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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター2 「焦がれる天の高さ」3

 レセプションパーティーに向けたアーティファクトの大まかな方針が決まってからはフィルと分担して図面と魔法理論を構築していくことになった。

 ルーシーが魔法理論を担当して、フィルには図面を任せた。しかし、ルーシーが担当する魔法理論と、フィルの図面製作は完全に並行することはできない。ルーシーが構築する魔法理論によって、フィル側の図面にも影響が出る。大まかな外観はフィルの方で決めてくれたが、内部に組み込む核となる部分は、こちらの魔法理論が出来てからでないと図面に落とし込むことができない。だから、互いに都度、議論してイメージをすり合わせて、作業遅延を最小限に納めるようにして進めていった。

 そうした作業をこなすだけで時間はあっという間に過ぎていくうちに、ミーシャにアーティファクトの図面と魔法理論を提示する日になった。

 ルーシーはいつもより早い時間にルゾカエン第二工房の小作業場に来て、図面や魔法理論を見直して問題無いかと確認した。

 それでも落ち着いて座っていられず、そわそわしていると、ドアが開いた。

 フィルが姿を現した。

 こちらの落ち着きのない様子を見て、首を捻っていた。

「おはよう……って、どうした?」

 ルーシーは笑ってみせたが、顔が引きつって上手く笑えてないことが、自分でもわかった。

「ミーシャさんに図面と魔法理論を見せるとなると緊張しちゃって……」

「ミーシャに見せるのは夕方だろ? 今からそんな状態じゃ、こっちまで緊張するよ。だいたい自分のところの工房長相手なんだから……少しは落ち着けよ」

 彼はポンと、ルーシーの肩を叩いた。

「工房長って言っても、ミーシャさんとはほとんど会ったことないのよ。お忙しい方だし、第一工房にいることの方が多いし」

 ルーシーは余裕の無さから早口で答えながら椅子に座った。

 ミーシャは第一工房で作業室に籠もっているか、講演会や交流会への出席で忙しくしているかだ。

 ミーシャと最後に会ったのは、四年前に工房所属になった時だ。それ以降、遠目に見かけることはあっても、言葉を交わしたことはない。同じ工房であっても、そのぐらいでしかない。

「ルゾカエン工房の規模だとそうそう会わないか」

 決して身近な存在ではない。

 同じ工房になったからこそ、より雲の上の存在だとわかってしまう。

 落ち着かないといけないのはわかっている。

 けれど、心がずっとざわついている。

 深呼吸しても、目を閉じてみても、心がさざ波を立てている。

 ルーシーやフィルの世代、いや、若い世代からしたらミーシャ・ルゾカエンは憧れに近いものだ。

 三十代後半の若さで、イディニア三大工房に数えられ、多くの先進的なアーティファクトを生み出してきた、ミーシャの存在は鮮烈で、眩しくて、目を細めながら、届かないと分かっていながらも手を伸したくなってしまう。ルーシーも同じく手を伸して焦がれている。

 ミーシャを評価する言葉に、若き天才、エピック・アーティファクト製作に最も近い魔導技士などがある。今後、魔導技士の道を切り開いていくのはミーシャであることは、誰もが疑うことはないだろう。

「今から緊張しても仕方ないし、できることをやろう」

「そ、そうね。そうしましょう」

 ルーシーはぎこちなく頷いてみせた。

 自分の緊張感がフィルにも伝わったのか二人きりの空間には重々しい沈黙が降りた。普段ならすぐに過ぎる一時間すらも長く感じた。昼食の時もルーシーは食事が喉を通らず、普段食べているランチセットを半分も手を付けずに残した。

 そしてその時がきた。

 ノックの音が小作業場に響いた。

 それにルーシーは背筋を伸した。

「ルーシーちゃん、フィルちゃん、いいかしら」

 ドアを開けたのはトニーだ。

「は、はい、大丈夫です」

「ルーシーちゃん、そんなに緊張しないの。――ミーシャちゃん、中へ」

 促されてミーシャ・ルゾカエンが姿を見せた。

 深い青色の髪はショートカットで切り揃えられているが直しきれなかったのか寝癖でボサボサだった。紫色の瞳の下には大きな隈があり睡眠不足や疲労感を伺わせる。猫背気味で小さめに見えるが、本当は自分と同じぐらいかそれよりも少し背が高い女性だ。色白の肌からはミーシャ・ルゾカエンが健康には見えない。

