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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター1 「また二人で」4

「じゃあ、右端から」

 順々に席を立ってランドリクの元に行き、箱に手を突っ込んで紙を引いていく。その場で四つ折りにされた紙を開いて確認していく。溜息が洩れるばかりでアタリを引いた工房はいないようだった。フィルは自分の番になり立ち上がってランドリクのところへ歩いていく。

「一枚だぞ、不正はなし」

「しませんよ」

 右手を箱に突っ込む。ガサガサと音を鳴らしながら、適当な紙を引く。

 紙を開くと、丸が書かれていた。

「……丸ですね?」

 引いた紙をランドリクに見せる。

「丸だな。じゃあ、まずはアルスハイム工房がアタリと。工房から誰を出すかは考えておいてくれ。今日の会合が終わったら聞くから。あとは枠は一つだな。フィルは戻っていいぞ」

「それはわかりました。ただ、うちから人を出すなら、アーティファクトの増産への協力は辞退させて欲しいです。うちは俺含めて魔導技士は二名。誰か一名を出したら、とてもじゃないけど、工房運営が回らなくなります」

「わかった。アルスハイム工房は今回の増産協力は不参加で構わない。レセプションパーティーに向けてアーティファクトの製作に専念してくれ」

「ありがとうございます」

 フィルはランドリクにお礼を言って、席に戻って自分が引いた丸が書かれた紙を見つめた。

 自分の工房から誰を出すかが問題だ。

 若手の経験という意味ではレスリーを指名するのが自然だが、自分自身の経験値としても積んでおきたいところだ。

 どうしたものかと、フィルが腕を組んで悩んでいると、二枚目のアタリを引き当てた工房が出たようだった。

「あら、アタリだわ」

 アタリの紙を指に挟んでヒラヒラとさせているのは、ルーシーの隣にいた男性だった。つまり、ルゾカエン工房が引き当てたということだ。

「じゃあ、二枠目はルゾカエン工房だな。誰にするかは――」

 ランドリクの言葉に被せるように彼は答えを口にした。

「うちからはルーシーちゃんよ」

「へっ!?」

 突然指名されたルーシーの間抜けな声が大会議室に響いた。ルーシーの方を見れば、驚きからか、机に身を乗り出していた。

「決まっているなら話が早い。これで参加工房が揃ったから、次の話題についてだ」

 ルーシーは席に戻ってきた男性に宥められながらも文句を言っているようだった。

 アーティファクト作りのペアの一人がルーシーであるとわかって、フィルは今回の星祭りでアルスハイム工房から誰を出すかを決めた。

 その後の会合は、星祭りに向けて商人や飲食関係からの各種協力依頼についてだった。簡単に言えば、ミシュル内で流通しているアーティファクトの増産の依頼だ。各工房としても取引先の増産に応じて少しでも利益を出したいところである。しかし、無尽蔵に増産できるわけではないので、通常よりどの程度増やすか、工房ごとに割り当てなどの落とし所の調整であった。

 二時間ほどで会合が終わり。ランドリクにフィルとルーシーたちが呼ばれた。

「アルスハイム工房は誰を出す?」

 フィルはルーシーをちらりと見て、アルスハイム工房としての結論を口にした。

「俺が出るよ。うちの若手にもやらせたい気持ちもあるけど、ルゾカエン工房がルーシーを出すなら、俺がやってみたい」

 正直言えば、フィル自身のワガママだった。

 アルスハイム工房からレスリーを出して、ルーシーの技術や知識に刺激を受けて、彼女の糧にして欲しいと考えることもできる。工房長の立場、若手の育成を考えたら、そうするべきだと思う。

