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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第2話「星に選ばれた子」
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チャプター5 「魔法使いの誕生」6

 森が、世界が、静寂に包まれていた。

 フィルも、アストルムも、レスリーも、誰も声を発することができなかった。

 永遠にも思える、しかし、刹那にも思える時間だった。

 光が再び集まり、解けると、エレナの姿があった。

 エレナはゆっくりと湖から上がってきた。彼女は先ほどまでと違い、どこか呆けているような、戸惑っているような表情だった。

『おめでとう。これで君は正式に魔法使いだ。感想は?』

 マリスの問いかけに、エレナは言葉を探すように視線を動かした。

「不思議な感覚です。これまで自分が感じていた世界は本当はごく一部で……えっと……」

 どうにか言葉を紡いでいるようだが、彼女自身考えがまとまらないようだった。

『最初のうちは混乱すると思うが、徐々に慣れてくる。今は星と繋がってその清廉な魔力を受け止めきれずにいるだけさ』

『さて、マリス。時間も勿体ない、先へ進めよう』

 ラピズがマリスに先を促した。

『エレナちゃん、あなたが手に入れた守護獣の核を見せて』

「これです」

 彼女の手には先ほどの狼の額にあった紫がかった青色の宝石があった。

『アイオライトね』

「アイオライト?」

『その石の言葉は、誠実さ、道を示すといったところじゃの、さしずめ、星の子からの、真っ直ぐ正しく歩いていけるようにといったメッセージじゃな』

『エレナちゃん、今後は、エレナ・アイオライトと名乗りなさい。それが試練を越えた貴女の魔法使いの名前なのだから』

「あの! それはエレナ・マイヤーズの名前を捨てろということですか!」

 エレナの声は焦りの色が強かった。

 名乗る名前を変える。

 それは言うほど簡単ではない、とフィルは思う。

 名前は自分の時間や経験、他者との繋がりが詰まったものだ。

 だからエレナは声を挙げたのだろう。

『違うわ。その名前は貴方が大切に持っていなさい。エレナ・マイヤーズとして歩んできた道を、繋がりを捨てろということではないわ。大切にしなさい』

「わかり……ました……」

『不安なことはたくさんあると思うわ。その度に私やラピズを頼りなさい。いいえ、これまで関わった人、これから関わる人を頼りなさい。貴女が歩く道は一人で歩くものではないのだから』

「ありがとうございます。まだ歩き出した……いえ、歩き出してもいない私ですが、お二人の偉大な魔法使いの期待に応えられるようにがんばります!」

『ええ、期待しているわ。――レスリー、最後は貴方よ』

 促されたレスリーは、背負っていたカバンから長細い皮袋を取りだした。

 皮の袋から姿を見せたのは、一本の杖だった。長さは30cm程度だろうか。先端の方には小さな、赤と青、緑の宝玉がはめ込まれ、花の蕾を模した形状をしている。

「エレナちゃん、光って三つの色があれば、いろんな色が作れるの。だからね、私はこの杖にエレナちゃんの長い旅が色とりどりの光と花を咲かせるようにと願ったの」

 レスリーは自身が作ったゆっくりとエレナに手渡した。エレナは両手でその杖を愛おしそうに受け取った。

「ちょっとした仕掛けがあるの。杖に魔力を流してみて」

 エレナが杖に魔力を流し、杖の先端の蕾が淡く発光した。色とりどりの光を零しながら、蕾が花開いていく。咲いた花の花弁それぞれが色を鮮やかに変える。エレナは手に持った杖に咲いた花を見て喜び、レスリーに笑顔を向けた。

「……すごい! 大切にします、レスリーさん!」



◇◇◇



 アンテサリアの森近くの宿場で一泊したフィルたちはルブシーチまで戻ってきて、大陸横断列車の駅に来ていた。ミシュルより賑わいは少ないが、それでも行き交う人達は多い。

「それじゃあ、ここでお別れだな。エレナちゃんはこれからどうするか決めている?」

「しばらくはイディニア国内を見て回ろうと思います。それから西側諸国へ行こうと考えてます。西側のことはあまり知らないのでもっと世界を広く見てこようと思います」

「いつかまたミシュルに戻ってきたときにはアルスハイム工房に顔を出して思い出話を聞かせてくれよ」

「はい。あっフィルさん、封映玉ありがとうございました」

 渡されたのはフィルがミシュルを立つ前にエレナに渡した革袋だ。

「革袋は封映玉を渡して欲しい人別に分けてあるのでお願いします」

「確かに受け取ったよ。確実に渡すよ」

 フィルはエレナから受け取った革袋を掲げて頷いてみせた。

「フィル……そろそろ時間が……」

 アストルムが駅に設置されている時計を見て促してきた。

「あっ、待ってください」

 改札に向かおうとしたところでエレナがレスリーの手を掴んだ。

「どうしたの?」

「レスリーさん……これ……」

「私に?」

 エレナがレスリーに封映玉を一つ手渡した。

「レスリーさんにはたくさんお世話になりましたから」

「ありがとう。ゆっくり見るし、大切にするね」

 レスリーは渡された封映玉を大事そうに両手で包んで何度も頷いた。


「お二人とも時間が」

 大陸横断列車の発車時間がギリギリになってきているため、アストルムが再度促す。

「わかった。ほら、レスリー、いくぞ」

「は、はい! ――じゃあね、エレナちゃん!」

 レスリーがエレナの小さな身体をギュッと抱きしめた。

「ありがとうございました。レスリーさん!」

 二人の抱擁が終わり、発車ギリギリの大陸横断列車に乗り込む。

 走り出した大陸横断列車の車窓から、駅の外にいたエレナの姿を見つけると、レスリーは窓を全開にして、身を乗り出した。

「バイバイ、エレナちゃーん!」

 大きく手を振った。

 アストルムは冷静にレスリーの身体を掴んで落ちないように支えている。彼女の心配を余所にレスリーは何度も手を振る。

「レスリー、危ないです」

「アストルム……気が済むまでやらせてやって」

 レスリーとエレナが次に再会するのはいつになるかわからない。

 半年後かもしれない、一年、二年、十年、もっと先かもしれない。

 だから、この別れを一秒でも長くレスリーの思い出として残してあげたい。

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