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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター4 「見えなくても伝わるもの」4

 太陽が昇り始めて、夜の時間が終わる頃、フィルはアルスハイム工房の出入り口でレスリーとアストルムに、今日一日不在にしている間の作業を頼んでいた。

「じゃあ、素材採取に行ってくるから、さっき説明した作業を頼むよ」

「はい! 私はニルアントの蔓と金色蚕の糸の加工ですね!」

「ああ。それぞれ下処理して、図面に書いてある長さの束を作ってくれればいい。――この時間に起きれるなら普段から寝坊しないでくれるといいんだが?」

 普段、レスリーは朝に弱く、寝坊しがちで時には始業時間を過ぎてから起きることもある。それを考えると、この早朝の時間に彼女がしっかりと起きていることは珍しいと思えた。

 フィルの苦言に、レスリーは首を振った。

「面白そうな魔法理論の論文見つけて読んでたら、この時間になってました」

「……勉強熱心なのはいいが、ちゃんと寝ろよ。仕事に支障が出るだろ」

「すみません。気をつけます」

「私は素体になる人形の調達とこの図面にある加工をすればよいのですね」

 アストルムは、二人のやりとりを気にしていない様子で、自分に任された作業を確認してきた。

「素体人形候補が売ってるお店は渡したメモに書いてある。人形の加工と言っても難しいものじゃないからアストルムでもできると思う」

「メモを確認しましたが、作業は問題ありません」

「二人とも悪いな。俺がやらないといけない作業なのに」

「いえ、お気になさらずに」

「そうですよ。私はフィルさんが頼ってくれて嬉しいですし!」

 レスリーとアストルムに作業を頼むことは、フィルとしては心苦しいところはあった。本来自分とルーシーが請けているレセプションパーティー向けのアーティファクト製作であるため、二人に手伝ってもらうのは自分の中では筋が違う気がしていた。それでも星祭りまで残り時間を考えると、自分とルーシーが作業を出来ない時間に少しでも準備を進めておく必要があった。そのため、二人に手伝いを頼むことにした。

「じゃあ、頼む!」

「いってらっしゃい!」

「お気を付けて」

 二人に見送られてフィルは、ランドリクが指定した大陸横断列車の駅前広場に向かう。街はまだ薄暗く、これから新しい一日が始まろうとしていた。そんな時間でも大陸横断列車の駅に向かう大通りにある各店舗や露店や屋台は営業している。屋台からは食欲を刺激する匂いが流れてくる。朝食は軽く食べているが思わず立ち止まって購入したくなってしまう。しかし、その欲求を抑えて、歩く速度を早めた。

 大陸横断列車の駅前広場には早朝だというのにそれなりに人影があった。ネガルタ大陸西部から夜通し走ってきた大陸横断列車がミシュルに着いた時間帯だということもあって駅から人が出てくる。フィルは駅前広場の馬車の乗降場を見ると大きく手を振っているルーシーの姿があった。その隣には欠伸をかみ殺しているランドリクの姿もある。二人の後ろにある馬車はランドリクが手配してくれたものだろう。

「寝坊しなかったのね」

「するわけないだろ」

「メンバーは揃ったし行こうか。バロンド山までは四、五時間だから馬車の中で仮眠をしてもいいぞ」

 三人は馬車に荷物を積み込む。フィルとルーシーは小さなリュック一つずつだが、ランドリクは二人が用意したリュックよりも二回りは大きなリュックだった。必要なものは用意しておくと言っていたので、採取道具を始めとした必要な道具が詰まっているのだろう。

 馬車がゆっくりと動き出す。

 目的地であるバロンド山はミシュルの北にある標高八百メートルほどの山だ。しかし、バロンド山より更に北にある二千メートル級の山々が連なり、大瀑布を擁するヨルアナ山脈に比べれば小さな山だ。

「やっぱりミシュルの外に出ると寂しいものね」

 ルーシーの言葉にフィルは改めて街道を見渡した。

 ミシュルの街から外に出れば、街道が整備されているが、一気に閑散としてくる。北側だけではないがミシュル郊外からさらに外れていくといくつかの集落や宿屋や酒場がある程度だ。ミシュルや周辺都市を拡張していくイディニアの都市計画があると噂を聞いた事があるが、それは十年、二十年と言った気の長いものだ。