 けれど、そうしなかった。

 ルーシーと一緒にアーティファクトを作りたい。

 それだけだった。

 学生時代に一緒にアーティファクトを作り、魔導技士として駆け出しの時も日々、魔法理論や図面について議論を繰り返してきた。

 あの日々をもう一度、体験したい。

 ひどく自己中心的な判断だとわかっていた。

「あら。貴方、うちのルーシーちゃんを知ってるの?」

「トニーさん、彼は私の友人のフィルです」

「そうなの? アタシはルゾカエン工房のトニー・ギャレットよ。よろしくね、フィルちゃん」

「フィル……ちゃん……? えっとフィル・アルスハイムです。こちらこそよろしくお願いします」

 フィルは呼ばれ方に困惑しながらもトニーと握手を交わした。トニーは人懐こい笑顔を浮かべて、ウィンクをして見せた。

「じゃあ、アルスハイム工房はフィル、ルゾカエン工房はルーシーでいいな?」

「ちょっと待って下さい」

 ランドリクが話をまとめようとしたところにルーシーが割って入った。

「トニーさん、ルゾカエン工房からは本当に私でいいんですか? ミーシャさんや他の工房長に相談や許可取らなくていいんですか!?」

 彼女はトニーを見て、両手を広げて訴えかけていた。

 星祭りでアーティファクトを披露する。しかも、ミーシャやマーヴィスという偉大な先人たちと共にだ。その場に立つ人間として、トニーが何の躊躇もなくルーシーを指名したことに戸惑っているのかもしれない。

 トニーはルーシーの戸惑いを気にせずに笑ってみせた。

「平気よ、平気。そもそも今日の会合にアタシが来た時点でルゾカエン工房としての判断はアタシに一任されてるようなものだしね」

「そんな……」

「あら、ルーシーちゃんは不服なの?」

 ルーシーの落胆ぶりをみたトニーにはそれが意外に映ったようで驚いた顔で口元に手を当てた。

「そういうわけじゃないんですが……」

 ルーシーは諦めた様子で肩を落とすが、それでも納得していないようだった。

「せっかくの機会なんだからやってみなさいよ」

「……わかりました」

 ルーシーがしぶしぶ承諾したところでランドリクはパンと手を叩いた。

「話がまとまったみたいだから、星祭りのレセプションパーティーに向けての説明をするぞ」

 ランドリクがそう言うとルーシーとフィルは真剣な表情で耳を傾けた。

「まず、依頼としては『楽しめるもの』、製作期間はレセプションパーティー当日までおよそ一ヶ月だ」

「えっと、ランドリクさん『楽しめるもの』って……」

「任せる」

 ランドリクの返答はあっさりとしていた。

 フィルがルーシーを見れば、頭を押えて顔をしかめさせていた。

「俺とルーシーで一つのアーティファクトを作ればいいんですよね?」

「その通りだ。楽しめるという要件が満たせるなら、何を作ってもいい。それとな、当然、君たちもレセプションパーティーに参加するんだから、それなりに準備しておけよ」

 ランドリクに言われて、ああ、と気が付いた。アーティファクトを作ることに意識が向いていて、レセプションパーティーに参加しないといけないことが抜けていた。

 フィルは顎に手を当てて思案する。

「ランドリクさん、うちの従業員二人も出席させても大丈夫ですか? せっかくの機会だからできるなら出席させてやりたいんだけど」

「二人か……大丈夫だろう、話は通しておく」

 ランドリクの返答にフィルは一安心した。

 自分がレセプションパーティー向けにアーティファクト製作することになったから、製作期間はどうしてもアルスハイム工房のことをアストルムとレスリーに任せるしかなくなることになり、普段以上に負担を掛けることになる。

 ここに来る前に星祭りの日は、工房を早めに閉めて祭りを楽しむことを約束していたが、レセプションパーティーという貴重な場に連れて行くことで帳消しにしたいと思っていた。

