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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第2話「星に選ばれた子」
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チャプター4 「旅立ちの日」2

 ミシュルの三大工房の一つ、ルゾカエン工房は第一から第三の工房に分れている。それぞれの工房は中央区、南区、西区にある。夕方のミシュルを歩くフィルが目指すのは、ルーシーがいる南区の第二工房だった。

「三つも工房を運営しているんだから、規模が違い過ぎる」

 規模や所属人数の面ではミシュル最大の工房である。人数が増えれば、当然一日に生産できるアーティファクトの量は多くなり、それに伴いイディニア国内に流通するアーティファクトはルゾカエン工房のものが多い。

 しばらく歩くと、ルゾカエン第二工房に着いた。この第二工房の規模だけでアルスハイム工房の倍以上ある。大きな扉を開けて中に入ると、清潔感のあるエントランスが広がっていた。夕方の時間だというのに二十人近くの客がいた。彼らから聞こえてくるのは「封映玉」の名前だった。壁に貼られている紙にはこれまでのルゾカエン工房の実績や依頼受け付けについての説明、ミーシャ・ルゾカエンの顔写真付きの工房の紹介まであった。受付にはにこやかな笑顔を浮かべている女性が立っていた。フィルが近づくと、笑顔のまま、定型句を口にした。

「こんばんわ。本日はどのようなご用件でしょうか? ご依頼でしたら、あちらの用紙を記載の上、提出いただければ、お呼びします」

「あー、依頼じゃなくて、ここにいる魔導技士と話がしたいんですが……」

「えっとお約束はされているでしょうか? こちらで確認します」

 フィルの言葉を聞いて、予定表を取り出そうとする受付の女性を慌てて、止めた。

「いやいや、約束もしてない。依頼も関係なく話にきたのだけど」

 フィルの意図をくみ取れず、受付の女性は困惑しているようだった。

「じゃあ、わかった。ルーシー・アゼリアに会いたい。個人的な頼みがあるんだ」

「申し訳ございません、そういったものは受け付けられないことになっています」

「業務時間に私用はさせられないか。――じゃあさ、せめて伝言ぐらいは頼まれてくれない?」

「いえ……」

「頼むよ、こっちもあんまりゆっくりしてられないんだよ。ちょっとルーシーに大事な話があるんだ」

 それを聞いて受付の女性は周囲の様子を伺いながら、そっとフィルに顔を近づけ声をひそめた。

「なに、あんた、ルーシーのなんなのよ?」

 先ほどまでのような丁寧な口調から一転してラフなものになった。

 フィルも彼女に合わせて声のトーンを落とした。

「ただの友人だよ。ちょっと個人的に話があるんだよ。五分でいいから時間取れないか?」

 受付の女性は壁の時計を指差して首を振る。

「この時間は無理よ。あと一時間ぐらいで終業だからそのあとね」

 一時間ぐらいなら待てないこともないが、本来の用もないのに盛況な工房に留まるのは気が引けた。

「やっぱり伝言はダメか?」

「……いいわよ」

「助かるよ。『竜の大鍋で待つ』とだけ伝えてくれればいいから」

「わかったわ」

 フィルは伝言を託して、工房を後にした。

 南区から中央区に戻って、そのまま竜の大鍋に向かった。

 竜の大鍋に着いて、ハチミツ酒とつまみを注文して、時間を潰す。運ばれてきたハチミツ酒を煽って、ここ一、二ヶ月のことを考えていた。

 星に選ばれた子。

 星の声。

 星の魔力。

 そして魔法使い。

 エレナ・マイヤーズに起きたことは、フィル自身理解が及ばないところがある。だからこそ、レスリーの動揺も理解はできる。

 自分ではない誰かの大きすぎる運命の変化を知ったことは彼女の足を止めるには十分だった。だから、彼女が自分の仕事を投げ出したい、やりきることができないと言ったことはわかる。けれど、あそこでレスリーが自分の仕事を投げ出してしまったら、きっとレスリーが後悔する。だから、厳しい態度を取ったけど、それが正しかったのかわからない。結果として、レスリーがもう一度歩き出してくれた。

