チャプター5 「星祭りの夜に」6
突然のルーシーの怒声に呆気に取られてしまった。
「は?」
「徹夜でアーティファクト作って、ダンスの練習もして、当日迎えたのよ!?」
ルーシーはわざとらしく両手を広げた。
「ねえ、聞いてるの!?」
今度はこちらを指差す。眼前に突きつけられた彼女の指に思わず仰け反ってしまう。
「聞いてるけど……?」
気が付けば楽団が奏でる楽曲が止んでいた。
「あなたのミスで来賓の皆さんが、呆れてるじゃない! いいから、私に合わせなさいよ!」
ルーシーは何かを訴えるようにフィルに右目でウィンクした。
それで彼女の言葉を思い出した。
『当日は、私に合わせなさい』
だから、彼女の言葉を信じて、言葉を発する。
「呆れてるのは俺じゃなくて、ルーシーが突然怒るからだろ。――そこのお姉さんはどうですか?」
突然、指名された女性は戸惑う。
「えっ……私ですか?」
「そうお姉さん。皆さんが呆けてるのは、俺がこけそうになったからですか? それとも彼女が怒ったから?」
「えっと……お嬢さんが声を出したから……ケンカ始めたかと思って……」
フィルは大げさに頷いて、振り返って見せる。
「ほら、ルーシーのことが原因だよ」
「そんなことないわよ。絶対、あんたがミスしたからよ。ねえ、そうですよね、おじさま? 私たちの番い人形を見ていて、あれ?って思いましたよね?」
今度はルーシーが来賓の初老の男性に話題を振った。
「いや……確かに……アーティファクトの動きがおかしいとは思いましたが」
「やっぱり! せっかく準備してきたのに……!」
初老の男性の声を聞いてルーシーは、ほら見たことかとフィルに食ってかかる。
その様子に、聞き覚えのある大きな笑い声が聞こえた。
「あはは! ごめんなさい! でも、二人が言い合ってるのをその小さな人形が真似するのが可笑しくて……!」
笑い声の主を探せば、来賓に紛れてフィルたちを見ていたレスリーだった。
その笑い声が呼び水となった。
「あ、本当だ」
「小さな演劇を見てるみたい」
番い人形を見ていた人、言われて気が付いた人、後ろから覗き込んだり背伸びしたりして見ようとする人、それぞれの視線がアーティファクトに集まる。
今が好機だとフィルとルーシーはお互いに動き続け、喋り続けた。身振り手振りは大きくしてみせる。それによって番い人形も大きく動く。それを見て来賓が笑う。
笑い声を聞いて、表情を見て、心が満たされていく。
「いいわよ。今日は特別に許してあげる」
「なんで俺が悪いみたいになるんだよ」
「文句あるの?」
「ないよ」
「ほら、最後ちゃんとダンスで締めるわよ。そうじゃないと何のために練習したかわからないじゃない」
もう一度、ルーシーの手を取る。
「お願いします!」
楽団の指揮者の方に向けて声を掛けると楽曲が再開された。もう一度最初から踊る。今度は来賓の反応がいい。番い人形の動きを楽しみ、フィルとルーシーへの声もいくつも飛んでくる。
踊り始めたときとは違い大ホールは笑いに溢れていた。
「「ありがとうございました!」」
踊り終えたフィルとルーシーは呼吸を整え、声を合せて一礼する。
顔を上げて、鳴り響く拍手ルーシーと笑い合った。
来賓たちの笑顔を見れば、結果は一目瞭然だった。
やれることをやりきった。それを表わすように彼女の笑顔は達成感に満ちあふれていた。
拍手と歓声を上げる来賓たちの中にミーシャの姿を見つけた。彼女も周囲の観客と同じように拍手を送っていた。しかし、それを途中で切り上げると、来賓たちを掻き分けるようにして姿を消した。
番い人形と共にステージを上がり、舞台袖に戻り、共鳴の珠の停止させる。
舞台袖から大ホールの外へと抜けて、どちらともなく、大きく息を吐く。
安堵の息だ。
「お疲れ!」
ルーシーが手を上げる。
「ああ、お疲れ!」
フィルは彼女のその手を叩く。
喜びが乗った音が室内に響く。
「途中でルーシーが怒りだしたからビックリしたよ」
「あのままじゃ、ダメだったと思ったから、念のために考えておいた別プランに切り替えたのよ。合せてくれて助かったわ」
「そういうことなら、事前に別プランを教えておいてくれよ。ルーシーが前に、合せろ。って言ったのを思い出したから、必死に合わせたよ」
「ありがとう。一番、感謝しないといけないのは、レスリーね。あの子が笑ってくれたから、空気が変わったわ」
「レスリーには助けられたな」
星祭りが終わったら、レスリーに感謝も込めて、竜の大鍋で美味しいものでも奢ることにしよう。
ゆっくりとしていたいが、すぐにミーシャのアーティファクト披露が始まる。手早く片付けをしてスタッフに荷物を預けて、大ホールの後方から静かに中へと入ると、丁度、ランドリクがミーシャの名前を呼んで呼び込んだところだった。
彼女は舞台袖からではなく来賓たちの中から姿を現した。
ゆっくりと笑顔を浮かべながら悠然と歩く姿に、フィルは美しさよりも冷たさを感じた。
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