チャプター5 「星祭りの夜に」3
大ホールは絢爛豪華に彩られ、前方にはステージがあり、後方には楽団が生で演奏している。中央のスペースでは、楽団の演奏に合わせて、ダンスをしている来賓たちの姿が見える。それを囲むように設置されている大小のテーブルにはさまざまな地方の料理やお酒などが並んでいた。
「フィルさん、私、料理食べてきていいですか!」
レスリーは大きな瞳を輝かせていた。普段味わえない特別な雰囲気に気持ちが浮かれているのかもしれない。この一ヶ月がんばってくれた彼女を引き止める理由はない。
「ああ、いいぞ。滅多に食べれないものばかりだから楽しんできな」
「アストルムさん、行きましょう!」
「レスリー、そんなに走るとぶつかりますよ」
たしなめるアストルムの言葉に、わかってますよ! と、レスリーはアストルムの手を引いて人の間を縫うように消えていった。
大ホール内を見渡すと人だかりが出来ている場所があった。好奇心から向かってみると、中心にいたのはミーシャだった。前回会った時のようなボサボサの髪やだらしない服装ではなく、手入れが行き届いた髪と彼女の細いラインを際立たせる黒いドレスを纏っていた。
「いえ、私はまだまだ若輩者です。マーヴィス翁を始めとした先人がいらしたからこそ今の魔導技士があります」
「またご謙遜を。ミーシャさんの実力はミシュルだけでなく、私の国にまで届いていますよ」
「それはとても光栄ですね」
ミーシャの会話をトニーが後ろで見守っていた。彼はミーシャが妙なことを言い出さないか内心ヒヤヒヤしていることだろう。
あれが世間が知っているミーシャ・ルゾカエンだ。整った顔立ち、落ち着きと知性を感じさせる話し方と雰囲気、まさに才色兼備な女性だ。ルゾカエン第二工房で見せた激情や他者に向ける冷たい眼差しはそこにはない。
遠巻きに見ていると、一瞬、ミーシャと目があった。
「どうかされましたか?」
「なんでもありません」
ミーシャが笑顔で否定したタイミングで会場から声が聞こえた。
「マーヴィスさん!」
誰かがその名前を呼んだ。それが呼び水になったように大ホールの中がどよめいた。マーヴィス、魔導技士いやイディニアと周辺諸国でその名前を知らないものはいないだろう。
「マーヴィス翁が来たみたいよ。行きましょう」
さすがのルーシーも興奮した様子で声がした方へと足早に歩き出した。
「わかったから急がないでくれ」
一足先に向かったルーシーの後ろについていく。
マーヴィスを囲う人を掻き分けながら、前へ、前へと進んでいく。やっとの思いで抜け出ると多くの人たちの中心に小柄な老人と若い女性の姿があった。
「こんな老いぼれよりも、パーティーを、星祭りを楽しんでおくれ。あまり話をしてしまうと、ワシが今日この場に呼ばれた役割を果たす前に疲れてしまうわ」
タキシード服に身を包み、右手で杖をついている老人がマーヴィス・フォスターだ。
ミシュル三大工房の一つであるフォスター工房の工房長であり、そしてエピック・アーティファクトの製作者だ。
齢七十七にして、イディニアの魔導技士の頂点に居続ける存在だ。
彼の手や顔には年相応の皺が刻まれており、それはまるで彼が歩んできた魔導技士人生の苦楽を示しているようだった。
彼の後ろに控えめに立っている女性が困り顔でマーヴィスに何かを耳打ちする度に、マーヴィスは首を振っていた。
「失礼、通していただけますか?」
声と共に、フィルの視線の奥で人だかりが割れた。皆が道を作ったのは、一人の女性、ミーシャ・ルゾカエンの為だった。彼女はその道を悠然と歩き、マーヴィスの前でお辞儀をしてみせた。
「お久しぶりです、マーヴィス翁」
「おお、久しいのう。お前さんの活躍はこの老いぼれの耳にもよく届いておるぞ、小娘」
「そんな小娘の活躍が聞こえるぐらいには、耳は遠くなっていないようですね」
マーヴィスとミーシャにとっては軽口のつもりなのかもしれないが、イディニア三大工房の工房長同士の言い合いはどこか緊張感を覚えてしまう。
「言いよるわ。まだまだ若い者には負けんよ。挨拶に来たのは殊勝な心がけじゃな」
「ええ、これでもマーヴィス翁のことは尊敬していますから」
「そういうことにしておこうかのう。ランドリク、お主はどうじゃ?」
マーヴィスがランドリクの名前を呼ぶと、彼はめんどくさそうに頭を掻いて出てきた。彼はジャケットを着ているが、分厚い筋肉を覆い隠すには少しばかり足りておらず、ジャケットが窮屈そうだった。
「俺もじいさんのことは、尊敬しているぞ」
「よく言うわ。今回のレセプションパーティーで、若い魔導技士の場を設けるのにだいぶあちこちに根回したそうじゃないか。泣きつかれるワシの身にもなれ」
「そこは未来ある若者たちのために我慢してくれ」
「そうそう。早く隠居して、私に道を譲って下さいよ」
「何を言う、ワシは生涯現役じゃよ。小娘ごときに譲る道なぞないわ。」
ミシュルを代表する工房の工房長が一堂に会している。こんな光景を見ることが出来るのはなかなかない。ミーシャは野心を剥き出しにしながらマーヴィスと言葉を交わしているが、ランドリクはマーヴィスに対して敬意を持っているのが伝わってくる。
フィルがその場から離れるとルーシーが慌てて追いかけてきた。
「ちょっと、マーヴィス翁に挨拶に行かないの?」
「あとででも伺うよ。三大工房の工房長同士の会話を楽しんでるのに水を差す訳に行かないだろ」
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