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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター4 「見えなくても伝わるもの」5

 途中休憩を挟みながらの移動だったが、バロンド山の麓に着いたのは予定どおり昼頃だった。フィルたちは馬車から荷物を降ろした。

 標高八百メートルのバロンド山の、その山肌には多くの木々が生い茂っていた。耳を澄ませば鳥や虫の鳴き声が聞こえてくる。

「そんなに身構えなくても大丈夫だ。だいたい三百から四百メートルほど登ったところにある鍾乳洞を目指すことになる。そのぐらいなら四時間もあれば戻ってこれる。危険な道や野生動物もいないからそこは安心してくれ」

 大きなリュックを背負ったランドリクはゆっくりと歩き出した。フィルとルーシーは彼に続いて歩き出した。バロンド山の山道は思っていたよりも整備されている印象だった。舗装こそされていないが踏みならされていて歩きやすい。

 風が吹くたびに木々の枝が揺れ、葉が擦れる音が聞こえてくる。

 川のせせらぎが聞こえてきた頃、先頭を歩くランドリクは静かに手を挙げて制止を促した。

「ランドリクさん……?」

「静かに。そしてゆっくりとこっちへこい」

 フィルとルーシーはそれに従い、息をひそめる。彼の指先は森の奥を指していた。そこには先端が見事な赤色に染まった大きな角を持った鹿が二頭いた。炎角鹿(えんかくじか)だ。角の先からは時折小さな炎が吹き上がる。炎角鹿は外敵から身を守るため、攻撃されると角を相手に向けて噴出する炎で威嚇したり攻撃したりすると言われている。

「珍しいわね……」

「俺も炎角鹿を見るのは、十年ぶりぐらいだ。一昔前の乱獲でその絶対数が少なくなったからな」

「立派な角はアーティファクトや薬の素材にもなりますし、なによりもコレクターが多かったみたいですね」

「だから、今はイディニアとその周辺国では保護対象動物に指定されている。多少、個体数が増加傾向にあると聞いていたが……」

 フィルたちはしばらく炎角鹿を観察して刺激しないようにゆっくりとその場を後にした。中腹にある鍾乳洞を目指す途中の川では鱗をアーティファクトの素材として使うことが多い夜光魚や木の枝に逆さに止まっている逆さ鳥の姿を見つけて、ランドリクが特徴を教えてくれた。

 しばらく足を進めて開けた場所に辿りついた。ランドリクが周囲を見て安全なことを確認し、背負っていたリュックを降ろして休憩することにした。

 適当な岩に腰掛けて一息吐いていると、ランドリクが背負っていた大きなリュックからチョコを取りだした。

「ほら、甘い物でも食べな。嬢ちゃんも」

「ありがとうございます」

 フィルは差し出されたチョコを受け取って一口囓りながら、ランドリクの大きなリュックに視線を向けた。

「ランドリクさん、そのリュックは、なにが入っているんですか?」

「俺が素材採取で使う道具が一通り、それと水や食料、登山道具なんかだな。行く場所によってはテントや寝袋も持ってくるんだが、今日はそれらは置いてきた。それでも大荷物だな!」

 ランドリクは自分のリュックをバシバシと叩いて豪快に笑った。

「ここに来るまでに、素材として使われている動植物を見ることがあったが、どうだった?」

「私は素材の元になる動植物は図鑑で見たことありましたけど、こうやって実際に見るのは初めてです」

 フィルもルーシーも知識としては、知っているものが多い。しかし、実物を見るのは今回が初めてのものが多かった。

 ルーシーの言葉にランドリクは深く頷いてみせた。

「俺はな、魔導技士はもっと世界を知るべきだと考えている。普段使っている素材がどんな動植物から採取されているのか、生息している地域はどういった場所なのか。それが世界を理解することに繋がるんじゃないかと思う。例えば、金色蚕の糸はどうして魔力の伝導率が高いか知っているか?」

