チャプター1 「また二人で」3
ミシュル中央区の一角に二階建ての建物がある。正面の入り口にはガラス張りの大きな扉が二枚、上に目を向ければ『ミシュル魔導技士連盟』の看板があった。
フィルがこの場所に訪れる頻度はそれほど多くはないが、非常に助けられている。魔導技士連盟に世話になったのは、祖父のジェームズから工房を引き継いだときやアストルムとレスリーを自分の工房所属として登録するとき、竜の大鍋などのお店との取引を斡旋してもらった時だ。どれも今のアルスハイム工房にとって大事なことだ。
受付に声を掛けて出席者名簿に記名する。自分以外にも多くの魔導技士の名前が書いてあった。今日の会合は任意参加だが、それでもかなりの人数の名前だ。
フィルが記名を終えて顔を上げると、野太い声で名前を呼ばれた。
「おお、フィル、久しぶりじゃないか」
声は右手側からだった。声の主を見れば、男性の姿があった。二メートル近い長身、服の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉と褐色の肌、右頬には薄らと一筋の傷痕が残っており、黒髪は短く刈り上げられている。
「あ、ランドリクさん、ご無沙汰してます」
「元気か?」
ランドリクは豪快に笑いながら、フィルの背中を叩く。
「ええ。忙しいですが、どうにかやってます」
あまりの勢いでバシバシと背中を叩かれるのでバランスを崩しそうになる。
彼はランドリク・スペンサー。ルゾカエン工房と並ぶ、三大工房の一つ、スペンサー工房の工房長であり、ミシュルの魔導技士連盟の会長でもある。スペンサー工房はルゾカエン工房のような技術力や規模が認められ三大工房に挙げられたわけではなく、ランドリクの功績によるところが大きい。
ランドリクは魔導技士でも珍しい冒険者でもある。彼は虹色岩石や紺碧宝珠といった貴重な素材の発見に貢献し、面倒見の良さから来る人望の高さもあって、魔導技士連盟の会長にも抜擢されている。
「忙しいのは良い事だ。会合に来てくれたんだろう、俺も丁度、大会議室に行くところだから、一緒に行こうか」
フィルが、ランドリクの隣に並ぶだけで、彼の身体の大きさがより際立つ。
ランドリクが歩く度に左耳にある鳥の羽を使ったイヤリングが揺れる。
向かう先は二階にある大会議室だ。
「ランドリクさんは最近どうなんですか?」
「俺か? 俺は星祭りに向けての書類仕事が多くてな。あんまり頭を使うのは好きじゃないんだよ」
ランドリクは渋い顔をしながら、頭を掻いた。
「本当は素材採りにも行きたいし、妻と子供との時間ももっと取りたいんだけど、今は難しいさ」
そんな話をしていたら、大会議室に着いた。
ランドリクが扉を開けてくれて促され、中に入ると既に三十名ほどの先客がいた。見知った顔もちらほらあった。空席を探していると、窓側に赤い髪を見つけた。
ルーシー・アゼリアだ。
彼女は隣にいる女性のようなメイクをしたガタイのいい男性と何かを話しているようだった。あの様子からルゾカエン工房の関係者なのだろう。
ルーシーと視線がぶつかった。
フィルは片手を小さく挙げると、ルーシーは小さく頷いた。
それはまるで「わかったから、話し掛けないで」と言っているようだった。
フィルが適当な空席に座って、しばらくするとランドリクが大会議室の正面中央に立った。
「今日は忙しい中、この場に参加してくれてありがとう。さすがに全工房の参加とはいかないか。さて、長い前置きも退屈だろうからさっそく本題だ。察しがついているだろうが、話題は星祭りについてだ」
ランドリクは大会議室内を右へ左へと視線を向けて反応を伺っていた。
「イディニアからの依頼があった。今年は来賓を招いたレセプションパーティーをおこなうから、そこでアーティファクトを披露して欲しいとのことだ」
「つまりはうちの技術力を周辺諸国に示しておきたいってところか」
大会議室内からの声にランドリクは頷いてみせた。
「その通りだ。というわけで、レセプションパーティーに呼ばれた魔導技士は、ミーシャとエピック・アーティファクト持ちのマーヴィス翁ってわけだ」
天才であるミーシャ・ルゾカエン、そして老いてなお先端を行く頂点マーヴィス・フォスター、人選としてはなんの文句もない。
イディニアにおいてエピック・アーティファクトを多く所持しているのはマーヴィスだ。齢七十七、まだまだ現役であり、三大工房であるフォスター工房の工房長だ。フィルは昔、祖父のジェームズ・アルスハイムが存命だった頃に何度か会ったことがある。数年は会えていないが、全く知らない仲ではない。
「その二人で決まってるなら、わざわざ俺らを呼ぶ必要もなかっただろう」
「そう言うな。今回はもう一つある。それが若手の魔導技士が作ったアーティファクトのお披露目だよ。若手にもこういう経験が必要だしな。若手枠をねじ込むのにどんだけ苦労したと思ってるんだよ。——それに若手枠でアーティファクトを披露することで、イディニア国内外に向けて参加者自身と所属工房の技術力アピールにも繋がるだろ?」
レセプションパーティーの来賓は国内外の著名人、セレブが中心に呼ばれている。そんな場で良い物を発表できれば、所属工房の案件受注や魔導技士本人を指名した依頼も来るかもしれない。それにランドリクが言うように若手の魔導技士がアーティファクトの発表することは大きな経験になる。
フィルはランドリクが提示したメリットに納得し、可能なら参加したいという意向でいるが懸念もあった。
「それは確かにそうだが……。レセプションパーティー向けにアーティファクトを作るとなると、そっちに専念させないといけないだろ? うちの工房みたいに従業員が少ないところは生産量に影響が出る」
会合に参加している魔導技士から、フィルが抱いていた懸念と同じことが話題に挙った。
各魔導工房の事情はさまざまだ。ルゾカエン工房のように大人数を抱えているところもあれば、アルスハイム工房のように少数で運営している所もある。少人数の工房から一名の従業員を出すとなると、生産量に大きな影響が出る。
「各工房の事情を考慮して、辞退してもらっても構わないし、このあと話をするが星祭りに向けたアーティファクトの増産量の割り当てについても考慮する。アーティファクトの製作の手助けはできないが、魔技連が協力できるところは協力していく。もちろん、若手が参加することになった工房には魔技連から依頼料を払うし、経費も出す」
「それは何人選ばれるんですか?」
フィルは疑問を口にした。
「二人だな。いや、正確には一組だ。今回はミシュル内の工房同士の研鑽目的も含めて二つの工房から一名ずつを選出したい」
ランドリクの言葉に大会議室内がざわついた。
工房内で共同作業することは多いが、他工房と一つのアーティファクトを作ることは珍しい。全くないわけではないが、フィルはまだその経験はなかった。
「それでどうやって決めるんだ?」
「平等にクジといこう。アレ持ってきてくれるか?」
そう言ってランドリクは入り口付近にいた事務員が箱を持ってきた。
ランドリクはその箱を受け取ると、机の上に置いた。
「この箱には、アタリ……丸が書いてある紙が二枚入ってる。今日の参加工房の代表者が順に引いていく。それでいいか?」
特に反対の声は上がってこなかった。
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