チャプター3 「涙と雨の日」3
ルーシーが帰り支度を終えて小作業場から一階に降りて、ガラス越しに暗い外の様子を見て、今が夜だと理解した。
受付にいるはずのプリシラの姿を探したが、見つからなかった。
心配しているであろう友人にひと言ぐらい謝りたかった。
工房を出て南区の大通りを歩いて自宅に向かう。どうしてもレセプションパーティーに向けたアーティファクトのことを考えてしまい、自分の無力さを感じてしまっていた。
それじゃあいけないと、ルーシーは通りの賑わいに目を向けた。
星祭りが近づいている街は飾り付けや星祭り当日の特別メニューなどの告知をしている店が目立った。
そうやって星祭りに向けても、賑わう準備を進めていく街と正反対にルーシーの心は静かに沈んでいく。
ふいに雑貨店のガラスに映る自分の姿が目に入った。
あまりにもひどい有様だった。
目はくぼみ、髪はボサボサ、表情にも覇気がない。この三日間、ろくに食事を摂っていなかったから、心なしか頬もこけてるようだった。
こんな姿を見たら、トニーじゃなくても心配するだろう。
アーティファクトを考えることから思考が切り替わったことで、少しずつ自分の疲労と空腹を認識し始めた。
「お腹空いた……」
普段ならどこかのカフェやレストランに向かうが、今日は自宅に戻って、適当なものを食べよう。
そういえば、フィルはどうしているんだろうか。
彼がルゾカエン第二工房に来ることを拒絶して三日も経っている。
音沙汰もない自分を見放したのだろうか?
いや、フィル・アルスハイムはそんなことをしない。
もし見放すようならルゾカエン第二工房を飛び出した自分を探してミシュル大橋まで来て、あんな不器用な慰め方をしようなんてしないだろう。
あの不器用さは学生時代から変わらない。
「フィルには悪いことしちゃったな……」
彼にもどこかで謝らないといけない。
でも、どんな顔をして会えばいいんだろうか。
わからない。
夜空を見上げれば、重たい雲が空を覆っていた。
この三日間、仲間を拒絶して一人で悩んで、自分を追い込んで、一体なにをしていたのだろうか、何を得たのだろうか。
なにもない。
何も残っていない。
震える唇を噛みしめる。
切れ長な目の端から一筋の涙が流れた。
彼女の悲しみに誘われるように、雨粒がルーシーの頬に落ちた。降り始めた雨は、ルーシーの涙と混じって、頬を伝い、次々と落下していく。
「とうとう降ってきやがった!」
「予報じゃ、深夜からじゃないのかよ!」
あちこちから声が聞こえ、店先の看板やメニューを慌てて店内に運ぶ様が見える。
打ちつける雨音が大きくなる。
傘を持たないルーシーは、あっという間にずぶ濡れになった。
「おい、ねーちゃん、そんなところにいたら風邪引くぞ、うちで雨宿りぐらいしてけ」
近くの飲食店の主人が、降りしきる雨の中、空を見上げて動かないルーシーを見かねたらしく、声を掛けてきた。
ルーシーはその声に首を振って、ゆっくりと歩き出す。
憧れに手は届かなかった。
フィルと二人でも届かなかった。
いや、あのアーティファクトは彼と本当に二人で作ったんだろうか。
ワガママを押し通しただけなんじゃないか。
それじゃあ、当然、届かない。
歩きは走りに変わる。
出来たばかりの水たまりを勢いよく踏みつける。
苦しい。
苦しい。
悔しさが胸を締め付ける。
ルーシーは嗚咽を漏らしながら、雨水に濡れた顔を拭う。
彼女の整った顔は、悲しさと悔しさで歪む。
誰か助けて。
助けて。
ルーシーは彼の元へと走った。
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