 フィルは首を振った。

 金色蚕の糸はアーティファクト製作で、もっとも使われている素材の一つだろう。なぜそういった特性を持っているのか、考えたこともなかった。

「アレは金色蚕が外敵から身を守るための進化によって得られたものだと言われている」

「進化?」

「金色蚕は成虫になるために、繭の中で蛹になる。当然、繭を張ってしまえば、身動きができない。そうなると天敵の鳥や虫に狙われやすくなる。だから彼らは糸で繭を形成する際に、ある紋様が編み込まれるようになったと言われている」

「紋様? 蚕がそんなことできるんですか?」

「どうだろうな……だが、事実として金色蚕の繭の表面に特殊な光を当てるとその紋様が見える。紋様が編み込まれた繭に外敵が触れると、雷魔法のような反応を生じさせて、相手を痺れさせる」

「まるで金色蚕が魔法を使っているみたいですね」

「魔法というよりは、天然のアーティファクトだな。金色蚕は繭の糸で空気中にある微量な魔力を吸収して、紋様に魔力を流していると言われている。他にも水晶木は自生地の魔力量が多い場合に、木が一種の病気を発症した結果と言われている。こんな風に素材それぞれにその特性を得るまでの経緯がある」

 だから。とランドリクは言葉を切った。

「魔導技士はもっと世界を知るべきだ。俺はヨルアナ山脈の大瀑布を見たときはその雄大さに心を奪われ、自分のちっぽけさと世界の広さを知ったよ。魔導技士は外を知って、自分がいかに小さく狭い世界で物事を考えているかを理解して、自由に想像してアーティファクトを作った方がいい」

 そうやって語る彼の瞳は、世界に夢を見る少年のようだった。

 ランドリクの言葉にフィルとルーシーは頷いた。

 それに満足したのかランドリクは笑ってみせた。それから気まずそうに頬を掻いてみせた。

「それでだ。二人は、今回のレセプションパーティーに向けて苦労を掛けてるみたいだな。ミーシャがだいぶやらかしたんだろ?」

「どうしてランドリクさんがそれを……あっ……トニーさんですか?」

 ミーシャとのいざこざについて、フィルもルーシーもランドリクに話をしていない。そうなるとあの場に居た他の人物となる。ミーシャが自分から言うとは思えないだからルーシーはトニーだと考えたのだろう。

「トニー自身、気にしてるからな。ミーシャとも十年ぐらいの付き合いだが、ずっと変わらずだからな。彼女はアーティファクトに魅せられすぎてるんだよ」

「それは同じ工房所属としてわかっています」

「何かに夢中になるのは悪くないと思っている。けど、ミーシャは全てにおける優先度がアーティファクトであり、アーティファクトを愛している。だから、自分にも他人にも厳しくなってしまい、それが態度に出てしまう。良くも悪くもそれが純粋さだと思うんだがな。ミーシャのことはあるけど、レセプションパーティーなんて大それた場にしたから二人には気を負わせてしまったか」

 ランドリクは渋い顔をしながら言葉を続けた。

「今回は自由にアーティファクトを作って欲しいと思ってる。当然いいものを作って欲しい。けれど、失敗したっていい。俺がレセプションパーティーで、若手にアーティファクトを見せる場を設けた狙いは工房間の交流、それ以上に楽しんで欲しかったんだよ」

「楽しむ?」

「魔導技士は依頼や研究のためにアーティファクトを製作する。それは大事なことだ。でも、もっと楽しんでいいと思うんだよ。アーティファクトのことを学んで、失敗しながらも、製作していた頃って楽しかっただろ?」

 ランドリクの言葉にフィルは頷いた。

「だから、二人は楽しんでくれればいい。それを伝えたくて、二人を無理にでも、ここに連れてきたんだよ」

 恥ずかしげにしているランドリクを見て、フィルが思わず吹き出した。

「なんだよ、笑うことないんだろ!」

「すみません、すみません。ランドリクさんって、結構不器用なんですね」

「ホント、年頃の子供と話すのに困ってる父親みたいですね」

「お前らな……。――まあいい。もう少しだ、先に行こう」

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