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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター2 「焦がれる天の高さ」5

 フィルはルーシーが出ていったドアに視線を向けながら、胸の内に湧き上がる感情を抑えて、冷静であろうとしていた。

 状況を理解していない。いや、興味がなさそうなままでいるミーシャに鋭い視線を向けた。

 フィルは口から感情任せの言葉が出そうになるのをどうにか飲み込んだ。今、何か一音でも発したら、それを皮切りに胸の中にあるぐつぐつと煮えたぎった怒りをぶつけるだけになってしまう。

 だから、フィルは自分の気持ちを落ち着けるために、大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

「自分の工房の仲間に向ける言葉を選んだらどうだ?」

 これが精一杯の反撃だった。

 それでもミーシャに少しも届くことはないだろう。

 わかっていても、何も言わずにはいられなかった。

 ミーシャの反応はどうでもいい。

 今はルーシーだ。

 フィルは小作業場を出て、階段を急いで降りる。一階を見渡すがルーシーの姿はない。

 他のフロアにいるか、外に飛び出したか?

 どっちだ?

 次の行動を決めかねていると、不安そうな表情の女性がこちらに駆け寄ってきた。ルゾカエン第二工房で受付をやっているプリシラだ。前にルゾカエン第二工房に来たときにルーシー宛の伝言を頼んだことがある女性だ。彼女は両手を握り、メガネの奥の瞳が揺れていた。

「さっき、ルーシーが飛び出していったけど……なにかあったの? 追いかけたけど見失っちゃって……」

 プリシラは不安そうな表情で尋ねてきた。

「……ミーシャさんとちょっとあってね」

 ミーシャの名前を出しただけでプリシラは事情をある程度察したように額を押さえた。それだけミーシャが自分の工房の魔導技士を傷つけることが多いのかもしれない。いや、実際、多いのだろうと思う。彼女は自分の言葉を他者がどう受け止めるかなんて考えていないのだろう。

「あの人は……本当に……もう少し人に対しての優しさを持って欲しいわ……」

 文句を言うプリシラは諦めと苛立ちを見せた。

「ルーシーが行きそうな場所に心当たりはないか?」

 彼女は申し訳なさそうに首を振った。

「急に言われても……」

 プリシラはこめかみに指を当てて考えて、思いついた場所をいくつか挙げてくれた。それらを頭に叩き込んだフィルが出入り口のドアを開けて走り出そうとしたところを呼び止められた。

「あー、あと、ミシュル大橋! 好きな場所だって言ってた!」

 フィルは後ろを振り向き、プリシラに頷いて、夜のミシュルへ走り出した。

 南区は中央区に比べて人通りが少ないが、それでも夜を迎えたこの時間は多くの人がいる。フィルは走りながら左右を確認して、雑踏の中、ルーシーの姿を探すが見つからない。

 急ぐあまり人にぶつかりそうになっては謝り、足がもつれて転びそうになっては体勢を立て直す。

 プリシラが教えてくれた場所を探すが、ルーシーの姿はない。

 彼女が居そう場所の選択肢が一つずつ消えていく度にフィルの胸には焦燥感が降り積もっていく。

「ここにもいないか……」

 そう判断してフィルはまた走り出す。

 今度は南区東側のミシュル大橋だ。

 そこにいなければ、一旦、ルゾカエン第二工房に戻ることにした。もしかしたら、すれ違って、ルーシーが戻っているかもしれない。それならフィルの徒労で終わるだけだ。

 お世辞にも体力があるわけではないフィルの両足は徐々に重くなってきており、急ぐフィルの気持ちに反して、足取りが徐々に鈍っていく。一度立ち止まってしまったフィルは、額から流れ落ちる汗を何度も何度も拭いながら、ルーシーの姿を探して周囲を見渡す。

「くっそ……はぁ……はぁ……よし」

 フィルは力を振り絞って、ミシュル大橋を目指す。

 自分のアーティファクトを否定される悲しさはフィルも分かる。ルーシーが学生時代からミーシャに憧れを持っていて、彼女に認められるかもしれないチャンスだった。簡単には認められないのはルーシーもわかっていただろう。少しでも可能性があると思うなら縋りたくなってしまう。

 なのに、踏みにじられた。

 それはどれだけショックだっただろうか。

 一緒に作業してアーティファクトの図面と魔法理論を製作したフィルだって、悔しくないわけじゃない。ミーシャの指摘はどれも正しすぎて反論する気にならなかった。自分の力不足を嘆くよりも、ミーシャがルーシーを傷つけたことが許せなかった。

 普段なら気にならない夜の賑わいが、今は苛立ちを加速させる。

 どこだ。

 どこにいる。

 雑踏の中に赤い髪を見つけた。

 いた。

 安堵して駆け寄る。

「おい、探したぞ」

「はい?」

 振り向いた女性はルーシーではなかった。

「……すみません、人違いです」

「はぁ……」

 頭を下げるフィルに、女性は怪訝な顔をして歩き出した。

 普段なら他の誰かをルーシーと間違えない。

 気持ちが焦っている証拠だ。

 再び走り出した。

 しばらくすると川のせせらぎが耳に入ってきた。

 バロンド山の湧き水を源流としたバロンド川だ。この川は東区の東端から南区を大きく弧を描いて南側へと抜けている。

 視界の奥に、ミシュル大橋が見えた。

 フィルは走りから歩きへと切り替えた。

 ミシュル大橋は南区と東区を繋ぐ大橋だが、この時間でも巡回馬車や徒歩で東区を目指す人たちがいる。南区の主要な通りから外れることもあり、人通りはまばらだ。

 行き交う人達を確認する。

 橋の中頃まで来たところで、彼女を見つけた。

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