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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第1話「アルスハイム工房へようこそ」
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チャプター1 「魔導技士とアーティファクト」6

 ミシュルの活気は夜になるほど増していく。屋台や店の外で酒を飲み豪快な笑いを響かせる者も少なくない。大通りの一角に「竜の大鍋」がある。店内は一階も二階も満員御礼状態だ。そのため店内を店員たちが忙しそうに行き交っている。

 竜の大鍋は、大衆食堂として、ミシュルでは有名だ。

 飯に悩んだら、竜の大鍋に行けと口を揃えて言われるほどだ。

 安い、美味い、量が多いのもあるし、なによりも女将であるシアンの人柄もある。生活に困る冒険者、魔導技士、地方都市から出てきたばかりの若者を雇ったり、出世払いでご飯を食べさせたり、はたまたシアンの顔の広さから一時的に部屋を借りさせたりなど、さまざまなケアをしている。なのでミシュルで活躍する多くの人たちはシアンに頭が上がらない。

 また多くの人が集まる場所は、同時に多くの情報が集まる場所でもある。

 一階の窓際の席にフィル、レスリー、アストルムの三人の姿があった。

「いつつ……まだ痛い」

 レスリーは顔をしかめながら、フィルに小突かれた額を擦っている。

 大げさに振る舞うレスリーを見て、呆れていた。

「そんなに強くしてないだろ」

「地味に痛むんですー」

 レスリーが抗議のために頬を膨らませていると

「ありゃ、どうしたんだい、レスリーちゃん」

  両手に大皿を持っている恰幅のいい女性が声を掛けてきた。彼女はここ竜の大鍋の店主であるシアンだ。

「ああ! シアンさん。聞いてくださいよ、フィルが私のおでこを突っついたんですよ。しかも強く!」

「アハハ、そりゃあ、いけないね。男が女に手を挙げるもんじゃないよ」

 シアンは爆笑しながら、大皿をテーブルの上に載せていく。

 肉団子、野菜炒め、ご飯もの……次々と並んでいく。香ばしい香りが鼻腔を刺激し、食欲が湧き上がってくる。

「それにしても、シアンさん……毎度多くないですか? サービスしてくれるのは嬉しいんですが……」

 テーブルの上に並んだ大量の料理に、フィルが冷や汗を掻いていた。

「なにいってるんだい、アストルムちゃんを見なよ。気持ちがよくなるほどたくさん食べてるじゃないか。アンタも男だろ、このぐらい食べな!」

 フィルの背中を、シアンの大きな手がバン!っと叩いた。その反動で、口に含んでいたものを吹き出しそうになるが、どうにかそれを堪えた。

 フィルの対面にいるアストルムの前にある、大皿は既に空っぽだ。それを成したであろうアストルムは平然としており、次の皿から料理を自分の皿へと取っている。

「アストルムは元から食が太いんだよ」

「ええ! フィル、女の子にそんなこというのはどうかと」

「いえ、私はたくさん食べますから」

「たくさん食べるのは、男も女でもいいことだよ! ――そういえば、フィル聞いたかい?」

 シアンの方に顔を向けながら、口の中の肉団子を咀嚼して飲み込んだ。

「なんの話?」

「新聞ぐらい読むようにしなさいよ。モーリス・プレストンが亡くなったのよ」

「モーリスが!?」

 その言葉に思わず、声を張ってしまった。

「……? 誰です?」

 レスリーの疑問に、フィルは呆れて、

「さすがにそれぐらいは知ってるのが常識だ。モーリス・プレストン。大陸横断列車の事業の立ち上げとそれを成した人だよ」

「大陸横断列車の!?」

 そう聞いて、レスリーも声を上げた。

「そうだよ。モーリスがいたから、ミシュルは大きく経済成長できたし、あたしもそのおかげで店が繁盛して大助かりよ」

「大陸横断列車がアーティファクトだったら、間違いなくエピック・アーティファクトになっていただろうな。むしろ、アレをアーティファクトを使わずに、作り上げたことに俺は感心するよ」

 アーティファクトには三つのクラスがある。一つは大衆が使う、いわゆる『アーティファクト』、二つ目は魔導技士が自己の研究、研鑽から作り出した『ハイ・アーティファクト』、最後は、その功績を国が認めた『エピック・アーティファクト』となる。だから、大陸横断列車が、もしも、アーティファクトで作成されていたら、『エピック・アーティファクト』として認定されていただろう

 フィルもレスリーもそして他の魔導技士も、『エピック・アーティファクト』を作り出すことを目標としている。

「すごい人だったんですね」

「でも、その一方でいろいろと噂があるのよ」

 シアンが顔を寄せて声を潜める。

 三人もシアンへと顔を近づける。

「噂?」

「モーリスの奥さんはだいぶ若くてね。そうなるとモーリスとの結婚も遺産目当てと言われてたのよ」

「若いって? モーリスは80かそこらだろ? それ考えたら、奥さんは50ぐらい?」

「確か、三十そこそこだったはずだよ」

「「三十!?」」

 シアンの言葉に、フィルとレスリーの驚愕の声が重なった。

「結婚当時は二十歳ぐらいだったかね」

 続く言葉に開いた口が塞がらなかった。

 プレストン夫妻がかなりの年の差婚という話は昔から聞いたことがあったが、まさか五十近い歳の差夫妻というのは、さすがに驚いた。

「いやしかし、そのぐらいの年の差婚は、男の夢だな。ってなんだよ」

 フィルがそんな発言をすると、アストルムの無感情な目が、レスリーの呆れの目が、向けられた。

「いえ、なんでもありません」

「人の趣味はそれぞれですしね」

「絶対、理解してないよな!」

「そんなことはないですよ。フィル・アルスハイムさん」

「フルネームで呼んで、露骨に精神的距離を取るんじゃない!」

 アストルムとレスリーの態度に、フィルが項垂れていると、

「そういや、フィル。そろそろ、酔い止めと酔い覚ましのアーティファクトの納品を頼むよ」

 シアンに納品を催促された。

「わかってますよ。今日は酔い止め作ってたから、明日には酔い覚ましも込みで、レスリーに届けさせますから」

「助かるよ。あんたのところの酔い止めと酔い覚ましが評判でよく売れるし、酔い止めも適度に酔えるから酒も売れる。うちにはいいことだらけよ」

「そりゃあ、どうも。そこまで言ってもらえると、うちも嬉しいですよ」

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