思っていない。通過点じゃよ。一年後、二年後、その先、もっと先の未来、魔導技士は、いや、アーティファクトの恩恵によって人々は魔法使いに近づいていく。そして、夢見たこと、思い描いたこと、その全てを実現出来る日が遠い未来にやってくるとワシは信じている。だからこそ、魔導技士よ、夢を、空想を、狭めることなかれ。それらこそワシらが目指す奇蹟となる」
マーヴィスの言葉に拍手が湧き上がる。
フィルはマーヴィスの言葉を噛みしめていた。
「長話はここまでにしよう」
マーヴィスは孫娘のアマリスに目配せをすると、箱に掛けられた目隠しの布が勢いよく外された。
「これがワシの夢、空想を実現したエピック・アーティファクト、箱庭世界じゃ」
ガラス張りの箱、その中に動物や妖精の模型や土や苔、木々がある。精巧に作られたそれは箱のなかに世界の一部を切り取って収めたようだった。
「さあ、三分間じゃが、この箱庭をご堪能あれ」
エピック・アーティファクトの箱庭世界の機能は誰もが知っている。そしてなぜエピック・アーティファクトと認定されたのかも周知のことだ。
箱庭世界が光を放つ。
それは一定領域を書き換える。
箱庭世界の機能は三分間の世界改変。
その奇蹟をおこせるからこそ、エピック・アーティファクトに選ばれている。
マーヴィスのそば、箱庭世界から徐々に世界が上書きされていく。
絢爛豪華な大ホールの床は草原へ、壁があった場所は森へと変わり、その更に向こう側まで見える。
「すごい」
隣のルーシーから感嘆の声が漏れた。
奇蹟としか言えない光景に、フィルたちは言葉を失った。
世界を書き換えることだけを考えれば、夜染めの箱でも実現出来る。しかし、夜染めの箱は実在する夜を封じ込めて、それを一定領域に展開する程度だ。箱庭世界はマーヴィスが作った世界で上書きする。
風が草木を揺らすと音が耳に届き、緑の匂いが鼻腔に届く。
森の方に近づけば、動物の鳴き声も聞こえてくる。
花に触れれば、朝露にでも濡れたように花弁から一雫が零れ落ちた。
「アハハ、アハハ」
無邪気な笑い声の方を向けば、小さな妖精がフィルとルーシーの周囲を飛んでいた。
指をそっと差し出せば、妖精はその指に腰掛けて、笑顔を振りまいて、飛び立っていく。指先に残る体温と重さ、それが妖精が実在していることを示していた。
妖精だけじゃなく、見るもの、触れるもの、何もかもが本物だった。
たった三分。
その時間だけ、この世界はマーヴィス・フォスターの箱庭になった。
「もう……アーティファクトの域を超えて、魔法……いえ……奇蹟ね」
ルーシーが絞り出した絶賛の言葉に同意するしかなかった。
「言葉がないというのはこのことだな」
これがミシュル、いやイディニア最高峰の魔導技士マーヴィス・フォスターが作り出したアーティファクト。魔法を越え、奇蹟を実現したもの。
フィルは息を飲みながら、自問自答した。
自分は生涯を掛けて、奇蹟を生み出すことが出来るのだろうか。
胸の中に生まれたのは焦りではなく、憧れに近い想いだった。目指すべき場所、目指したいもの、それに今は手を伸すだけだが、いつか自分もその場所に立ちたい。
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