チャプター1 「また二人で」1
昼前の時間、竜の大鍋はいつも通り賑わっていた。店内を店員たちが忙しく動き回ってる中、アルスハイム工房の昼食を買いにきたレスリーは店主のシアンと雑談していた。
「そういえば、レスリーちゃん、そろそろコレの時期だよ」
知ってるかい? と、シアンから差し出されたチラシをレスリーは受け取って眺めてみた。
「星祭り……」
レスリーはチラシに書かれている文字を口にした。
「ここに来る前にもチラシがあちこちに貼ってあっただろ?」
レスリーはふるふると首を振った。
「フィルさんに急かされて、ここに来たから余裕がなくて見てないです」
「ありゃ、そうかい。――来月は星祭りさ。五年に一度、このミシュルで行なわれる大きなお祭りだよ。レスリーちゃんも名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」
「名前ぐらいは……前回は地元だったし、その前はもっと子供だったから参加したことはないです」
ミシュル有数の大規模なお祭り。
地方都市に住んでいたレスリーは参加したことはなかったが、星祭りの名前は知っていた。子供の頃、目にした新聞には、心惹かれる写真と見出しがあったのを覚えている。
だから、レスリーは翡翠色の目を大きく見開いて、話を興味深く聞いていた。
「とても賑やかなお祭りよ。なんだっけ……あの……なに流星群だっけ?」
「ケルサス流星群ですよ」
思い出せずにいるシアンに、通り掛かった店員が答えを告げると、シアンは大きく頷いた。
「あー、それよ、それよ。ケルサス流星群。最近、名前が出てこなくなって、やんなっちゃうわ。ケルサス流星群に、これまでの五年間を無事に過ごせたことを感謝して、これからの五年間を無事に過ごせますようにって願うのよ」
「へぇー! ステキですね!!」
「レスリーちゃんぐらいの若い子たちの間じゃ、一緒に流星群を見た男女は結ばれるっていう噂もあるよ。こういう噂って、どこから広がるのかしらね」
「ええー!! じゃあ、学生さんたちはドキドキするイベントじゃないですか」
恋にまつわる噂やおまじないというのはどこにでもあり、どの世代の女性でも気になってしまうものだ。レスリーが初等部のときにも、学校近くの森にある大樹の下で告白したら成功するとか、好きな人の名前を書いた紙を写真と一緒に一ヶ月持ってると両想いになれるとかあった。
色恋関係の話に興味がなかったレスリーにもこれらの噂が耳に届いていたのだから、それなりに流行っていたんだろうと思う。興味が無くても、こういった話にロマンを感じることは、レスリーにも理解できる。
「あたしとしちゃ、恋の迷信やおまじないよりも、イディニアのあちこちから有名な人が来るし、周辺の国からも観光客がいつもよりもたくさん来る方が大事さ」
シアンが大口を開けて豪快に笑う。
「聞いてるだけでワクワクしますね!」
「そりゃあ、楽しいお祭りだからね、レスリーちゃんも楽しみにしてなよ」
「はい!」
「シアンさん、そろそろ、手伝ってくださいよー!」
「わかったよ! だらしないねー。――レスリーちゃん、これお昼ね」
シアンは店員の悲鳴に呆れながら、レスリーに紙袋を三つ差し出した。
レスリーは昼食が入った紙袋を受け取って代金を支払う。
「シアンさん、ありがとうございます」
レスリーはお礼を告げて、竜の大鍋を後にした。
アルスハイム工房への帰り道、大通りを見てみたら、あちこちの壁や街灯にシアンが見せてくれたのと同じチラシが貼られていた。
チラシのせいか、それともシアンから星祭りのことを聞いたからか、レスリーにはミシュルの街の賑わいがいつもと違って見え、一ヶ月後の星祭りに向けてそわそわしているように映った。それにつられるようにレスリーの心も星祭りへの期待で弾んでいるようだった。
「ただいま、戻りました!!」
「おかえりなさい」
