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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第2話「星に選ばれた子」
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チャプター4 「旅立ちの日」3

「あと一ページ……」

 レスリーが額の汗を拭う右手の指は絵の具に汚れていた。作業している紙の左側には紙が積み上げられている。それらがレスリーが描いてきた絵本のページだ。レスリーは線画が描かれた紙に手を伸す。筆をペンに持ち替えて主線を描いていく。ペン先が紙をなぞる音が響く。この最終ページに描かれるのは、花と姫だけだ。何も持っていなかったお姫様が、たくさんの人たちからもらった多くの花の中で笑顔になる。それがこの話の結末だ。丁寧に丁寧に線を引く。花びらの一片を、ドレスの裾を、姫の笑顔を、それらを描いていく。夜が深くなるころに主線を引き終えた。集中力があるうちにと、筆を持ち、絵の具をパレットに出して塗っていく。筆が紙の上を撫でるたびに、描いた世界が彩りを得ていく。鮮やかさがより鮮明に、感情が明確に伝わるようになる。着色が終わる頃には夜が明けていた。

 休むことなく魔力絵の具を筆に付けて、アーティファクトが文字や絵に反応するように細工を仕掛けていく。どんな風に花びらが動き、どんな声色と感情で姫が喋るのか、そのイメージを落とし込む。絵に動きを付けることよりも声の制御の方が緻密さを要求される。動きを制御する命令自体は簡単だ。例えば、左右に何秒間隔で揺れるのか、それを事前に検証してそれぞれの絵に反映させることになるが、これは複雑ではない。しかし、登場人物ごとに違う。そこでレスリーが考えたのは、アーティファクトで声を表現する時の基礎を色によって制御することだった。青色なら王子、桃色なら姫、といったように決めておき、フィルに頼んだアーティファクトに基礎となるものを仕込んでおいた。レスリーがやるのは台詞を描くときに色に気をつけること、また台詞の近くに魔力絵の具で抑揚や全体の長さなどを調整する命令を書き込む。

 レスリーの全ての作業が終わったのは夜が明けて、昼前の事だった。

「……終わった。あとはフィルさんに作ってもらったアーティファクトと組み合わせて一応確認しよう」

 自分の描いた絵本の原稿をクリップでまとめて、アーティファクトを装着して動作を確認する。

 最初のページのお姫様の登場、絵が浮かび動き出す、台詞を喋る声も大丈夫だ。

 アーティファクトを外す。自分が描き上げた絵本の製本はアストルムに頼むことになっている。本当は自分でやっていまいたいが、細かい調整や仕上げ部分は彼女の仕事だ。

 原稿をまとめておき、新しい作業に取りかかる。

 机の上には図面を書くための紙を置く。

「杖か……。杖……」

 マイヤーズ夫妻からの依頼品はほぼ出来上がった。しかし、レスリーが請け負った依頼はそれだけではない。エレナとマリスから請けたエレナのための杖作りがある。デザインや長さになにか注文があるわけではない。ただ一つだけ、レスリーがエレナを想って作って欲しいと言われている。

「エレナちゃんの杖……これにしよう」

 どういうデザインにするのか、悩んでいなかった。

 話をもらった時から、一つのイメージがあった。

 それを図面に落としていく。

 エレナの誕生日まであと三日。エレナは誕生日の翌日に、ミシュルから旅立つことになる。残り時間はそれほど多くない。

 だから、休んでいるヒマはない。

 魔法使いになる彼女へ、伝えたい想いを形にしたい。

 それがレスリーを動かす。



◇◇◇



「エレナちゃん、誕生日おめでとう!」

 飾り付けられたリビング、テーブルの上には乗りきらないほどのごちそうと、大好きなクリームシチュー、ホールケーキがある。十二本のローソクが立てられ、小さな火がゆらゆらと揺れている。

「パパ、ママ、ありがとう!」

「おねえちゃん、おめでとうー」

「ライアンもありがとう」

「ほら、ロウソク消して」

 母に促されて、ふーっと息を吹きかける。しかし、一度では消しきれず、もう一度息を吹きかける。今度はロウソクの火が全部消えた。パチパチ、と拍手の音が聞こえる。

「じゃあ、これがエレナちゃんへのプレゼント。ママとパパからよ」

「変わったプレゼントかもしれないけど、喜んでくれるとうれしいな」

 母が手にしたのは、四角く少しばかり薄いもので、花柄の包装紙とリボンが掛けられたものだった。

 今年の誕生日プレゼントはなんだろう?、期待に胸を膨らませて、包みを受け取った。

「開けていい!?」

「もちろん!」

 父がにこやかに頷いた。リボンを外し、包装紙を破くと、一冊の本が姿を出した。革製のカバーには『はなのおひめさま』と書かれていた。パラパラとめくってみて、それがなにかわかった。