 これがミーシャだった。

 ルーシーが目にしてきたミーシャは、目の前にいる姿とは正反対で凛々しさすら感じるものだった。

 しかし、ルゾカエン工房に入ってからわかったことだが、普段露出している方こそが作られたものだった。アーティファクトを作っているときはそのことだけに没頭し、食事を始め生きる事に必要なことすらも疎かにしていた。そんな彼女をルゾカエン工房の代表として表舞台に送り出す際、トニーが身なりを整えたり、スピーチ用の原稿まで用意したりしていた。

 どんな姿であれ、ミーシャがこの場にいるだけで、ルーシーの息は詰まりそうだった。胸の鼓動が煩くてしかたない。

「えっと……」

 そんな事情を知らないフィルは、ミーシャの姿を見て困惑しているのだろう。

「フィルちゃんは、このミーシャちゃんは初めてかしら。この子はほとんどこうなの。講演会や取材対応はちゃんとしてるけど、それ以外はこうなってるのよ」

 トニーが笑いながらそういう話をしていると、ミーシャは気だるそうに声を出した。

「……トニーさん。時間の無駄だから早く済ませよう」

「もうそう急かさないの。というか、ルーシーちゃんはともかくフィルちゃんもいるんだから挨拶ぐらいしなさいよ」

 指摘されたミーシャは見るからに不服そうにフィルに目を向けた。

「ミーシャ・ルゾカエン」

 名前だけ告げて、フィルから視線を外した。

 ルーシーはルゾカエン工房に所属した今でも、ミーシャのあの無機質な瞳には今でも慣れることはできない。

 アーティファクト以外に、なんの興味もなく、なんの感情もない。もしかしたら、彼女には名前を告げた相手であるフィルという存在は映っていないのかもしれない。

「えっと……俺、じゃなくて私はフィル――」

 彼が名前を告げようとしたところで、ミーシャは拒絶の意思を示した。

「ああ、いらない。どうせ、覚えないから」

 フィルはこちらを縋るように見つめるが、ルーシーには諦めの表情で首を振るしかなかった。

「本当に愛想がないのよねー」

 無愛想なミーシャにトニーは呆れた。ただ、ミーシャにはそんなトニーの態度さえ、ムダに感じたらしい。

「トニーさん」

「はいはい。――じゃあ、ルーシーちゃん、図面と魔法理論をいただいてもいいかしら?」

「わかりま――」

 トニーに促されてルーシーが図面と魔法理論を渡そうとすると、ミーシャはそれを奪い取った。そのままミーシャは広めの作業台の上に広げた。目を大きく見開き、顔をグッと近づけて、図面を見ていく。

 隅から隅へと視線を動かしている様子は、書かれていることを一つも取りこぼさないようにしているようだった。

「あの、説明を……」

「静かに」

 アーティファクトの説明をしようとするルーシーを、ミーシャは右手で制止した。

「これで像を結ぶのか。しかしそれだと音は……ルカーシャの一般化式で……そうか、だから、ミルマリア変数を……」

 彼女はルーシーの説明を聞かずに口早に理解したことを呟いていく。図面を眺め始めて一分が経過した頃、ミーシャはガバッと顔を上げた。

「理解した」

 その言葉が信じられなかった。

 わずか一分、それだけで一つのアーティファクトの図面と魔法理論を理解することはまず無理だ。

 しかし、ミーシャが理解したというなら、それは事実だろう。

「映像の出力は手堅くできているし、入力音も最大五パターンに分類しているのもいいだろう」

 ルーシーはミーシャの言葉に手応えを感じた。口角が上がりそうになるのを抑え込みながら代わりに右手を強く握りしめた。

 ミーシャの口から洩れてきた言葉は、魔法理論作成するときに用いた各種法則を示す数式や変数の名前であった。それらを単純に使うわけではなく応用して入力となる音を変換している。数式や定理、法則の使用用途からルーシーが魔法理論に込めた意図を読み解いていた。

 ミーシャの理解したという言葉の通り、今回のアーティファクトを完全に把握しきっていた。

 その凄さにルーシーが興奮に覚えているのと反対にミーシャは無感情でこちらを見つめていた。

「それでこのアーティファクトは、今回、魔技連から提示されたテーマである『楽しめるもの』を満たせているのかい?」

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