「ありがとうございます」

「じゃあ、あとは任せたぞ」

 ランドリクはフィルとルーシーの肩を叩くと、大会議室を出て行った。残されたフィルとルーシー、トニーはこれからの事を話すことにした。

「うちのルーシーちゃんとフィルちゃんが一緒に作業するとなると、同じ場所で作業した方がいいわね?」

 トニーの提案はもっともだ。

 頻繁に作業場を変えてしまったら道具や材料の持ち運びが手間になってしまうため、作業場は決めてしまった方がいい。

 フィルがアルスハイム工房を提案しようと口を開くよりも早くルーシーが提案した。

「うちでいいでしょ? トニーさん、小作業場って押えられますか?」

 フィルへの確認が一瞬あったが、それはあくまで形だけだった。

 ルーシーはフィルの反応を待たず話を進めていく。

 フィルはルーシーの行動は今更なので反論する気もなかった。

「いいわ、押えるわよ」

 フィルは出かかっていた提案を飲み込んだ。

「いいよ、ルゾカエン工房でやろう。明日、第二工房に行けばいいか?」

「アイディア出しから一緒にやりたいけど、事前に考えてきて」

「わかったよ。ルーシー、よろしくな」

 頷いて差し出した手に、ルーシーは驚きを見せたがすぐ手を重ねてきた。

「ええ」

「俺は工房に戻って明日からのことを説明するよ。一ヶ月ほぼ不在になるようなものだからな」

 フィルはそう言って大会議室を出て、魔導技士連盟を後にした。

 頭上の日差しに目を細める。視線を落として、ルーシーと握手を交わした右手を見る。つい頬が緩んでしまう。それは彼女とまたアーティファクトを作れるということへの喜びだった。学生時代に幾度も議論をしていた頃のようにできることを考えると嬉しさがこみ上げてくる。

 喜びを噛みしめているうちにアルスハイム工房に着いた。

「ただいま」

「おかえりなさい、会合はどうでしたか?」

 中に入るとカウンターで店番をしているアストルムに迎えられた。

「その話もあるから、工房でレスリー含めて話をしようか」

「わかりました」

 フィルはアストルムと一緒に工房に向かった。

「レスリー、いいか?」

 フィルが声を掛けると作業中だったレスリーが顔を上げた。

「はい、大丈夫です!」

 工房の中央の作業台に集まったところで、フィルはルーシーが一緒にレセプションパーティーに向けてアーティファクトを製作することになったことを伝えた。

「というわけで、俺は明日から一ヶ月ルゾカエン第二工房に通うことになると思う」

「えっと……フィルさん、そうなると……ほとんど私一人でアーティファクト作るんですか?」

 レスリーは崖から突き落とされたような絶望の表情で、フィルの方を見た。彼女の心中を察するが、フィルには頷くことしかできない。

「だから、工房全体での生産量は落とす。レスリーの出来る範囲で構わない」

「そ、それなら……」

 レスリーは泣きそうな顔になってしまった。彼女の隣にいたアストルムがスッと静かに控えめに手を挙げた。

「私からも質問いいですか? フィルが不在の間、新規の依頼はどうしましょうか? ゼロ件というわけにはいかないと考えます」

 フィルはアストルムの質問に頷いて、視線をレスリーに移した。それだけでレスリーは頬を引きつらせた。

「レスリー、頼むぞ」

「……できる範囲でいいんですよね?」

「ああ、全部請けろとは言わない。レスリーが自分の作業量と実力でできると判断したものだけを請けてくれ」

「やってみます……」

「どうしても悩むなら朝か夜に捕まえてくれ。あとはメモでもいいから残しておいてくれたらアドバイスや意見を残すようにするよ」

「わかりました」

「急な話で二人には負担を掛けるけど頼むな」

 アストルムは静かに、レスリーは不安そうな顔で頷いた。

 星祭りまでの一ヶ月は忙しくなる。

 フィルの胸にあるのはそれ以上に期待と好奇心だった。

 ルーシーと一緒にどんなアーティファクトを製作することになるのか、それが楽しみで仕方なかった。

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