レスリーが元気よくアルスハイム工房のドアを開けると、アストルムは手入れが行き届いた空色の髪と薄紫色の瞳で迎えてくれた。
「遅くなってすみません、奥でお昼にしましょう」
レスリーはダイニングに移動しながら、工房のドアに向かって声を掛けた。
「フィルさん、お昼買ってきました!」
「すぐ、行くよ」
工房のドア越しにフィルの返事が聞こえた。
レスリーは椅子に座ると、ダイニングテーブルに紙袋を三つ並べた。
紙袋の口を開けると牛肉と揚げたジャガイモの香りが食欲を刺激した。
今日の昼食は、パンに肉厚の牛肉とレタスが挟まったハンバーガーと揚げたてのポテトのセットだ。
フィルもダイニング来て、三人が揃ったところで昼食が始まった。
「レスリー、少し遅かったんじゃないか?」
頬を掻きながら、気まずそうに答えた。
「すみません……シアンさんと星祭りのことで話込んじゃって……」
フィルは遅かったことには、それ以上言及せずにハンバーガーを一口囓った。
「シアンさんのところも、星祭りはいつも以上に忙しくなりそうだな」
「そうなのですか?」
小首を傾げて疑問を呈したのはアストルムだった。
「あちこちから観光客が来るから、飲食店は大忙しだよ。――そっか、アストルムは星祭り初めてか。もしかして、レスリーもか?」
「はい! シアンさんから話を聞いて今から楽しみなんです!」
「お祭りですか、私も楽しみです」
二人の返事を聞いてフィルは、考えるように腕を組んで天井を見つめて、視線をこちらに戻した。
「よし。星祭りの日は、いつもより早い夕方に仕事を切り上げるか」
「いいんですか? お祭りの日なんて余計に忙しくなりそうなのに」
「星祭りに向けていろんなところからのアーティファクトの発注数は多いけど、うちみたいな工房は当日に観光客が来るなんて見込めないよ」
大手の工房のように大通りに面していたり、名前が売れていたりするのであれば話も変わってくるが、アルスハイム工房は中央通りから少し入ったところにある。わざわざ観光客が足を運んで来ることもないだろう。
「ともかく、二人とも星祭り初めてなんじゃ、楽しんできなよ」
「やった!!」
レスリーはフィルの言葉を聞いて両手を挙げて喜んだ。
「……そのためにもちゃんと仕事してくれよ」
「がんばります!」
雑談しながらの昼食の途中でアストルムが壁に掛かった時計を見て、フィルに声を掛けた。
「そろそろ時間では?」
「ああ、もうそんな時間か」
フィルは残っていたハンバーガーを口の中に押し込むと立ち上がった。
「フィルさん、お客さんと約束ですか?」
「いや、魔技連に用事があるって言っただろ?」
朝の打合せの場でそんな話をしていたことを思い出した。
「あー、そうでした……。魔技連に用事って、まさか私が寝坊しすぎだから除名とか!?」
「そんなわけないだろ、そういう危機感があるなら寝坊しないようにしてくれ。――来月の星祭り関係だよ」
レスリーの顔から血の気が引いているとフィルは呆れた顔で否定した。
魔導技士連盟、通称魔技連はミシュルだけではなく各都市にある。主な役割は魔導技士と工房の登録管理、魔導技士への工房や仕事の斡旋などをしている。
ミシュルで活動する魔導技士にとって大事な場所である。
「魔導技士も星祭りがなにか関係あるんですか?」
レスリーの質問にフィルは頷いた。
「前回はアーティファクトの展示会を開いていたし、それより前はアーティファクトの品評会みたいなことをしたらしいし、毎回なにかしらやってるみたいだから、今回もなにかやることになるかな」
思い当たることを口にしながらフィルはカバンに荷物を入れて出発の準備を済ませた。
「じゃ、行ってきます」
「お気を付けて」
「いってらっしゃい!」
フィルを見送って、レスリーは工房に向かって、午後の準備を開始した。
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