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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第2話「星に選ばれた子」
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チャプター5 「魔法使いの誕生」3

「着いた!」

 声を挙げたのはレスリーだった。彼女はエレナの手を引いて走り出す。エレナはレスリーに手を引かれて、よろめきながらも一緒になって走っていた。

 フィルはその光景に仕方ないなと表情を綻ばせたが、

「レスリーさん、待って!」

 レスリーに手を引かれていたエレナが立ち止まった。

「どうしたの?」

「なにか……気配が……します」

 それは彼女の直感だったんだろう。

 いや、星の子に呼ばれているからこそ気が付いたなにかだったのかもしれない。

「え?」

 とレスリーが足を止め振り返った時には、アストルムが走っていた。

 フィルは状況を飲み込めないままだったが、アストルムに続いて走っていた。

「魔力の収束を確認しました、『何か』が来ます」

 アストルムが異変に気が付いた。

「二人とも下がって!」

 フィルはレスリーとエレナを後ろに下がらせた。

 アストルムが見つめる先、フィルたちと湖の間の空間が歪む。渦を巻くように歪んでいく。空間の歪みに向かって空気が動き、風が生まれる木々が揺れ、湖面が波立つ。

 魔力が淡い光を纏い、集まるほどに強くなり、強烈に発光した。

 その光は夜を切り裂くほどだった。

 あまりのまぶしさにフィルは目を閉じた。数秒後、おそるおそる目を閉じると光は消え、そこには一匹の狼がいた。

 体長は四メートルほどだろうか、白い毛並みは月明かりを受けて美しく、月の色にも似た瞳はこちらを睨み付けている。口には牙が見える。

「――!!!」

 狼が森中に響き渡る声量で遠吠えを上げた。

 その声量に思わず耳を塞いだ。

 あれがマリスの言っていた守護獣だろう。

 額の中央には、守護獣の核と思われる紫がかった青色の石が埋もれて見える。

 星の魔力を目指す、魔法使いが乗り越えないといけない試練だ。

「あいつを倒さないといけないわけか」

「そうですね。――今が夜で良かったです。夜染めの箱による仮初めの夜でも力は十二分に発揮できますが、本物の夜の方が私の魔力炉の調子が良い気がします」

 アストルムの空色の髪がバチバチと音を立てる。

 これは魔導人形であるアストルムに内蔵されている魔力炉の出力が上昇して限界値で稼働していることを示している。

「アストルム」

「はい」

 彼女に声を掛け、右手を、星加護の指輪を差し出す。フィルの右手を取ったアストルムは、指に光る星加護の指輪に口づけをする。

 星加護の指輪が青白く光を帯びて、アストルムの内蔵魔法術式との接続が確立する。

「“私はその輝きを知っている。遥か彼方より私たちを照らす光。夜に瞬く光を束ね、彼の敵を討つ、剣とする。”七星の剣(セブンスソード)

 フィルの右手に星の輝きが集まる。

 それは剣となる。

 黒白の刀身には七つの輝きが宿っている。

 生成された星の剣を握り、狼に向き合う――よりも、早く、その白い狼は駆け始めていた。彼我の距離は、獣のバネ、筋肉によりあっという間に詰められていた。

 眼前で狼が跳ねた。

 振り上げられたのは、右前足だ。

 鋭利な爪が月明かりに照らされる。

 フィルは狼の爪を七星の剣で受ける。鈍い音がする。両手で剣を握りしめるが、狼の重量を支えきれず、そのまま倒れ込む。狼はフィルに覆い被さる形で動きを封じ込めてくる。

 眼前には狼の真っ赤な口腔がある。

 フィルの顔面に噛みつこうとすると向けられた口腔を、どうにか身を捻るようにして回避する。

 右へ、左へと、紙一重で躱す度に、耳元に獣のうなり声が聞こえる。

 七星の剣から手を離して、狼を退けようと身体を掴み力を込めるが、ピクリとも動かない。

「アストルム!」

「“幾千の光は力強さと儚さを宿す。古より届く光は、破邪の輝きへと変わる。”星の光(スターライト)

