チャプター2 「焦がれる天の高さ」6
今度は間違えていない。
彼女は橋の欄干に突っ伏しているようだった。真っ赤な髪は心なしかその色がくすんでいるようでいて、気力を無くしているのがわかった。
フィルは呼吸を落ち着けて、ゆっくりと歩いて近づく。ルーシーはこちらに気が付いていない。彼女の隣に立った。近すぎず、遠すぎない距離だ。
彼女の啜り泣く声が聞こえた。それがフィルの胸を締め付けた。
どう声を掛けるか悩んだが、フィルは素直な感想を口にした。
「……全く、ひどい話だよな。一生懸命考えたのに、つまらないなんて」
ルーシーは弱々しくこちらに顔を向けた。彼女は身体をゆっくりと起こして、頬を伝う涙を拭った。夜の暗さでも、空に輝く月の光で、ルーシーの目が真っ赤に腫れているのはわかった。フィルがここに来るまでずっと泣いていたのだろう。いつもの強気な彼女の意志を感じることができなかった。
「ごめん」
ルーシーは小さく謝罪を口にした。
「工房を飛び出しちゃダメだよね……。ミーシャさんの言葉は正しいよ。足りないものばっかりだったから……足りないばっかりの自分があの場にいるのが辛かった」
「気にするな……とは、言えないけどさ。またアーティファクトを考えよう」
その言葉にルーシーはすぐに答えなかった。
彼女は拭っても溢れ出す涙をもう一度指先で拭って、真っ直ぐとバロンド川を見た。フィルは半歩分だけ彼女との距離を詰めて、視線をルーシーと同じように欄干の先に向ける。
バロンド川の水面に夜空の星と月が映り、その中にミシュルの街が放つ輝きが混ざる。
「ここからの景色、キレイだな」
フィルが漏らした感想にルーシーは弱々しく笑った。
「私ね、このミシュル大橋から見るミシュルの景色が好きなの」
「……知らなかった」
「当たり前じゃない、あんたには初めて話したんだから」
ルーシーはバロンド川の向こう側の街並みを愛おしそうに見つめていた。
「私は、朝の静かに眠る街も、夜の光が溢れる街も、好きよ。みんなが生きてる、暮らしてると思える。私は魔導技士としてまだ成してないことがたくさんあるけど、いつか私のアーティファクトで多くの人たちを笑顔にしたい。だから、ここに来て、いろんなミシュルを見て、がんばろうって思うの」
「またがんばれそうか?」
問いかけにルーシーはすぐに答えなかった。フィルの目を見るルーシーの瞳は揺れていた。
「……少しだけ、そう、少しだけね、期待したの」
ルーシーの声は小さく、そして失意と失望を帯びていた。
「ミーシャさんがああいう人なのは知ってた。けど、ほんの少し、認めてくれるかもって。それを砕くように、つまらないって言われるなんて予想してなかった」
それからどれだけの沈黙があっただろうか。
ルーシーは落ち着きを取り戻したようで、隣にいるフィルを見た。
「レセプションパーティーのアーティファクト、もう少し考えてみるわ」
それだけ言って、ルーシーは歩き出した。
去って行く彼女の手を掴もうと、手を伸そうとする、しかし、フィルは手を取ることを躊躇ってしまった。
彼女を慰めるだけの言葉を自分は持っているのだろうか。
そんな想いがよぎった。
フィルは何も出来ない自分に無力さを感じながら、遠ざかる彼女の背中を見ていた。
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