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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター2 「焦がれる天の高さ」2

「レセプションパーティー向けのアーティファクト製作は、ルーシーちゃんとフィルちゃんの合同とは言え、ルーシーちゃんはルゾカエン工房の代表でしょ? だから、一度、図面と魔法理論見たいって言い出したのよ」

「ミーシャさんが?」

 そう答えるルーシーの表情が強ばるのがわかった。そうなるのも理解できる。ミーシャ・ルゾカエンはミシュルの、いや、イディニアの魔導技士でもトップクラスに入る実力を持っている。そんな彼女が事前にチェックしたいと言い出したのだ。

 フィルの脳裏に、学生時代の卒業製作発表会でミーシャとの質疑を交わした時の光景がよぎった。質疑中のミーシャの目はこちらを見ていない。いや、見ていたが、あの冷たい瞳にフィル・アルスハイムという人間は映ってないようように思えた。

 その時以来、フィルはミーシャに恐怖心にも似た感情を持っていて、ルーシーの胸の内に生まれているであろう緊張が想像できた。

「来週頭に第二工房に来るからその時にってね。完成した図面と魔法理論じゃなくても概要説明できればいいわよ」

 製作するアーティファクトの候補は出ているから、それをまとめられれば間に合う。しかし、フィルはミーシャからの要求に納得できなかった。

「待ってくれ。ルゾカエン工房の事情は理解する。でも、アルスハイム工房の代表として来てる俺も関わっている図面と魔法理論に文句を言いたいってことか?」

 フィルは自分の言葉通り、ルーシーとトニーの事情は理解している。それでも他工房から口出しされるのは面白くない。

 他工房のアーティファクトに対して批評することは当然ある。しかし、それは自分の工房内や周囲に同業者がいない場でのことだ。万が一、他工房の、しかも製作した人間の耳に批評の話が入れば、いざこざに発展してしまうことがある。

 フィルの抗議の視線に、トニーは眉を寄せて困り顔をした。

「そんな怖い顔しないでちょうだい。フィルちゃんの言いたいこともわかるわ。ただ、ここは我慢してもらえない?」

「フィル……」

 トニーの困った表情とルーシーの訴え掛ける瞳に、フィルは両手を挙げた。

「悪かったよ。別にどうしても拒否したいわけじゃない。ただ、俺は快く思ってないってだけだよ。ここで猛烈な拒否を示したところで、共同製作しているルーシーの立ちが悪くなることは理解してるよ。俺がしたことは、覆らないことを分かった上でのささやかな抵抗だよ」

「あら、イジワルね。でも、フィルちゃんの気持ちもわかるわよ、面白くないものね。だから、理解を示してくれてありがとう。 ――じゃあ、アタシは退散するわね。あとはお若いお二人でごゆっくりー」

「トニーさん!!」

 イタズラっぽい笑顔を浮かべて手をヒラヒラとさせて出ていくトニーの背中にルーシーが抗議の声をあげた。

 ルーシーは大きく溜息を吐いて、こちらに訴えかけるような視線を向けた。彼女は言いにくそうに視線を一度逸らして、もう一度こちらを見た。

「あの……ね、フィル……」

 彼女が全てを言わずともわかる。

 ここは自分に譲って欲しい。

 ルーシーは学生時代に、ミーシャに声を掛けられてルゾカエン工房に所属することになった時、憧れの魔導技士と同じ工房に所属できると喜んでいた。

 そんなルーシーだから、ミーシャが魔法理論と図面を見たいと言えば、自分発案のものを見て欲しいに決まっている。

「わかってるよ。今回はルーシーの案の『音に合わせて動く光の像』でいこう」

 そう言うとルーシーの顔が一気に明るくなった。笑顔が零れたのはわずかですぐに表情は真剣なものに変わった。

「こうなると考えないといけないのは動作パターンの制御ね。じゃあ、さっそく」

 フィルとルーシーはお互いに『音に合わせて動く光の像』を実現する難しさを理解している。

 その課題をどうやって解決するかだ。

 フィルは、机に戻って検討を始めそうなルーシーを引き止めながら、空腹を訴えた。

「まずは昼飯食べに行かないか?」

「……あっ! トニーさんの話を聞いたら、すぐにでも着手したくなっちゃって。ご飯食べに行きましょう」

 ルーシーと入った大衆食堂でも話題はずっとアーティファクトの話をしていた。楽しめる雑談をするわけでもなく、ただただアーティファクトをどう実現するかという、他人からしたら一つも面白くない話だが、フィルたちにとってはどんな話題よりも楽しいものだった。

 レセプションパーティーに向けた案が決まった翌日の夕方になっても二人はまだ議論を続けていた。

「音に合わせて動かすなら、楽曲指定して動作パターンを予め決めてしまうのはどうだ?」

 以前、レスリーが作った絵本のアーティファクトでは、出力された像の動作制御は制御式を事前に書き込むことで実現した。このように事前に動作を決めてそれに合う制御式を組み上げる手法だ。

 ルーシーが提案したのは『音に合わせて動く』ものだ。なので、楽曲指定してその最初から最後まで一連の動作を決めてしまうのが無難な手だ。

 しかし、フィルの提案にルーシーは首を横に振った。

「それじゃあ、音に合わせて、ということになってないわ。あくまで動作を決める入力情報は音にしたいの」

「……それはそうか。入力を音にするなら、単純に考えて、音の波形を動作に変換することになる」

「そうなるのよね。でも、入力値がどうなるかわからないんじゃ、音から動きを作っても奇妙になるわね」

 言い終えたルーシーは、あっ、と零した。

「もっと単純に音を解析してやればいいのね」

 何かを閃いたルーシーは、紙にペンを走らせながら、自分の考えを口早に説明し始めた。

「音から動作を作成すると複雑になるなら、事前に動作パターンをそもそも作ってしてしまうの。音を分析して作成しておいた動作パターンのどれに当てはまるかを決めるの」

「それならまだ制御はしやすいか。そうなると次は動作だな。いくつのパターンを作るのか、パターンの組み合わせで不自然に見えない動きを決めた方がいい」

「ええ、動作案を出していきましょう」

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