チャプター3 「涙と雨の日」1
「フィルさん、今日もルゾカエン工房に行かないんですか?」
アルスハイム工房で作業している時、隣のレスリーが聞いてきた。フィルは作業の手を止めずに答えた。
「しばらくは行かないって言ったろ?」
「それはそうですけど……星祭りまであと二週間ぐらいですよね? フィルさん一人でも作業しないんですか?」
「……今回は俺とルーシーとでアーティファクトを作る。だから、今はルーシーを信じて待っているんだ」
ミーシャの一件から三日が経った。本来ならルゾカエン第二工房でルーシーと一緒に新しくアーティファクトを検討しているはずだった。しかし、ルーシーとはあの日から会えていない。
あの日の翌日、ルゾカエン第二工房に足を運んだときにトニーからルーシーが『今は一人で考えたい』と言っていることを聞かされた。フィルは反論したい気持ちになったが、彼女の心情を考えて、ただそれを受け入れて帰ってきた。
「フィルさんが工房の仕事してくれるのはとても助かってます。この二週間すっごい大変でしたから」
フィルがルゾカエン第二工房に通っていたここ二週間のアルスハイム工房の切り盛りをレスリーとアストルムに任せていた。大口の依頼は舞い込んでこなかったようだが、小さな依頼はいくつかあったらしくそれを請ける請けないの判断をレスリーがしたりと、彼女にとってはいい経験だったのではないかと思っている。
もちろん、自分が欠けたことによる二人の負担増加は理解している。
レスリーがアルスハイム工房に所属するまで、フィルはアストルムと二人で工房をやってきた。そこにレスリーが加わってくれたことで、請けられる依頼の数、生産できるアーティファクトの数が増えた。一人増えるだけでやれることの幅が広がった。しかし、一時的にでも一人減ったことによる影響はすぐに吸収できるわけではない。フィルも二人への負担を考えて星祭りまでの期間の作業量を減らすように調整したが、それだけで二人の負担を軽減できるわけではなかった。
フィルは作業を中断して隣のレスリーの目を見た。
「俺は夜中と早朝ぐらいしか手伝えなかったから、レスリーに助けてもらってるよ。ありがとう」
フィルが感謝を口にすると、レスリーは戸惑った様子だったが、すぐに笑顔になった。
「えっと……はい、そう言ってもらえて嬉しいです」
あはは、とレスリーは少しばかり頬が赤く染まった頬を掻いた。
「それでルーシーさんに来ないでって言われたって……出禁ですか……。何したんですか? ケンカですか? まさか変なことしようとしたとか?」
レスリーはニヤリと笑顔を浮かべた。変な勘ぐりをしているのだろう。フィルはミーシャとの一件をアストルムとレスリーには話していない。だから、レスリーが疑問と興味を持つのは理解出来る。
フィルは溜息を吐いて、レスリーに半目を向けながら答えた。
「レスリーが俺のことをどう思ってるかはわかったよ。――ケンカの方がまだ良かったよ。……事情がいろいろあるんだ」
ただ、そうは言っても、いつまでもルーシーを待ってるわけにもいかない。こうしてる間にも星祭りまでの残り時間は少なくなってきている。
フィルは工房の仕事をしながらも、レセプションパーティーに向けたアーティファクトの案を考えていた。けれど、どれもイマイチ決定打に欠けていた。
ミーシャの言葉はルーシーに向かっていたが、共同製作者であるフィルにも少なからず、傷を残していて、アーティファクトを考えていると、時折、ミーシャのあの無機質な瞳を思い出してしまう。
暗くなりつつある自分の心を切り替えるために窓の外へと目を向けた。
「今日は天気がいいな」
フィルの左手側にある窓からは陽光が差し込み、ガラスの向こうには雲一つない青空が広がっていた。
「ですが、ラジオではこの後天気は下り坂で深夜近くには大雨、との予報でした」
そう答えたのは、丁度工房のドアを開けて入ってきたアストルムだった。アストルムの言葉を聞いて、レスリーは意外そうに驚きの声をあげた。
「ええ! こんなに天気がいいのに」
アストルムはレスリーの反応を気にすることなく頷いた。
「そうですね。ですが、予報は予報ですから、外れるかもしれません。――フィル、ここのところ不在だったときの書類を見ていただいてもいいですか? レスリーでは承認のサインができません」
依頼を請けることやアーティファクト製作はレスリーの裁量に任せていたが、工房運営に直接関わる書類となると、フィルが対応するしかない。年末が近づいていれば書類仕事で何日か事務所に籠もらないといけないが、今はそういった時期ではないから重たいものはないだろう。
「ああ、わかった。じゃあ、事務所に書類をまとめておいてくれないか。この作業が一段落したら目を通しておくよ」
「はい、お願いします」
「あ、フィルさん、依頼で作ってるアーティファクトで悩んでるところがあるので相談に乗ってもらえますか?」
「いいよ。事務処理の後でもいいか?」
「大丈夫です、ありがとうございます!」
たった二週間弱、自分の工房にいる時間が減っていただけなのに、いつものアルスハイム工房の雰囲気に触れて、懐かしさに近い感情を抱いた。
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