チャプター4 「見えなくても伝わるもの」7
バロンド山からミシュルに戻ってきたのは予定より少しばかり遅れて夜を迎えた時間だった。フィルたちはランドリクにお礼を言って、すぐにアルスハイム工房に戻った。
必要な素材は揃った。ここからは時間との勝負だ。
「フィル、ルーシー、おかえりなさい。どうでしたか?」
カウンターにいたアストルムが迎えてくれた。
「無事に双子岩の欠片は手には入ったよ。――朝、頼んだものはできてる?」
「ええ。レスリーの分と合せて工房のフィルの机に置いてあります」
「ありがとう、助かったよ。レスリーは工房か?」
「はい。シアンさんからの酔い止めと酔い覚ましの追加発注がきたので、その作業をしています」
「ありがとう」
アストルムにお礼を言って工房に入ると、レスリーは自分の机で集中して作業していた。フィルは自分の机の上に置いてある番い人形の素体になる人形が入っているであろう大きな箱が二つと、加工されたニルアントの蔓の束があった。
「レスリー、ありがとうな」
フィルがお礼を言うと、レスリーは作業の手を止めずに片手を振った。
「いえいえ。そのぐらいしかお手伝いできませんから。ただ星祭りが終わったら、お休みをください」
彼女の切実な願いに苦笑した。
「そのつもりだよ。あと一週間弱がんばってくれ」
レスリーは手を下げて作業に戻った。
フィルは机の上にあったものを中央の作業台に並べる。ルーシーもそれを手伝いながら作業の準備をしていく。
素体になる人形、ニルアントの蔓、双子岩の欠片、番い人形の図面と道具一式、これで必要なものはほとんど揃った。しかし、まだ足りない物がある。
「俺が番い人形を加工する。そっちに動作連動に使うアーティファクトを任せていいのか? これから図面作るんだろ?」
「ええ、バロンド山の帰り道に論文読んで簡単に図面をメモしてあるわ」
「いつのまに……」
「フィルとランドリクさんがいびきをかいて寝てる間によ。図面を清書するから製作は出遅れるけど、双子岩の欠片のおかげで魔法理論を構築する必要がないのは助かるわ」
「じゃあ、やるか」
「ええ」
フィルは番い人形の素体が入っている箱に手を伸ばした。箱を開けると精巧に作られた男の子の人形と、もう一つの箱には女の子の人形が入っていた。フィルは男の子の人形の方を手に取った。フィルがアストルムに頼んでいたのは、人形の二の腕や上腕部、太腿、ふくらはぎなどの内部を空洞化することだった。それらの部分に加工したニルアントの蔓と金色蚕の糸を埋め込み、人形の筋肉と神経とした。魔力を流してニルアントの蔓の収縮具合を確認して、水晶木の枝と夜光魚の鱗の粉末で魔力の増減衰をコントロールする。ただ、細かいところはルーシーと相談しながらの調整になる。ルーシーが図面起こしから製作している動作連動のアーティファクトで、ルーシーとフィルの動きと番い人形の動きを連動させてみて、動きの違和感を取り除いていく必要がある。
バロンド山から戻ってきてから、二人はほとんど休憩もせずに作業を続けていた。時折、食事や小休止に席を立つことがあったが、それ以外の時間、フィルもルーシーも作業の手を止めることはなかった。
気が付けば、作業に集中している二人の会話は最低限のものになってきていた。
「ねえ」
「後ろの右の棚、上から二段目」
フィルはルーシーの質問に答える。
「ルーシー」
「そこはもう少し可動域確保できるようにしましょう」
ルーシーもフィルの質問に答える。
「あのー」
「どうした?」
遠慮がちなレスリーの声にフィルが顔を上げると、彼女は怪訝な表情をしていた。
「お二人とも……よくそれで相手の言ってることがわかりますね」
フィルはレスリーが言っていることがわからず、ルーシーの方を見るが彼女も分からないようで首を傾げていた。
「なんのことだ?」
フィルも理解が出来ずにいると、レスリーは驚きの声を上げた。
「ええ!! 無自覚ですか? 作業中、『それ』、『アレ』、『ねえ』とか、お互いの名前を呼ぶだけで相手が何を聞きたいか、何も求めてるか、理解してますよね?」
「そんなわけないだろ」
「そうよ。そんな器用なことができるわけないでしょ」
フィルはルーシーと二人で首を捻る。
名前や呼びかけるだけで相手が何をして欲しいのかわかるわけがない。レスリーに無理をお願いしすぎたことで疲労もピークに達してなにか勘違いしてるのかもしれない。
「レスリーが集中してるとか疲れてるとか、俺たちのやり取りを聞き漏らしたとか勘違いしてるだけじゃないのか?」
「そうですかね……?」
レスリーは眉をひそめて、納得はしていない様子だったが、作業に戻っていった。
もしよければ、ブクマや評価、いいね!を頂けるとモチベーションに繋がりますので、お願いします。読了でツイートしていただけるだけでも喜びます!!!




