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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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チャプター1 「また二人で」2

 ルゾカエン工房は従業員の数の多さから全部で三つの工房に分れていて、第二工房はミシュル南区にある。一階は依頼の受付やこれまでルゾカエン工房が作ったアーティファクトの一部の展示やアーティファクトに関する資料が置かれている。その(ほか)、依頼者との打ち合わせスペースまである。二階と三階が工房となっている。第二工房に所属している三十人の従業員は、各階にある三つの大作業場をいずれかに割り当てられて、日々、アーティファクト製作に勤しんでいる。他にも二、三人程度が作業できる小作業場があり、必要に応じて借りることもできるため、作業に集中したい従業員が利用している。

 二階の大作業場の一つにルーシーの姿があった。大作業場にはルーシー以外に五人の魔導技士が作業していた。それぞれ素材の加工や、魔石の出力調整をしている。時折、溜息や苦悩の声が聞こえており、簡単には進んでいないようだった。ルーシーは自分に割り当てられた机に向かって、唸りながら目を細めていた。ルーシーは金色蚕の糸を、魔導板の穴に通そうとするが上手くいかない。

「あー、もう!」

 苛立ちから声を上げた。一度、心を落ち着けるために、深呼吸をした。

 もう一度とチャレンジするも上手くいかず、さらに数回チャレンジして、やっと糸が通った。

「素直に糸通しを使うべきね……。さて、次は――」

 無駄に疲れてしまったが、ルーシーは図面を見て次の工程を確認する。

「次は、逆さ鳥のクチバシと、あ、今回は魔力伝播に双子岩の欠片がいるのね」

 ルーシーは机の上に用意した素材を確認するが双子岩の欠片がない。

 準備を忘れていた。

 溜息一つ。

 立ち上がって素材棚に向かう。

 棚を上から順に、ラベルが付けられた瓶や箱を見ていく。棚の素材は順番通りに収納しておくルールだが、納期が近づいてくると作業に追われて雑にしまわれることが多い。

「えっと……あった、あった。これで双子岩の欠片は最後ね。あまり使われない素材だからすぐに困らないけど、発注リストに書いておかないと」

 箱を開けて、双子岩の欠片が入った袋を取り出して、机に戻って作業を再開する。

 魔導板の上に魔石を置いて、逆さ鳥のクチバシと双子岩の欠片を魔石と繋げる。時に素材を加工し、時に魔石と素材を繋げ、少しずつ作るべきアーティファクトを形成していく。この過程が魔導技士として楽しい時間だ。

「鼻歌まで歌って、ご機嫌ね?」

「びっくりした!!」

 突然、耳元で聞こえた声に、ルーシーは驚いて、思わず声を上げてしまった。大作業場の視線が自分に集まっていることに小さく謝りながら、声の主の方を見た。

「ちょっと、プリシラ、驚かさないでよ」

 プリシラ・ブルーベルの姿があった。彼女は魔導技士ではないが、ルゾカエン第二工房で受付をやっている。肩口で切り揃えられた黒髪と丸眼鏡が印象的な女性だ。周囲からの評価は黙っていれば知的美人とルーシーは耳にしたことがある。

「ごめん、ごめん。お昼まだならランチいかない?」

「……え、お昼?」

 言われて腕時計を確認すると昼を少し回った時間だった。作業に集中しすぎて時間をすっかり忘れていたようだ。

 時間を認識すると空腹感が湧いてきた。

「集中してて気が付かなかった。――今日は朝のランニングがちょっと遅くなっちゃって、朝ごはん食べ損ねたのよね」

「ランニング……朝から元気ね。私は朝弱いからそういうのはムリよ」

「そんなに大した距離じゃないわ。自宅からミシュル大橋の五キロぐらい」

「往復で?」

 プリシラの言葉をルーシーは首を振って否定する。

「片道で」

 予想よりも長い距離にプリシラは顔をしかめて見せた。

「朝から十キロも……。ミシュル大橋じゃなくても他のランニングコースありそうだけど、なんでまた」

「単純にミシュル大橋が好きなのよ。――ランチ行きましょ、あっ、ちょっと待って。片付けるから」

 ルーシーは作業机の上に散らばった道具と素材を片付け始めた。

「そういえば、いつも行ってるカフェ、今日からランチは新メニューらしいよ」

「じゃあ、今日のランチは決まりね。――お待たせ、プリシラ、行きましょう」

 歩き出そうとした時に、大作業場のドアが開いた。

 顔を覗かせたのは男性だった。アイラインや口紅などメイクを施した顔は男性よりも女性的な印象があり、黄緑掛かった長い髪はまとめられて左の肩口へ流れていた。

 ルーシーは彼の顔をみて嫌な予感がしたが、それを顔に出さないように努めた。

「ルーシーちゃんいる?」

「トニーさん、どうしました?」

 ルーシーが手を挙げて答えると、彼は笑顔を作って大作業場へ入ってきた。色白で一八〇センチ近くある身体はほっそりしていて華奢に見える。

 トニー・ギャレット。それが彼の名前だ。彼はルゾカエン第二工房の工房長を務めており、中性的な服装や声の高さ、言葉遣いから第二工房の従業員から男女問わず親しまれている。

「お昼休みに、ごめんなさいね。あら、プリシラちゃんもいたのね」

「トニーさん、こんにちは。これからルーシーとランチに行くところなんですが、一緒にどうですか?」

 トニーはプリシラの誘いに残念そうな表情をした。

「誘ってくれるなんて嬉しいわ。でも、ごめんなさいね。これから魔技連に行かなきゃいけないの」

 トニーの視線がこちらに向いた。

「えっと……もしかして?」

 ルーシーは内心でやっぱりと項垂れながら、トニーの言葉を待った。

「察しが良くて助かるわ。ルーシーちゃんも一緒に来てちょうだい」

「……これからランチを……」

 せめてランチだけでも食べたいと抵抗を見せる。

「あとで奢ってあげるから、今は我慢してちょうだい」

 やっぱりダメか。

 ルーシーはプリシラに断わりを入れる。

「プリシラ、そういうことだから、また誘って……」

「わかった、ルーシーがんばってね」

 プリシラは頷いて手を振りながら大作業場から出て行った。ルーシーも小さく手を振って、彼女の背中を見送ってから、不満を若干混ぜた表情でトニーを見た。

「魔技連に何の用ですか? 朝のミーティングでそんな話出ませんでしたよね」

 ルゾカエン第二工房は、毎朝、トニーが大作業場ごとに魔導技士を集めて簡単な連絡事項の伝達などをおこなっている。しかし、今朝のミーティングでは特に連絡事項もなかった。

「怖い顔をしないの。悪いとは思ってるわよ。朝時点でミーシャちゃんと合意できてなかったから連絡できなかったのよ」

「ミーシャさんと?」

「ルーシーちゃんは、うちに来て四年でしょ? そろそろ魔導技士の作業以外の事も経験した方がいいと思うのよ。だから、今日、アタシが行く魔技連の会合に一緒に来てもらいたいのよ。じゃあ、簡単に準備してエントランスに集合ね」

「わかりました、五分で行きます」

 トニーが言っていることは理解できるので、ルーシーは気持ちを切り替えて、準備を始めた。

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