「あれでよかったのかな……」

 言葉と共に大きな溜息が口から漏れた。

「ったく、着いた早々大きな溜息とかやめてよね」

 視線を上がれば、ルーシーの姿があった。

 いつも勝ち気な目の下には大きな隈が出来ていて、赤い髪からは艶やかさが失われていた。それらから彼女が苦労していることが想像出来た。

「わるいわるい。変にアルコールが回ったみたいだ。――急に呼び出して悪かった」

「ホントよ。今日、受付やってたプリシラが『あんたに大事な話がある』って、男の人が来たって、からかわれたんだから、もうちょっと言い方考えてよね」

 ルーシーは文句を言いながら、対面に座った。

「悪かったって。なんか食べるだろ?」

 近場にいた店員を捕まえて、ルーシーと自分の分の食事を注文する。

「このサラダと――」

「あと……ミートパイ二切れとブドウ酒ひとつ」

 一通り注文し終えると、ルーシーがテーブルに突っ伏した。

 彼女の頭を見ながら苦笑して、フィルは声を掛けた。

「本当に疲れてるな。忙しいのか」

 ルーシーはゆっくりと顔を上げた。

「そりゃあね……。封映玉の発表後、反響が多くてね。第一工房だけじゃ、捌き切れないから、うちの第二工房と第三工房の魔導技士も毎日フル稼働中よ」

「封映玉はあれは話題性もあるしな。光と音を記録して再生する。言葉にすれば簡単だけど、中の構造は複雑そうだ」

「そうなんだと思うんだけど、ほとんどの工房の人間が図面も使われている魔法理論もわかってない。核となる部分は総工房長のミーシャさんと一部の人しか知らないのよ」

「それでも売れてるのはいいだろ」

「売れることはありがたいけど、自分の依頼もあるし、勉強もたくさんしないとだし。ここのところはしんどいわ」

 そう言ってルーシーは、軽く肩を回した。

「疲れてるのに悪いな」

「なに言ってるのよ、あんたがわざわざ工房に足を運んでまで呼んだんでしょ。それにたまには気分転換もしないとね」

 丁度、このタイミングで飲み物と料理が運ばれてきた。

「とりあえず、乾杯」

「乾杯」

 フィルは自分のハチミツ酒が入ったジョッキを、ルーシーのジョッキに合わせた。ルーシーはミートパイを一切れ手に取って口に運び、すぐに二つ目に手を伸した。よほどお腹が空いていたのだろう。

「そっちはどうなの? 順調?」

「うちは相変わらず……と言いたいけど、最近、大変かな。それでもレスリーもアストルムもがんばってくれてるよ」

「レスリーもがんばってるのね。若い子が実力付けてくれるのは見ていていいわよね」

「俺らもまだまだ若手だよ。でも、レスリーを見てると、がむしゃらだった頃や知らないことを知れたときの喜びを思い出すよ」

「出来ることが増えると立ち止まる余裕が出来なくなったりするのよね。私も依頼と工房の仕事ばかりで、勉強に手が回らないわ」

 魔導技士になってアーティファクトを作れるようになるのは目標ではない。いつかエピック・アーティファクトやハイ・アーティファクトを作る、それが魔導技士の目標だ。魔法理論や新素材の発見、世の中で求められる技術などのアーティファクトと魔導技士を取り巻く環境は日進月歩だ。それに置いて行かれないように研究と勉強を続けていかなければいけない。しかし、現実はそうはさせてくれない。ルーシーが言うように依頼をこなし、工房の運営していく必要がある。それを疎かにすれば生活することが困難になっていく。結果、自己研鑽に必要な時間が減っていく。それが言い訳でしかないことは、フィル自身わかっている。

「それでこんな世間話するために呼んだわけじゃないでしょ?」

「まあ……な。本題は……封映玉なんだ」

「封映玉がどうしたのよ」

 ブドウ酒が入ったジョッキを飲みながら、ルーシーが半目でこちらをみてきた。

「封映玉を4つどうにかできないか?」

「は? 今からうちに依頼すれば半年ぐらいで手に入るけど、それじゃあ、ダメなの?」

「半年か……それは困る」

「いつまでにいるのよ」

「二週間後」

 フィルが答えると、ルーシーが盛大に咽せた。ブドウ酒を吹き出さなかったのは不幸中の幸いだった。

「バカじゃないの?」

 呆れるルーシーに、エレナのことを魔法使いに関連することを伏せて、事情を説明した。

「要するに……アンタのところに来た依頼を達成するのに封映玉が要件満たすってことね。だったら、素直にうちに回すか、断ればいいじゃない」

「ルーシーの言ってることは正しい。達成できない依頼は断るべきだと俺も思うし、ルゾカエン工房を紹介した方がいい。それでも俺はこの依頼を彼女のためにどうにかしたいんだ」

 フィルはルーシーに頭を下げた。

「頭なんか下げないでよ。四つか……どうにかしてあげるわ」

「本当か!」

 ルーシーの言葉に頭を上げた。

「ただし、工房の予約枠に割り込ませることはできない。それはルゾカエン工房の信用に関わるから。だから、私たち魔導技士がもらっている分を周りの人から譲ってもらえるか交渉してみるわ」

「そんな分があるのか」

「一般販売前に工房内で希望者に販売してるのよ。一つ10万J(ジュエル)するけど、結構な人が購入したわよ。とりあえず、フィルが買いたいって言っておけばいいわね? 私の分は出すから残り三つか……うちの工房長とかに相談してみようかしら……」

「助かるよ」

「今回の件は貸しよ」

「ああ、わかってるよ。ルーシーが困った時、俺に出来ることを何でもするよ」

「……その時が来たら頼りにさせてもらうわ」

 ルーシーは疲れた声でそう答えて、ブドウ酒を一口あおった。

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