チャプター3 「涙と雨の日」7
星祭りまであと十日。
ミシュルの街は賑やかさを日に日に増している。星祭りに向けたセールや当日の食事の予約を始めている。アルスハイム工房の外からも客寄せの声や笑い声が聞こえてくる。
そんな外の賑わいと正反対に、工房内は空気は重たかった。
中央の作業台で椅子を並べてフィルとルーシーは座って頭を悩ましていた。
「なんにも出ない」
「同じく」
フィルの視線の先にある紙にはアイディアを黒く塗り潰した後が、いくつもあり、それはルーシーも同様だった。
アーティファクト製作の各工程はどれも難易度が高い。その中でもアイディア出しは、全ての始まりであり、アーティファクト製作における工程の中で難しく大事な工程だ。普段請ける依頼であれば依頼者がイメージしている完成形を聞き出して、或いは形にする手伝いをして完成形を作り出す。今回のレセプションパーティーは「楽しめるもの」という抽象的なテーマだけがある。完成形は姿形もない。ある意味でどんなアイディアも正解になり、不正解になる。選択肢はたくさんある。フィルは頭の中に浮かぶアイディアを正解と確信する何かを持っていないから迷っていた。
星祭りの残り時間を考えると今日、明日にはアーティファクトを確定させないと間に合わない。
フィルはランドリクからもらっていていたレセプションパーティーの内容に目を通す。フィルとルーシーのアーティファクト披露は中盤にさしかかったあたりだ。それまでは来賓の挨拶、あとはイディニアの楽団を招いての演奏だ。
「ランドリクさんがダンスもあるとか言ってたっけ……。なあ、ルーシーもこうなったら、アーティファクトの作れなかった謝罪としてパーティーで踊るか?」
頬杖をついたルーシーはフィルの言葉に呆れた。
「バカ言わないでよ。そんなことしたら私たち二人とも今後魔導技士として仕事を請けられなくなるわ……」
そう言ったルーシーがハッとして口元に手を当てた。
「それよ」
「は?」
「もっと気軽に考えればよかったのよ。フィルもそう言ったでしょ?」
「確かに言ったけど……話が見えないんだが?」
状況を理解出来ないフィルを置いてけぼりにしながら、ルーシーは興奮した様子で口早に告げた。
「アーティファクトを踊らせましょう」
「どうして、そうなるんだよ」
「楽しめるもの、上出来なものができないなら、いっそ笑ってもらいましょう。不出来でもいいじゃない?」
「踊るアーティファクトを作るっていっても、今からじゃ複雑な動作制御を組み立てるなんてできないぞ? それこそ最初にミーシャにつまらないって言われた『音に合わせて動く光』と大して変わらないじゃないか。それともミーシャが言ってたみたいに、楽曲決めてそれに合わせたダンスの動きを全部決めきるか?」
「ミーシャさんが言ってたようなアーティファクトじゃないわ」
「じゃあ、ルーシーの考えを教えてくれよ。どうやって動作制御する気だ」
アーティファクトに何かの動きをさせることは難しい。何かを伸したり、引っ張ったり、身体を縮めたりといった単純動作だけさせるならまだしも、踊らせるとなると複雑な動作制御、姿勢制御など考えるべきことがたくさんある。
ルーシーはフィルの懸念をお見通しの様子でニヤリと笑った。
「確かにこのままだと最初に考えたアーティファクトと同じ轍を踏むことになるわ。でも、あの発想では音を入力することで動作パターンを振り分けて何かを実現しようとしていたわ。ましてや踊るとなるとその難しさは跳ね上がるわ。それにミーシャさんが言ってたような決まった振り付けをさせるだけじゃつまらないわ」
ルーシーは自分の顔を指差して、フィルを指差した。
「私とあんたの動きを真似させるのよ。学生時代の卒業パーティーで踊ったんだしできるでしょ?」
「本気で言ってるのか?」
「ええ、本気よ。上手く踊れれば面白いし、もし失敗してもそれはそれで笑ってもらえるわよ」
複雑な動作制御を今から考えるよりも簡単に思える。ダンスであれば、レセプションパーティーという場にも合っている。ルーシーが言うように成功しても失敗しても楽しんだり笑ったりしてもらえる。
……悪くない。
フィルが思考して、勝算があると頷くと、ルーシーは紙を広げ始めた。
「時間もないから、アーティファクトは人形を基にしましょう。それを加工して……それから……あー、先に魔法理論で動きを真似させる部分とかを固めないとダメね。フィル、ちょっと一緒に検討しましょう」
「もちろん」
やることが見えてきたら、あとはそれを形にするだけだ。
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