 アストルムの詠唱が聞こえた直後、一条の光が奔った。

 狼がアストルムの魔法に気が付いた時にはもう遅い。

 光爆が起きる。

 狼はフィルから飛び退いて、アストルムを警戒するように距離を取った。

 その隙に、フィルは七星の剣を握り、立ち上がる。

「追撃します。“星は流れる。星は流れる。誰かの願いを乗せて流れる。”流星(シューティングスター)!」

 詠唱するアストルムの背後に五つの光が生まれる。

 それらは狼に向かって奔る。

 狼は向かってくる光を、跳躍を繰り返すように回避する。

「ガァアアアアアアア!」

 咆吼と共に額の核が光り、三つの水の弾が生成された。

「魔法の行使だって!?」

「フィル、来ます」

「わかってる!」

 三つの水弾は、二つはアストルムへ、残る一つはフィルに向かって放たれた。

「おっと!」

 フィルは自分に向かってきた水弾を、右へ飛んで避ける。

 しかし、その回避は間違っていた。

 狼は全身を使って加速してこちらに向かってきていた。

 フィルが着地するよりも早く、狼は頭から突っ込んできた。

 咄嗟に両手を交差して防御姿勢を取る。

 衝撃。

 視界に映っていた景色が前方へと飛んでいく。

 鈍い音とともに背中に強い衝撃が走り、

「かはっ……!」

 背後にあった木にぶつかり、肺の空気が漏れ出る。

 ぼやける視界の奥、狼の眼前に光が収束していくのがわかる。

 まずい。と理解しても、身体はまだ動かない。

「――!」

 光が放たれた。

 太い光が草木を揺らし向かってくる。

 眼前迫る光を見つめながら左手でポーチを探る。

 適当に魔石を握り、起動させて、放り投げた。

 魔法を発動させることで威力の減衰を狙う。

 だが、光は発動した魔法をものともせずに魔石もろとも破壊していく。

「“廻る、廻る、くるくる廻る。私は貴方を追い、貴方は私を追う。星は巡り、天球に軌跡を描く。”天球の軌跡(スターライン)

 アストルムの詠唱が聞こえた。

 刹那。

 フィルに見えていた光景が切り替わる。

 迫っていた光の代わりに、視界の左手に狼、右手には対峙するアストルムの姿があった。

「アストルムと位置が入れ替わった!?」

 状況を理解しても、打開されたわけではない。

 だから、フィルは七星の剣を持ち走る。

「アストルム!」

「“その光は加護の光。あらゆる困難、災いを乗り越えるために与えられる光”破邪の光(ヴェール)