「これでも俺が若い頃、三十年ぐらい前に比べればマシになったもんだ。やっぱり大陸横断列車の影響は大きな。アレが東西に通ったことで人の行き来が増えてミシュルはより発展したんだよ」

 フィルはランドリクの言葉に頷いた。

「人の往来と仕事があれば都市は大きくなりますからね」

 大陸横断列車が出来たことでイディニア国内だけじゃなく近隣諸国、強いてはネガルタ大陸全体の人と物の流動性は大きく変化した。しかし、それだけではまだ十分じゃない。大陸横断列車を使わないとなると人々の交通手段は主に馬車や船になってくる。陸路の交通手段の利便性が向上すれば、もっと都市間の交流が頻繁になるだろう。

「そういえば、二人は友人だったか?」

「魔導技士専門学校の同級生です。魔導技士になった今でも交流がある数少ない一人です」

「今でもって、久しぶりに会ったのは今年だから二年ぶりだろ?」

 フィルがルーシーの言葉を訂正すると、ルーシーはめんどくさそうな表情をした。

「あんたそういうところはずっと細かいのね」

「別に細かいことじゃないだろ」

「二人が仲がいいのはわかった。――もしかして、学生時代は恋仲か?」

 ランドリクのからかいの言葉に、フィルとルーシーはお互いに嫌そうな顔をして答えた。

「「ない」」

 息が合った二人の返答にランドリクが大声で笑った。

「なんだ、違うのか。だが、仲は良さそうでなによりだ。学生時代の友人は大事にしておけ。利害を気にしないで、力になってくれる貴重な人間だ。もちろん仕事を始めてからそういう友人はできるだろうが、学生時代ほど作りやすくはないからな」

 学生時代でもルーシーにはたくさん助けてもらってきた。その時は同じ学生同士、クラスメイト、仲間として手を差し伸べられたと思う。しかし、以前、エレナに頼まれた、封映玉を融通してもらったときは本当に助かった。ムリな頼みだと分かっていたが、それでもルーシーは助けてくれた。

 ふとルーシーと目が合ったが、彼女は気まずそうに目を背けた。しかし、それはほんのわずかな時間で、一度フィルと目を合せるとルーシーは口を開いた。

「ランドリクさんが言っていることはわかります。私は今回のアーティファクト製作で、彼に助けてもらっています。トニーさんや工房の仲間であっても乗り越えることができたかもしれません」

 ただ。とルーシーは言葉を切り、少し迷いながら、照れながら口を開いた。

「工房の仲間であっても、私自身の弱さを言うことはできなかったと思います。私の情けない姿も、みっともないありさまも、彼は昔から知ってくれてます。だから、彼には弱さを見せられたと思います」

 そうしたルーシーの笑顔に、フィルの心がわずかに跳ねた。

 言葉や表情からお世辞を言っているわけではない、その紡いだ言葉から彼女が自分を信頼してくれてることが伝わって来た。

 ランドリクはルーシーの言葉に大きく頷いてニヤニヤと笑顔を浮かべてフィルの肩を小突いた。

「なんだ、嬢ちゃんはお前にベタ惚れってわけだ」

 ランドリクの軽口に、ルーシーは耳を真っ赤に染めながら否定した。

「違います! 女と男でなにかあればすぐに恋だ、愛だ言うのは違いますからね!?」

「ルーシーは俺のことを友人として頼ってくれて、信頼してくれてるんです。そうやって、恋や愛だと茶化すのはどうかと思います」

 その反応を見たランドリクは溜息を吐きながら額を押えた。

「嬢ちゃん、こいつ相手は苦労するぞ」

「……付き合い長いので、フィルがこういうヤツだってわかっていますが、苦労しますね」

「二人とも何の話を……?」

「お前がまだまだガキだって話だよ」

「は?」

 フィルの反応に、ランドリクは自分の膝を叩いて大笑いした。

 彼の笑い声が響く馬車はバロンド山へと向かう。

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