チャプター5 「星祭りの夜に」1
「ちょっと、痛いって」
「しょうがないだろ。久しぶりなんだから」
「じゃあ、もう一回。――そっちじゃなくて、こっち。違う、違う」
「えっと……」
「なんかやりとりだけ聞いてると、いかがわしいですね」
ジト目のレスリーに反論をしたかったが、フィルはそれどころではなかった。
星祭りを明日に控えた昼下がり、フィルは庭でルーシーからダンスの手ほどきを受けていた。番い人形と動作を連動させるアーティファクト――共鳴の珠の製作は終わったが、パーティーで披露するダンスを覚えなければならなかった。披露するダンスはイディニア国立魔導技士学校の卒業パーティーで踊ったワルツだ。学生時代の記憶からワルツのステップを引っ張り出すが、そのステップはおぼつかないでいた。
フィルの踊れなさに呆れたのか、ルーシーは大きく溜息を吐いた。
「上手く踊ろうとしなくていいから、まずはステップを覚えましょう」
「悪いな」
「いいわよ。ほら」
彼女の細い手を握り、背中に手を回す。
両の手から感じる彼女の温もりに気恥ずかしさを感じてしまう。そんなフィルの胸の内を察してたのかルーシーは呆れて見せた。
「大人なんだから恥ずかしがらない。そっちが恥ずかしがると、こっちまで恥ずかしくなるから」
「あ、ああ……」
「じゃあ、最初は右足からよ」
ルーシーの指示に従って一ステップを踏み出す。そこから覚えているステップを確かめるようにゆっくりと踊っていく。ルーシーもそれに合わせてくれて、こちらを急かすことはなかった。間違えることがあれば、ステップを確認してもう一度。そうやって練習していると、あっという間に夕暮れ時になっていた。
「ここで最後ターンして……っと――」
ターンをしようとしたところで、フィルはバランスを崩してよろめいてしまった。それをルーシーが抱き留める形で支えた。
「大丈夫?」
彼女の細腕に支えられ、眼前には彼女の顔があった。距離の近さにフィルはドギマギしながらお礼を言った。
「ありがとう」
体勢を立て直して、ルーシーの手を解く。彼女は両手を腰に当てて頷いた。
「最後のターンの成功率が低いわね」
「足の運びがどうも苦手なんだ」
「もう少し練習して成功率を上げましょう。ダンスが上手くいかなくても、いざとなったら、どうにかするわよ。だから、当日は、私に合わせなさい」
「頼りにしてるよ」
自分のダンスの不甲斐なさに、フィルは夜に染まりつつある空を見上げた。視線の先、黄昏の空には星の輝きが点在していた。
その中、一つ、星が流れた。
「あっ」
思わず声が出てしまった。
「どうしたの?」
「いや、流れ星が」
「バロンド山行ってからは、ずっと工房に籠もってたから、夜空を見上げるなんて久しぶりね」
フィルとルーシーは二人とも手を腰に当てて、流れる星々を眺めていた。
「明日の星祭りがケルサス流星群の極大だけど、ここ数日は流れ星が多いみたいね」
「もう明日か」
「明日ね」
胸にはここまで来たことの思いがあった。
平坦ではなく、立ち止まったり、躓いたり、そうしながらもこの一ヶ月を隣にいるルーシーと歩いてきた。
今、ここまで来られたのは二人で歩いてきたからだと思う。
その成果がどう評価されるかは明日次第だ。
「フィル……」
「ん?」
呼びかけられ、ルーシーの方を見ると、彼女は何かを言いかけるように口を開いたが、続く言葉はなく、視線を夜空へと戻した。
「あの……ううん、なんでもない。明日、がんばりましょう」
「ああ、楽しませてやろう」
「フィル、ルーシー、失礼します。お客様がいらしています」
アストルムの声が聞こえて振り向くと、アストルムの隣にトニーの姿があった。
「いい雰囲気のところ悪いわね。あなたたち、明日の衣装とか準備終わってるの?」
その問いかけにフィルとルーシーは顔を見合わせた。
「あっ」
アーティファクト製作とダンス練習に追われていて、衣装のことをすっかり忘れていた。フィルの反応にトニーは溜息を吐いて呆れてみせた。
「そんなことだと思ってたわ。明日、お昼ぐらいにルゾカエン第二工房に来なさい。アタシが贔屓にしているお店に連れて行ってあげるわ。フィルちゃんはともかく、ルーシーちゃんたちはせっかくのパーティーなんだから、とびっきり可愛く、キレイにしてあげなきゃね。」
「トニーさん、助かります」
「いいのよ、ルーシーちゃん。アタシにはこのぐらいしか助けてあげられないから」
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