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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター5 「星祭りの夜に」5

「さて、ご歓談中の皆さん。ここでしばしお時間を頂戴したく思います」

 大ホールからランドリクの声が舞台袖に響く。

 ミシュルの魔導技士がアーティファクトを披露するブロックの取り仕切りは、ランドリクが中心におこなわれていた。

 出番は、フィルとルーシー、ミーシャ、マーヴィスの順になっている。

 フィルとルーシーは彼の言葉を聞きながら、舞台袖で番い人形と共鳴の珠の最終確認をしていた。トランクを開けて、中に入っている番い人形を取りだした。二体の番い人形も今日の場に合せてジャケットとドレスを着ている。フィルは関節の駆動部と共鳴の珠がしっかりと取り付けられてるかを確認する。

「大丈夫だ」

 番い人形をトランクに戻す。

「ルーシー、そっちは大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ」

 腕を組み、ランドリクが立つステージを見つめる彼女が小さく震えているのは、わかった。

「緊張してるのか?」

 ルーシーはこちらを見ずに肯定した。

「そうよ。あんたは緊張してないの?」

 これから大舞台に立つというのに緊張しないわけはない。

 その緊張を外に出しても仕方ないから、フィルは必死に抑え込んでいた。胃の奥がキリキリと痛むがそれも今だけだ。

「してるさ。今も頭の中で、ダンスを必死に思い出してるところだよ」

 そう答えると、ルーシーはこっちを見てニヤリと笑った。

「ミスしてもいいわよ? その時はちゃんとカバーしてあげるから」

「期待してるよ」

 お互いに声に出して笑った。

 失敗してもいい。

 今日はパーティー参加者を楽しませればいいんだから。

 フィルはルーシーの隣でステージを見つめた。

「ここまできた」

「あとはやるだけね」

 丁度、ランドリクが二人を呼び込んだ。

「それでは、ミシュルの若手魔導技士に登場してもらいましょうか」

 ランドリクの声に応えるように大きな拍手が聞こえる。ルーシーと目を合わせて頷く。

「行くか」

「ええ」

 舞台袖からステージへと出ていく。

 割れんばかりの大きな拍手が響く。

 笑顔を浮かべながら、歩いていく。

 ステージ中央に着くとルーシーが、ランドリクからマイクを受け取った。

「お集まりの皆様、初めまして。ルゾカエン工房所属、ルーシー・アレグリアです。今回は私とアルスハイム工房所属のフィル・アルスハイムが製作したアーティファクト、番い人形をご覧入れます」

「フィル・アルスハイムです。今日、このような場を設けていただき嬉しく思っています。これから私とルーシーとで作った番い人形を楽しんでいただければと思います」

 二人はステージ左右に設置された小さな階段を降りて、中央のスペースに移動する。手に持っていたトランクを置いて、番い人形を取り出す。番い人形を来賓たちの近くに番い人形を置いて、魔力を流すと、番い人形は背筋を伸して自立した。フィルたちはそれを確認してスペースの中央へと戻る。

 番い人形との距離は三メートルほどある。ルーシーと視線を交わして、自分の全身に魔力を循環させる。それに反応するように身体に付けている共鳴の珠が淡く光る。

 ルーシーがランドリクに目配せすると、ランドリクが控えていた楽団に合図を送った。 ゆったりとした曲が大ホールに流れる。

「やるわよ」

「やろう」

 楽曲に紛れるほど小さな声で応えて、ルーシーの白い手を取り、ドレスから剥き出しになっている背中に手を回す。

 フィルの動作に共鳴の珠が反応して番い人形が動作を再現する。フィルの動作が番い人形に伝わるまでの時間差は刹那の時間だ。フィルが装着している十三の共鳴の珠が、手足の各部位、首がどの方向にどのぐらいの速さで動いたのかを算出し、それを双子岩の欠片の魔力伝搬時に付加情報として、番い人形に渡す。その情報を元にニルアントの蔓と金色蚕の糸で構成された人造筋肉の伸縮の強弱を制御して、番い人形が動作を再現する。

 それを見て大丈夫だ。そう言い聞かせて、最初のステップの踏み出した。フィルはルーシーをリードしながら踊る。

 右足、左足、ターン。それからとフィルは頭と身体に叩き込んだ動作をこなしていく。

 最初はフィルたちに集まっていた視線は徐々に男女の番い人形へと向けられ始めた。フィルとルーシーは中央のスペースで円を描くように踊っている。番い人形はフィルたちより来賓に近い場所で踊っている。この場の主役は二体の番い人形だ。自分たちが主張するわけにはいかない。

 けれど、問題があった。

 それは番い人形の大きさだ。

 番い人形は八十センチ程度しかない。小さな子供の程度の大きさだ。これでは後方の来賓の目には届かない。

 だから、フィルとルーシーは少しでも来賓の近くで番い人形が動くようにした。これらで小さな番い人形に視線を行きやすくした。

 その作戦は成功した。番い人形がステップを踏む度、ターンを決める度に感嘆の声が漏れ聞こえる。フィルは踊りながら来賓の表情を盗み見ると、真剣なもの、見守るもの、興味深そうなもの、さまざまだった。

 しかし、物足りなさがあった。大ホール内の空気があまりにも静かすぎた。楽しんでもらうのが今回の目的だ。来賓たちの空気は楽しんでいるとは言えないものだ。

 楽団が奏でる音楽もそろそろ終盤へと向かう。ステップを重ねて、奥まで行ってターンを決める。そして中央に戻ってダンスを終える。それだけだ。しかし、フィルは最後のターンが苦手だった。

 やれる。と言い聞かせて、最後のターンを――。

 足がルーシーの足にぶつかりバランスが崩れる。

 左側へと世界が傾き始める。

 まずい。

 どうにか立て直そうとする。しかしバランスが崩れた身体はフィルの意志に応えてくれない。

 不意に背中を支えられた。本来フィルの右二の腕あたりにあるはずのルーシーの左手だ。ルーシーを見れば、笑顔は崩さず、目だけで「しっかりしなさい」と訴えていた。フィルはどうにか姿勢を戻すが、ルーシーのステップが止まった。ルーシーは組んでいた手を解き、フィルを指差した。

「あなたね、本番当日ぐらいしっかりしなさいよ!」

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