チャプター4 「見えなくても伝わるもの」8
工房内で作業する三人が集中し、沈黙の時間が続いた。静まりかえった工房は、時計の針の音とそれぞれの作業音がはっきりと聞こえた。
その中にドアをノックする音が混じった。
「皆さん、少し休憩されてはどうですか?」
アストルムはドアを開けて、そう提案した。
時計に目をやると休憩にするには丁度いい時間だった。
「そうだな、ここで休憩にしようか」
ルーシーとレスリーに声を掛けて、工房からダイニングへと移動した。
ダイニングの上にはカップケーキと紅茶が四組用意されていた。
紅茶の香ばしい薫りとカップケーキの甘い匂いが鼻腔をくすぐった。それに釣られるようにレスリーは我先にと席についてケーキを見て目を輝かせていた。
「やったー! 疲れてる時に甘い物は最高です」
「その意見には同意だわ」
ルーシーはレスリーの意見に頷きながら席に着いた。
「カップケーキか、焼いたのか?」
「いえ。ご近所の奥様が作りすぎたからもらって欲しいとのことでしたので、ご厚意に甘えさせていただきました」
「じゃあ、今度なにかお礼しないとな」
「カップケーキ美味しい!!」
「レスリーが絶賛していたこともお伝えしておきますね」
カップケーキに大満足しているレスリーを見ていると、フィルまで頬が緩んでしまった。隣のルーシーを見ると、彼女も笑顔でカップケーキを頬張っていた。それに気が付いた彼女は口の中のカップケーキを嚥下して、気恥ずかしそうに口を開いた。
「なによ?」
「カップケーキを美味しそうに食べてるなと思ってさ」
「美味しいわよ。先に言っておくけど、あんたの分のカップケーキいらないからね。ちゃんと自分で食べなさいよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせ、『自分は甘い物そんなに好きじゃないからどうだ?』とか言うつもりだったんでしょ」
「ぐっ……」
ルーシーに図星をつかれて、口ごもった。
「あんたは昔から甘いんだか、優しいんだかわからないことを――」
ルーシーの小言に、フィルはただ頷くだけだった。こういう時のルーシーの対処は彼女の気が収まるの待つに限る。そうやってじっと耐えているフィルは正面のアストルムが懐かしそうに微笑んでいることに気が付いた。
「お二人は学生時代から変わらないですね」
「アストルムさん、この二人って昔からああなんですか?」
「ええ。本当に仲がよろしいですよね」
彼女の表情と声音が昔を懐かしんでいる。それをアストルムが表現することにどれだけの意味があるのか、彼女は気が付いてないのかもしれない。アストルムはこれまでの体験してきたことを記録して保存している。過去を思い出すことはできるが、それはただ情報を参照するという処理をこなしているだけであって、時間経過に想いを馳せるようなことはなかった。
フィルとルーシーが、アルスハイム工房でアーティファクトを作っている日々が、アストルムに小さな変化に結びついたのかもしれない。
「仲がいいというか、これは夫婦みたいなもんじゃないですか……」
レスリーが呆れながら何かを言っていたが聞き取れなかった。
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