表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
67/146

チャプター3 「涙と雨の日」4

 雨が窓を打ちつける音がアルスハイム工房に響く。

 深夜から大雨の予報と聞いていたが、その予報より多少早く天気が変わった。

 今日のアルスハイム工房の営業は終わっており、今は工房の片付けや店舗の後処理をこなしている。

 フィルとレスリーは工房で使用した道具や素材を自分の作業机や棚にしまう。自分の道具と、レスリーと共有している道具が全部揃っているかを確認する。刃物や火を使うものなど危険な道具は特に気をつけているが、それ以外の道具をしまい忘れていないかも見る。万が一、しまい忘れた道具が床に転がっていたりしたら、それを踏みつけて転倒して怪我をしてしまう。道具のしまい忘れがないことを確認して、作業机と中央の作業台を雑巾で拭いて、掃き掃除をする。毎日使う工房だからこそ一日の終わりに掃除することが大事だと、フィルは考えている。

 掃除を終えた後は工房内を見て回り、最終確認をする。

「大丈夫ですかね?」

「そうだな。今日もお疲れ」

「お疲れさまでーす。部屋でご飯までゆっくりしてます」

 レスリーは一日の作業で凝り固まった身体をグッと伸すと、自室に向かって歩き出した。

 フィルはもう一度、工房の中を見渡して、灯りを落とした。

 そのまま店舗へと向かった。

 店舗ではアストルムが帳簿にペンを走らせていた。

 今日一日の売上げなどをまとめているのだろう。

「アストルム、そっちはもう終わるか?」

「はい。数字の見直しして問題無ければ終わりです。すぐに夕食の準備をします」

「頼むよ。レスリーがお腹を空かせてると思うから」

「それは急がないといけませんね」

 店舗の窓ガラスを雨粒がぶつかり鳴り響く音の大きさが、雨の激しさを物語っていた。

「ん?」

 フィルの耳に雨音以外の音が聞こえた、気がした。

「アストルム、今、何か聞こえなかったか?」

「いえ、私は気が付きませんでした」

 フィルは自分の勘違いかと思ったが、もう一度、今度ははっきりと聞こえた。

 コンコン。

 音は店舗の出入り口の扉からだ。

「私が出ます」

 アストルムが立ち上がろうとするのを制した。

「いいよ、俺が出るよ」

「ありがとうございます」

 ドアを叩く音は止まない。

「はいはい、今行きますよ」

 フィルは足早にドアに駆け寄る。

 工房の窓から漏れた灯りを見て、まだ営業中と勘違いした客だろうか。

「雨の中、申し訳ないんですが、本日の営業は――」

 ドアを開けたフィルは固まった。彼女は全身びしょ濡れでそこにいた。雨の中、傘を差さずにここまできたのか、普段はよく手入れされている赤い髪は、今は雨水で心なしかくすんで見える。強い意志を映していた青い瞳は、迷いに揺れている。なによりも、目の前の彼女は縋るようにこちらを見ていた。

「ルーシー……どうして……」

 状況を掴めずにいたフィルは、彼女の名前を絞り出した。

 名前を呼ばれた彼女は、それがきっかけだったかのように、俯いて泣き出した。

「……中に入れ、風邪引くぞ」

 しかし、ルーシーは反応せず、その場から動かなかった。

「……て……」

 彼女のか細い声は雨にかき消され、はっきりと聞こえなかった。

 フィルを見上げるルーシーの顔は、胸の内に秘めた苦しさからか、悲しさに歪んでいた。

「助けて……」

 今度ははっきりと聞こえた。

 答えは考えるまでもない。

 迷いは一瞬もない。

「当たり前だろ。今はとにかく中に入れ」

 ルーシーを中に入れて、他の二人に協力を求めた。

「アストルム、タオルか……えっといや、シャワーの準備か!? レスリー、ちょっと来てくれ!」

「わかりました、すぐにお持ちします」

 アストルムは作業を止めて、浴室へと走っていく。フィルの声を聞いたレスリーが二階から急いで降りてきた。

「フィルさん、どうしたんですか、そんな大声で――ええ!? ルーシーさん、びしょ濡れじゃないですか!?」

「事情は後回し、レスリー、悪いけど着替えを用意してくれないか」

「は、はい!」

 レスリーはすぐに踵を返した。

「シャワーで身体を温めましょう」

 アストルムは持ってきたタオルでルーシーの身体を拭いながら、浴室へと促した。ルーシーはアストルムに従って歩き出した。

 フィルは二人を見送りながら、腰に手を当てた。

 ルーシーがルゾカエン工房でレセプションパーティーに向けた作業しているのはわかっていた。だけど、ここまで疲弊しているのは想像していなかった。それだけ彼女は思い詰めていたのだろう。

 ルーシーが泣いたところを学生時代に見たのは、卒業式の日やミーシャから声を掛けられた時だけだ。胸が詰まるような悲しい涙をここ数日は見てばかりだった。

 あの日、ルーシーの手を握れなかった自分の手を見つめて、頷いた。

 君が助けて。というなら、それに応える。

 他の誰にでもなく、自分に助けを求めて手を伸したんだ。だから、その手を取ることに躊躇はない。

もしよければ、ブクマや評価、いいね!を頂けるとモチベーションに繋がりますので、お願いします。読了でツイートしていただけるだけでも喜びます!!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