「絵本だ!」

「欲しいって言ってたでしょ?」

「でも……この名前の本は知らない……」

「あれ? エレナでもわからないのかな」

「うーん」

 首を捻って自分の記憶を探る。イディニア国立図書館の入荷スケジュールや絵本を取り扱う書店の棚を思い出すが、『はなのおひめさま』という名前は出てこない。

「わかんない!」

「その絵本は、ママがお話を考えて、作ってもらったの。だからたった一冊の本。エレナちゃんのための一冊よ」

「ありがとう、嬉しい!」

「ただの絵本じゃないのよね。エレナちゃん、魔力を流してから本を開いてみて?」

 母の言葉に疑問を持ちながら、エレナは手に持った絵本に魔力を流した。

 そして絵本を開いた。

「え?」

 エレナは目の前で起きた事に驚いた。

 絵本に描かれた絵が、浮かび上がった。

 それだけではなかった。

『昔、昔、と王国に小さなお姫様がいました』

 声が聞こえた。

「すごい……」

 『はなのおひめさま』は、お姫様が父である国王の病気を治すために、奇跡の花を手に入れる冒険の話だ。いくつもの困難を乗り越えて手に入れた奇跡の花は、無事に国王の病気を治して、国中にたくさんの花を咲かせる物語だ。

 ページをめくる度に、キャラクターと背景がページから飛び出して簡単な動きを見せ、各キャラクターをイメージした声が台詞を喋る。これらによって、エレナは作品の世界に引き込まれ、物語を体験しているような錯覚を覚えた。

 気が付けば、『はなのおひめさま』を読み終えていた。

「どうだった?」

 母の声にエレナに意識を引き戻された。

「うん。面白かった、ありがとう。ママ、パパ」

 エレナは本を閉じて、絵本を抱きしめた。

「僕のプレゼントは? ねえ、僕の分はー?」

 ライアンは自分の分のプレゼントはないのかと、両親の顔を見つめてねだり始めた。それを父が「ライアンは今日誕生日じゃないでしょ」と宥めている。

 その光景をエレナは愛おしく見つめていた。

 誕生日を祝ってもらえるのはこれで最後ではないかもしれない。けれど、こうやって当たり前に思っていた光景を見るのは最後かもしれない。歳を重ね老いていく両親、幼い弟はいつか自分よりも老けていく。周囲の時間は進む中、自分は取り残されていく。

 わかっている。

 理解している。

 けれど、愛おしさを実感すればするほど、同じぐらい切なさが積もっていく。

「あのね、パパ、ママ、私ね……」

 だから、今、家族に言わなきゃ……。

 明日からこの街を離れることを。

 星に選ばれたことを。

 マリスの家で星に選ばれたことを知ってからずっと言えないでいる。

 何度も口に出そうとして、けれど、続く言葉が浮かばなくて、愛されている実感があるから、その重さが口を閉ざさせる。

「エレナ、泣いてるのかい?」

 父に言われて、目元を触ると、指先に涙が触れた。自覚したら、次々と涙が溢れてきた。

「お姉ちゃん、どうしたの? 悲しいことあった?」

 ライアンは心配そうにこちらを見つめていた。

「ううん。違うの、嬉しくて」

 エレナの誕生日パーティーは料理やケーキを楽しんで幕を閉じた。

 太陽が昇る前にエレナは目を醒まして、ライアンが静かな寝息を立てていることを確認して、クローゼットから大きめのトランクを取りだして、トランクを開けた。

 そのトランクの中にはお気に入りの絵本や衣服や明日からの旅に必要なものが詰められている。このトランクを始め、エレナが魔法使いとして各地を旅するのに必要なものなどはマリスが用意してくれた。なにからなにまでお世話になっていて感謝しかない。エレナは両親からもらった『はなのおひめさま』をトランクに詰めて、蓋を閉じた。

「……そろそろ時間になっちゃう」

 エレナは手早く着替えて、大きなトランクを持ち上げた。

 部屋のドアに手を掛けて、

「ライアン、元気でね」

 物音を立てないようにゆっくり、ゆっくりと階段を降りていく。

 廊下を歩き、リビングに繋がるドアの前で、足を止めた。

 ドアを開けようと思ったがやめた。

 思い出がたくさん詰まった場所を見てしまったら、自分の覚悟が鈍ってしまう気がした。だから、ぐっと気持ちを抑えた。

 玄関で靴を履き、振り返って家の中を見渡す。

 奥に二階へと続く階段、廊下に棚の上に飾られた花、下駄箱の上にある家族写真、そのどれも忘れないようと目に焼きつける。

「いってきます」

 玄関のドアを開けて、外へと踏み出した。

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