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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター3 「涙と雨の日」5

 ルーシーを浴室に連れて行ったアストルムが戻ってきた。

「ルーシーは身体をかなり冷やしていたので、今はゆっくりシャワーを浴びてもらっています。着替えはレスリーが貸して下さいました。ルーシーの衣類はこのあと洗濯して乾燥させます」

「ありがとう」

「なにかあったのですか?」

「何かはあった。何があったかは知っている。けれど、今は言えない」

 ミーシャとの一件をレスリーとアストルムに説明していないのは、ルーシーの自尊心を踏みにじる気がしていたからだった。だから、今も事情を説明するわけにいかない。

「それなら構いません。――では、私は夕食の準備をします。もちろん、ルーシーの分もです」

 アストルムは普段のように感情の起伏は少ないが、その声から優しさを感じた。

 三十分ほどするとアストルムの調理が終わり、ルーシーもシャワーから上がってきた。 ダイニングにはアルスハイム工房のメンバーとルーシーの姿があった。テーブルの上にはニンジンやジャガイモ、キャベツにベーコンが入った野菜スープと切り分けられたバゲットがある。最初は食事に手を付ける気配がなかったルーシーだったが、アストルムとレスリーに促されて、ゆっくりと食べ始めた。

「美味しい……」

 野菜スープを口にしてルーシーの表情がやっとほぐれた。彼女の言葉をキッカケにフィルたちも口を開いた。

「買い置きの食材があまりなかったので、大したものが用意できず、申し訳ありません」

「アストルムさんの料理は美味しいですよ」

「雨降って寒いからスープは温まるよ」

 雑談しているフィルたちの脇でルーシーは無心で食事をしていた。よほど空腹だったのだろう。

「あっ……」

 ルーシーは、バゲットが載っていた皿に手を伸したところで、バゲットがないことに気が付いたのか、残念そうな顔をしていた。

 フィルは黙って、バゲットが残っている自分の皿を差し出した。

「いいの……?」

「俺はもういいよ。食べ足りないんだろ?」

「ありがと……」

 ルーシーは皿を受け取った。

 フィルとルーシーのやり取りをレスリーが半目で見ていた。こちらをじっと見ながら口をもぐもぐとさせていた。

「どうした? おかわりのバゲットはないぞ」

 レスリーは口の中の物を嚥下した。

「違います! ……フィルさん、ルーシーさんには優しいですよね?」

「フィルは昔からルーシーへはこうですよ」

 レスリーはアストルムの言葉を聞いて、口元に手を当てて疑惑の眼差しを向けてきた。

「フィルさん……もしかして……?」

「あのなー」

 フィルは反論する気もなく項垂れた。

 食事が終わり、片付けも一段落したところで、フィルが切り出した。

「ルーシー、話を聞かせてくれ」

「そうね……でも……」

 ルーシーはレスリーとアストルムに視線を向けた。

「……私たちに聞かれたくない事情なんですよね。行きましょう、アストルムさん」

 二人がダイニングから去った後、ルーシーが静かに切り出した。

「一人でアーティファクトを考えてたの、ずっと、ずっと、ミーシャさんがつまらないって言わないアーティファクトを考えた。でも、ダメだった」

 ルーシーが口にしたのはこの三日間の出来事だった。

 時間を忘れ、食事もろくに摂らず、ルゾカエン第二工房の小作業場にひとり閉じ籠もっていたこと。

 どうしたらミーシャが認めてくれるのか。

 アーティファクトを考える度に、ミーシャの言葉が頭をよぎること。

 ルーシーにとってミーシャが憧れであることをフィルは知っていた。だからここまで、ミーシャに認められたいという想いに取り憑かれてしまったのだろう。

 まるで、呪いだな。

 フィルはそう思った。

 ミーシャ・ルゾカエンが作るアーティファクトはどれも素晴らしいものだと思う。周囲はそれを製作するミーシャにある種のカリスマ性を感じている。それはフィルも理解する。どれだけ人格破綻していても、どれだけ人を傷つける言葉を吐いても、彼女のカリスマ性がその事実を歪ませてしまう。

 ひと言、ひと言、胸の内を吐き出す度に、ルーシーは声を震わせていた。

「私にはミーシャさんに認めてもらえるアーティファクトを考えられないの」

 降りしきる雨が強くなった気がした。

 フィルはルーシーを真っ直ぐに見つめた。そうしないと言葉が届かない気がしたからだ。

「君は俺に助けを求めた。だから、俺は君を助けるよ。いや、言われなくても助ける」

 彼女は泣き出しそうに顔を歪めた。

「……なんで、あんたはいつもそうなのよ……」

「今回の依頼は俺とルーシー、二人が請けてるだろ? 魔導技士同士である前に友人同士だろ。友人を見捨てるわけにはいかない。特に学生時代からの腐れ縁の君が助けを求めているなら応えるのは当然だろ」

 それに、とフィルは言葉を追加した。

「今回、俺とルーシーが受けた依頼はなんだ? ミーシャを満足させることか? 違うだろ。ミーシャ・ルゾカエンがすごい人間だってのはわかる。それでも今回の依頼はレセプションパーティーで楽しめるものを製作することだ」

 レセプションパーティーに向けて請けた内容は楽しめるものだ。ミーシャ・ルゾカエンを満足させろなんていう依頼を請けたわけじゃない。

「それは……そうだけど……」

「だから、もっと気楽に一緒に考えよう」

「え?」

「え? じゃない。もしかして、俺がこの三日間で君に愛想を尽かしたとか思ってたのか? もしそうなら、店に来た時点で突き放してるよ。さっきも言っただろ、今回は二人でこなす依頼だ。一人で考えるな」

「ありがとう」

 フィルを見つめ返す青い瞳に涙が溜まっていく。

「待て待て、泣くな」

 ルーシーの瞳から涙が零れる。そしてルーシーは笑い出した。

「あんたは本当に……そういうところがあるわね……。あはは……」

 ルーシーは笑いながら流れる涙を何度も拭う。

 彼女の反応に扱い方を困らせて、フィルは頭を掻いた。

「そんなに笑わなくていいだろ……。こんな大雨の中、ずぶ濡れでルーシーが来たときは心配したんだぞ」

「ありがとう。あんたが友達で良かったわ」

 ルーシーはくしゃくしゃの笑顔で涙を拭った。

「やっぱり、ルーシーは笑ってる方がいいよ」

 そう言うと彼女は呆れながら半目で睨み付けてきた。

「ホント、私以外にそんなこというと誤解されるからやめなさいよ。――私も今日はずっと泣いてばっかりよ……」

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