 彼女の目の前に光の防護壁が七層展開された。

 そして光が衝突する。

 音はなく、防護魔法にぶつかった光は飛沫を上げ続ける。

 アストルムは展開した防護壁に魔力を注ぎ続ける。

「……っ!」

 魔力を帯びた光を破邪の光(ヴェール)で受け止めながらも、徐々にアストルムが後ろへと下がり始まる。

 それでも彼女は踏みとどまり続けようとする。

 防護魔法を一層、一層と砕くごとに狼が放った光が弱くなっていく。

 五層分の破邪の光(ヴェール)が砕け散ったところで狼が走り出した。

 狼は何度も破邪の光(ヴェール)を引っ掻く。そのために破邪の光(ヴェール)の軋む音が聞こえる。

「うおおお!」

 七星の剣で狼を切りつけるが、それを意にも介さず、狼はアストルムを執拗に狙う。

 そうしている間にもアストルムを守っていた破邪の光(ヴェール)の最後の一枚が砕けた。

「グアアア!」

 声を上げ、狼がアストルムに襲いかかる。

 一閃。

 振り上げた右前足の爪が、アストルムの左肩から二の腕を切りつけた。

 前足を地面に着けた狼がその身を素早く一回転させた。

 長い尻尾がムチのようにしなり、フィルとアストルムを吹き飛ばす。

 尻尾を腹部に受けたことによる痛みを抑えて立ち上がる。

 狼はこちらを一瞥すると、核が輝き、また水弾を生成する。

「魔法だって言うなら! ――七星の剣、一番星解放!」

 刀身の光が一つ消えて、刀身に魔法を、魔力を切り裂く力が付与される。それによって水弾を切りながら狼に迫る。

 狼が避けようとするが、その時、光爆が狼の横っ腹に生まれる。

 視線だけ向けるとアストルムが、左肩を押えながらも、魔法を行使していた。

 その間にフィルが動く。

 一閃。

 黒白の刃が走る。

 狼の左前足が宙に舞う。身体の一部を失った狼は声を上げて仰け反って、フィルから離れた。

「よし!」

 確かな手応えを感じながら、アストルムに駆寄る。

「大丈夫か!」

「問題ありません。多少、損傷による神経伝達系が鈍くなっていますが、許容範囲内です」

「見せてみろ」

 アストルムの左肩から二の腕に、二本の裂傷が走っていた。アストルムのその傷からは赤い血は流れず、人工筋肉と神経伝達系がほんの少し見えていた。アストルムの申告にあった神経伝達系の異常は軽度の損傷によるものだろう。このぐらいであれば、フィルの手で修復可能だ。

「少しはダメージを与えられたからこれで……」

 地面に転がっていた狼の左前足が淡い輝きを残して消えた。

 そして、狼の左前足が再び生えてきた。

「なっ!」

「……フィル、落ち着いてください。あの狼は魔力の集合体です。そのため、魔力さえあれば、あのように再生するのでしょう」

「厄介だな」

 自分とアストルムが、狼と攻防を繰り返しても意味が無い。どこかでエレナに額の核に触れてもらわないといけない。

 戦闘経験がないエレナに、どうやって核に触れてもらう?

 どうにか狼を無力化させないとダメだ。

 考えろ、考えろ。

「フィルさん!」

 声の方を向けば、レスリーと一緒にいるはずのエレナがこちらに駆寄ってきた。

 自分たちの元に来たエレナに忠告する。

「危ないから下がって! アイツの動きを抑えたら、君を呼ぶから!」

「いえ、これは私の試練です!」

 少女の瞳には意志があった。

 逃げない。

 一緒に試練を乗り越える。

 立ち向かう意志があった。

「私が魔法で、あの狼を止めます」

「できるんだな?」

「はい!」

「アストルム、エレナちゃんを守りながら援護頼む」

「わかりました」

 フィルは走り出した。

「――!!」

 耳をつんざく咆吼が上がる。

 同時に狼の核が光る。

 魔法の発動だ。

 狼の足元から三本の青い線が地を這いながら、フィルに迫る。

 フィルはそれを見て進路を変えようとするが、なおも追いかけてくる。

 避けきれず、足元に青い線の一本に辿りつかれた。

 発光。

 動きはほぼ反射だった。

 先ほどまでフィルがいた場所には、水の槍が地面から生えてきた。

 残る二本の青い線がフィルを追いかけてくる。

 着地と同時にもう一度後ろに跳んだことで、追撃の一本を回避する。

 しかし、

「くっそ、後ろに先回りされた! ――七星の剣! 二番星解放!」

 黒白の刀身が光を纏う。

 身体を捻りながら、強引に三本目の水の槍を切り落とす。

 体勢を立て直して、狼に向かう。

 フィルはポーチから二個取り出して握り締める。

 狼は再度、咆吼を上げた。

 遠吠えがアンテサリアの森に響き、宙空にフィルを取り囲むようにいくつもの水弾が生成された。

 足を止めるわけにはいかない。

「アストルム、援護! ――七星の剣、三番星解放!」

 彼女の返事を待たず、もう一度七星の剣の星を解放する。

 フィルは自分の正面の水弾だけを切り落とす。

 死角の水弾の迎撃はアストルムに任せる。

 背後では光の瞬きと、水が弾ける音がする。

 振り返らない。

 狼は自分に向かってくるフィルを睨みつけくる。

 臆するな。

 自分を鼓舞して、フィルは足を前へと進める。

 狼が奔る。

 フィルは魔石を投げる。

 数は二つ。

 赤と黄色の魔石だ。

 炎と雷撃が狼を襲う。

 しかし、狼は右へ、左へと回避する。

 回避する狼の動きを読み、フィルは狼の眼前に立ち塞がり、七星の剣を振り上げる。

 しかし、狼は振り下ろした七星の剣の刀身に噛みつく。

 その咬合力(こうごうりょく)は強く、剣がびくりとも動かない。

「フィルさん、行きます!」


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