チャプター2 「焦がれる天の高さ」4
ミーシャの表情と声に応じるように場の空気が温度を下げていく。ただでさえ他者に興味がない瞳が無機質にルーシーを見ている。
「それはどういうことですか?」
ルーシーはミーシャの真意を探るために恐る恐る質問した。それに対して、ミーシャは溜息を小さく吐いた。
その溜息が嫌に大きく聞こえた。
まるでなぜ理解できないのか。と呆れているように思えた。
溜息一つでルーシーは冷たい水の中に突き落とされたようだった。
心の芯に向かってゆっくりと冷たさが染みこんでくる。
小作業場の空気の重さに、ルーシーは溺れそうな錯覚を覚えた。
「君たちが作った、魔法理論も図面もつまらない。ああ、よく出来ている、まとめている。苦労しただろうポイントも分かる。だけど、つまらない。私の胸をドキドキとさせてくれるものはなにもない。無難に出来ることをやっただけだろ。私には魔技連のテーマを満たせているように受け取れない」
言葉の一つ一つがルーシーの心を傷つけていく。
無難?
そんなことはない。
音を無制限に入力情報に使った場合、どうしても動作パターンの制御が難しくなる。だから、それを分類して、制御しやすいように検討した。
他にも苦労した点、工夫した点がある。
だから、ルーシーは声を出した。
「違います。無難になんて思っていないです」
「じゃあ、聞く。君はこの子を使う時の音楽を定めたか? 音を入力情報にして動かすのであれば、入力となる楽曲をある程度決めてもいいのでは? そうでないとしっちゃかめっちゃかなものになる。これの動きを見たときの観客の反応は想像したか? 例えば、ハルスブルクの協奏曲二番の第四楽章なら盛り上がるかもしれない。他には――」
ルーシーの反論を待たず、ミーシャは続けた。
「もしも、君がこのアーティファクトで自分のやりたいことを優先して入力となる楽曲を決めてないなら、それは作り手の傲慢さだ」
次々とミーシャからは自分が至らなかったことへの言及が飛んできた。
どれも真っ当に正しい。
音を使うアーティファクトを製作する際、レセプションパーティーで使われる楽曲を指定することも考えることも考えた。しかし、ルーシーはそうではなく、敢えて楽曲を決めずにアーティファクトを動かすことを考えた。
なおも続くミーシャの言葉に耐えきれず、それでもルーシーはどうにか言葉を絞り出した。
「けど、楽曲を決めてしまったら――」
「音楽に合わせて動くだけになる? それになんの問題があるの?」
「それは――」
「ああ、わかった。君は、君たちが最初から最後までどう動くかを決めようとしてるんだ。違う違う。私が言いたいのは、『音楽に合う動きをその場で生成させる』だ」
「……そこまで高度な魔法理論の構築は……」
「君には無理だろうね。だからこのアーティファクトになったんだから。まあ、どういう動作をするかを決めきってしまっても、今回のテーマは達成できると考えるけどね」
「……」
「まあいいや、これはただの君たちの独りよがりのアーティファクトだよ。本当につまらない。それから――」
そこからはミーシャが何を言っているのか入ってこなかった。
最初はミーシャを真っ直ぐに見ていた視線も徐々に下がっていき、今は小作業場の床を見つめていた。
多少のダメ出しは出てくることは覚悟していた。
けれど、つまらない。
そんな言葉は想像していなかった。
今日のために準備してきた自分の土台がぐらついたように思えた。
少しでいい、ほんの少しでも、ミーシャに認めて欲しかった。
視界が滲む。
泣くな、泣くな、泣くな、と言い聞かせる。
今は気持ちを押し殺す。
反省も泣き言も後回し。
そうやって、ルーシーはギュッと目を瞑り耐えようとする。
「今日のためにルーシーはがんばってきたんだぞ。それを少しぐらい認めてもいいんじゃないか」
その声にルーシーは顔を上げて隣に立つ友人に視線を向けた。けれど、見慣れたはずの彼の顔はぼやけてはっきり見えず、彼がどんな表情でいるのかわからない。ただ、聞き慣れた彼の声は、いつもと同じ穏やかさや冷静さがありながらも、声に怒りが潜んでいるように聞こえた。
彼は怒っている。
怒ってくれている。
そう思うとルーシーは怒ることすらできない自分に腹が立った。強く握った拳は、手のひらに爪が食い込み、血を滲ませていた。
しかし、ミーシャはフィルの声に不思議そうな表情で反応するだけだった。
「君は依頼を達成できなかった時に、がんばったから認めてください。と言うの?」
魔導技士として、請けた依頼を確実にこなすのは当然だ。相手が求めるアーティファクトを納品しなければならない。その過程を評価してもらおうなんて思わない。
わかっている。
フィルだってわかっているはずだ。それでも彼はミーシャから少しでもルーシーのことを認める言葉を引き出したかったんだろう。
それが彼の優しさだ。わかっているからこそ、ミーシャの言葉が深く突き刺さる。
「ミーシャちゃん、もうちょっと言葉を選ぶべきよ。それじゃ、ただ傷つけるだけよ」
ミーシャとフィルの応酬に見かねたのかトニーが割り込んだ。
しかし、それでもミーシャの言葉は止まらない。彼女は今度は視線をトニー向けて問いかける。
「トニーさんはこのアーティファクトの図面と魔法理論を見た?」
それに彼は首を振った。
トニー相手にも変わらず冷たい温度の声だった。しかし、トニーにはそれを意にも介していないようだった。
「いいえ、見てないわ。今回のレセプションパーティー向けのアーティファクトはルーシーちゃんとフィルちゃんの自由にさせたわ」
彼の言葉の通り、トニーは自分たちのアーティファクト製作に口を出してこなかった。ただ進捗が問題ないかを気にして、必要な物がないか、困っていることがないかと声を掛けてくれていた。
ルーシーにとって、それはトニーが自分を信頼しているとからだと思っていた。
ミーシャはトニーの言葉に小さく笑った。
否定の笑みだ。
「こんな製作者よがりなものをレセプションパーティーに出したら、文字通り笑いものになるだろう」
その言葉が最後のキッカケだった。
ミーシャが無神経に人の心を踏み荒らすのは知っていた。それでもミーシャ・ルゾカエンに認められたいと思う人たちは多く、自分もその一人だ。若き天才と謳われるミーシャに少しでも認められたら、それはこの先のとてつもない糧になる。
けれど、今日のルーシーは耐えることができなかった。
気が付いた時には、ルーシーは小作業場を飛び出していた。
頬を伝う涙が、宙を舞った。
「ルーシー!!」
背後からフィルの声が聞こえた気がした。
でも、止まることはできなかった。
悔しくて、情けなくて、小作業場にいることが耐えられなかった。
ああ、なんて自分はバカなんだ。
ほんの少しでも認めてもらえるかもと期待した自分が惨めだった。
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