チャプター5 「魔法使いの誕生」4
エレナは目を閉じて集中する。
魔法は想像力だ。
自分の頭の中で、守護獣と戦うための魔法を想像する。
想像の中で、花びらが舞い落ちていく。何枚も、何枚も舞い落ちていく。それをきっかけにしてエレナは、魔法効果を想像して詠唱する。
「“私が涙を流すと花びらが舞い落ちる。どれだけ涙を流せば、この想いは貴方に伝わるのでしょうか。どれだけの花びらが足元を埋めれば、私は笑えるのでしょうか。"降りしきる涙の花びら」
エレナが一枚の花びらを狼へと飛ばす。
その花びらをきっかけに、一枚、また一枚と花びらが生み出され、狼の身体に付着する。
狼の身体の大部分を花びらが覆い始めたときに異変が起きた。
「――!!」
狼は噛みついていた七星の剣を離し、その身を地べたへと伏せた。なおも狼は低く唸り続けた。
降りしきる涙の花びらは、一枚の花びらでは効果がほぼないが対象の身体に付着する花びらの数が増えれば増えるほど、対象の自重を増加させ動きを封じる。
「――!」
狼はその場から動けず、身じろぎ、暴れている。
「上手くいった……! これで私が狼の額の核に触れたらいいんですよね」
狼が動けないことに安心して、エレナは狼に近づいていく。
「エレナちゃん、待って!」
「エレナさん!」
フィルとアストルムの声が同時に聞こえた。
エレナが二人の声に反応するよりも早く狼が動いた。
「―――!!」
狼は花びらに覆われた状態で魔法を行使した。
エレナは浮遊感と突き飛ばされたような感覚を得た。
前方へ流れていく視界の中、覆っていた花びらは宙に舞い消えていく。
その光景を一瞬だけ確かめて、すぐに自分が飛ばされている方向を確認した。
太い木の幹があった。
ぶつかる! ときつく目を閉じた。
しかし、エレナが受けた衝撃は痛みを伴う物ではなく、優しく抱き留めるものだった。
見上げれば、アストルムの顔があった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
「お怪我がないようでなによりです」
エレナはアストルムの腕の中から離れて立ち上がる。
「二人とも大丈夫か?」
その声は左手側からだった。
視線を向ければフィルがよろめきながらも立ち上がり、七星の剣を構えるところだった。
「は、はい!」
「問題ありません」
安心する暇はなかった。
風が吹いた。
エレナのプラチナブロンドの髪が揺れる。
風が向かう先は狼の元だ。
守護獣の核が輝いている。
「エレナちゃん、さっきの魔法、もう一度撃てるね?」
フィルの問いかけに頷いた。
「よかった。アストルム、エレナちゃん、聞いてくれ」
フィルがエレナとアストルムに伝えた作戦、いや、それにも至らない段取りだった。
「二人とも頼むよ」
風が止んだ。
あの光の一撃がくる。
狼はこの攻防で終わらせるつもりだと、エレナもわかった。
「七星の剣、四番から六番星連続解放!」
エレナには、狼と対峙するフィルの背中しか見えないが、七星の剣から放たれているであろう光が夜を照らすのがわかった。
狼の光の一撃が放たれた。
エレナの眼前、光の飛沫が上がっていた。
それは狼が放った光を、フィルが七星の剣で切り裂くことで生まれている飛沫だ。
魔力の奔流による余波で、エレナのプラチナブロンドの髪が揺れる。
「ああああ!!!!」
フィルの声が聞こえる。
莫大な魔力を受け止め続けるフィルの足元は地面に沈み、しかし、その度に一歩、一歩と前に進む。
切り裂かれた魔力は夜空に残滓を散りばめ、淡い光とともに弾けて消えていく。
やがて、狼が放つ光は消えた。
そのままフィルは前進して、狼と攻防を繰り広げている。
爪を弾き、水弾を避けていく。
「はぁああ!!!」
狼が振りかぶった左前足をフィルが弾き返した。
それにより狼の体勢が崩れた。
「エレナちゃん!」
フィルは振り向くことなく、名前を叫んだ。
今度は自分の番だ。
頭の中に、イメージを作る。
一度、魔法を使っているから、イメージの構築はスムーズにできた。
「“私が涙を流すと花びらが舞い落ちる。どれだけ涙を流せば、この想いは貴方に伝わるのでしょうか。どれだけの花びらが足元を埋めれば、私は笑えるのでしょうか。"降りしきる涙の花びら」
再度、魔法を発動させた。
花びらが狼を覆い、狼の自重を増加させ、自由を奪う。
フィルが狼の眼前へと移動した。
「エレナさん、準備はよろしいですか?」
「はい!」
「では、御武運を。“廻る、廻る、くるくる廻る。私は貴方を追い、貴方は私を追う。星は巡り、天球に軌跡を描く。”天球の軌跡」
アストルムの詠唱が耳元で聞こえる。
涼やかな、落ち着いた声だ。
その刹那、エレナの視界が暗転し、現れたのは狼の顔だった。
フィルからエレナとアストルムに伝えた段取りは、狼の拘束とフィルとエレナの位置の入れ替えだけだった。
だから、今、エレナの目の前には白い狼とその額にある紫がかった青色の核だ。
エレナは核に向かって手を伸す。
動けずにいる狼は、エレナの手に噛みつこうしてくる。
向けられる敵意と赤い口腔、鋭い牙に怯みそうになるが、それを振り払うようにエレナは魔法を唱えた。
「“灯火よ。それは始まりの灯り。小さな火よ、私たちの道を照らせ”蛍火」
エレナは蛍火を召喚し、破裂させた。
それは小さな、小さな破裂だった。
しかし、狼の抵抗を瞬間止めるのには十分だった。
狼は眼前で起きた破裂に、一瞬だけ全身を硬直させた。
その隙に、エレナの指先が核に触れる。
「ごめんね」
エレナは狼に謝り、指先から核へ魔力を流し込んだ。
狼を構成していた魔力は霧散し、後には核であった宝石が残った。
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