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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第3話「流星トロイメライ」
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プロローグ 「朝を描く」

 ミシュルの街が夜から朝へと変わり始める。

 太陽が東から顔を出し始め、一日が始まる時間だ。

 朝焼けに染まりつつあるミシュルの南区を走る影があった。

 歩く速度よりも、少しばかり速い速度だ。

 トレーニングウェアに身を包んだ女性だ。

「はっ、はっ」

 一つに縛った赤い長髪に朝日を受けながら、ルーシー・アゼリアは規則正しい呼吸で軽快に走っていた。

 まだ眠っている街にルーシーの呼吸と足音が静かに響く。

 朝の肌寒さが残っているが、彼女は時折流れ落ちる汗を首に掛けたタオルで拭う。

 魔導技士の仕事のほとんどは作業机に向かって、図面や魔法理論の構築、アーティファクトを製作している時間になる。それらは想像以上に体力を消費し、長丁場になることが多い。そのためルーシーは、ルゾカエン工房に所属してからの四年間、仕事が多忙な時期以外は毎朝、体力作りのためにランニングをしている。

 最初の頃は早朝に起きることが億劫で眠気に負けてしまいそうなこともあったが、長く続けてきたおかげもあって今では早起きも苦ではなくなっていた。

 ルーシーは住宅街を抜けて、商店街に入る。お店の壁に貼ってあった紙が目に入り、足を止めた。

 壁から視線を移して周囲を確認すると、街灯にも同じ紙があった。他にも何枚も同じ物が貼られていた。

「昨日の昼にはなかったわね」

 眉間に指を当てて記憶を掘り返してみる。ルゾカエン工房の同僚のプリシラと昼を食べに商店街のレストランに来たときは、見かけなかったはずだ。

 だから昼以降に貼られたのだろう。

 貼られた紙に近づいて、書かれた文面を確認した。

「来月は星祭りか……。もう五年経ったのね。今回は……どうしようかしら」

 自問するがその答えはまだない。

 気持ち以前に、ルゾカエン工房の忙しさ次第だ。封映玉の発表以降の忙しさは落ち着いているが、暇というわけじゃない。

「ちゃんと星祭りを楽しんだのは初等部か中等部の頃かしら? 魔導技士学校の時は、楽しんだというのはちょっと違ったわね」

 前回、星祭りに参加したのはイディニア国立魔導技士学校に在学している頃だった。周りは年頃ということもあって彼氏彼女や気になる異性と星祭りへ出掛けていた。けれど、自分はそんな相手もいなかったし、星祭りに興味もなくなっていた。でも、星祭りに併せて開催されていた魔導技士連盟主催のアーティファクトの展示会には行きたかった。一人で足を運んでみたら、同級生のフィル・アルスハイムがいた。展示会では、ただの同級生だった彼とアーティファクトを見ながら議論ばかりして過ごした。きっと恋人同士が愛を囁いたり、気になっている人に想いを告げたりしている時間に、自分とフィルはアーティファクト議論だ。

 つまり、全く以て色気がなかった。

 そう思ったルーシーは頭を振って否定する。

 五年前の星祭りがきっかけでフィルとは友人になった。

 それだけで十分だった。

 色気があるようなものを学生時代に求めていたわけじゃない。けれど、甘酸っぱい思い出の一つや二つぐらいあってもよかったのではないか。

 あの頃より大人になった自分が、学生時代を振り返れば、もっとやっておくべきことがあったんじゃないかと思う。しかし、過ごしてきた時間が無駄だったわけじゃない。

「変なことを考えるな、ルーシー」

 そう言って、朝の冷たい空気を肺にいっぱいに満たして、ゆっくりと吐き出す。

 気持ちを切り替えて、視線を紙から前に向けて走り出した。


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