チャプター3 「どこかの誰かの為に」3
エレナは黒猫の住処の前に来ていた。
魔法使いのことで迷ったり、力になって欲しいことがあれば、気軽に尋ねて欲しいとマリスに言われ、その言葉を頼りにここにきた。
「こんにちわ……」
ドアを開けて、店内に入る。以前来たときと同じく薄暗く、アーティファクトに使うであろう素材が陳列されている。
奥のカウンターを見るが、マリスの姿はない。
「すみませーん」
「はいはい……。おっと……エレナちゃんか。奥で話をしよう」
マリスにカウンターの奥へと通される。
ドアを抜けて、廊下の先にある応接室に通された。整理された室内には高級そうなソファと広いテーブルがあった。壁際の棚には書類が閉じられているであろうバインダーや魔法についての本が収められている。
「適当に座ってて、休憩がてら淹れた紅茶もあるし、クッキーもあるから持ってくるよ。あっ、コーヒー派かな? そっちもすぐに準備するけど?」
「えっと、……ブラックコーヒーでお願いします」
「ブラックコーヒー? それはまた大人な選択だね。ちょっと待ってて」
応接室を出て行くマリスの背中を見送って、一人になったエレナはソファに腰掛けた。ソファが思っていた以上に深く沈んだことに驚いた。
手持ち無沙汰になったエレナは部屋の中を物珍しげに眺める。
「写真だ」
魔法関係の本が収められている棚の一角に何枚かの写真が立て掛けられていた。
悪いと思いながらも、エレナは棚に近づいて写真を見た。
写真に写っているのは、マリスと男女だった。写真を追っていくとマリスともう一人の女性は変わらないが、男性だけは徐々に歳を重ねていく。
「お待たせ」
「すいません!」
「なにが……ああ、その写真。魔法使いラピズと昔仲が良かった魔導技士よ」
テーブルにティーカップと、クッキーが載った皿を置きながらマリスが説明した。マリスに促されて、エレナはソファに座った。
「これまであんまり写真は撮ってこなかったけど、そのときは撮ったかな。記録として残るのはあまり好きではないんだけどね。思い出として残しておきたかったのよ」
「どうして写真が好きじゃないんですか?」
「記録媒体としては好きよ。どうしても自分の記憶だけじゃ、思い出せないものがある。だからこうやって形として残るのは好きよ。でも、だから、何も変化しない自分がたまに嫌になるからね」
エレナはティーカップに入っているブラックコーヒーを見つめて、躊躇いながら口を付けた。
想像以上の苦みが口の広がった。
思わず顔をしかめた。
やっぱり、ブラックコーヒーは早かった。
「苦かった? 砂糖とミルク用意しようか?」
「あ……いえ、大丈夫です」
「背伸びをしたくなるときもあるね。――それで今日はどういう用かな?」
「星に選ばれたといっても、どうしたらいいか、わからなくて」
「そうね……最近変わったことあった?」
「えっと魔法を使ったことと星の子の夢を見ました」
「もう魔法を使ったのね。星の声の聞こえ具合から使えても不思議じゃないわ。あと、今、大事なのは、星の子の夢かな」
「そうなんですか?」
「星の子は夢や声で選んだ子を呼ぶのよ。魔法使いになるには、星の子が待っている場所に行って、星の魔力に触れる必要があるわ。そして世界との繋がりを確立させるのよ」
「でも、星の魔力の場所なんて……」
「その手がかりが星の子の夢よ」
マリスは棚から地図を取り出して広げてみせた。
世界地図ではなくネガルタ大陸の地図だ。
「星の子が待っている霊脈、聖域は、星に選ばれた子から近いところのことが多いの。だから、まずはネガルタ大陸で候補地を探しましょう」
ペンを手にしたマリスはいくつかの地名に丸をつけていく。
「あとは……ああ、アルカド火山かな。丸を付けたのが、ネガルタ大陸の霊脈、聖域。西部も丸付けてるけど、ほぼ無視して良いわ。夢の場所の特徴覚えている?」
エレナは頷く。
忘れるわけがない。
あんなに明確に見た夢を。
あんなに胸が締め付けられる夢を。
「大きな湖、あと大きな樹が湖のほとりにありました」
「なるほど。じゃあ、このあたりは除外でいいわね。大きな、樹と湖ね……」
「あとは山に囲まれて、森もありました」
「うーん。ここの三箇所かしら。アンテサリアの森、イヴァリス湖、キーヤ山脈かしら」
「でも、これだと絞りきれないですね……」
「写真あったかなー」
マリスが棚のバインダーや本を捲り、そこにないとわかると応接室出て、どこかへ消えてしまった。
ぽかんとしているとマリスが戻ってきた。
「あった。あった。これがアンテサリアの森、イヴァリス湖、キーヤ山脈の写真ね、どれが近い?」
三枚の写真がテーブルの上に並べられた。
一つは森の中にある湖、もう一枚も湖だがこちらは大きいな湖が印象的だ、最後の三枚目は山々に囲まれた場所にある湖だ。
どれも湖であることは変わらない。
その中で、
「これですかね」
エレナが指差した写真には『アンテサリアの森』と書かれていた。
それを元に地図を見れば、ミシュルから西側に行ったところにある。地図上でもそれなりに距離が離れている。
「まだ近い方ね。じゃあ、準備しないとね」
「え?」
「星の子って、自分で来いって言ってるくせに、星の魔力を守る守護獣と対峙させるのよ。一種の試練かな。普通は二十歳前後で、星に選ばれるから心配は少ないんだけど、エレナちゃんはまだまだ子供。だから、誰かに頼むしかないわ」
「マリスさんは来て下さらないんですか?」
「私はいろいろと事情があって、このミシュルから出れないんでね。ごめんね」
マリスはテーブルに広げた地図を丸めながら謝った。
彼女が一緒に来てくれるなら心強かったのだけど、エレナにわからない事情があるなら仕方ない。
「じゃあ、どなたに……?」
「事情を知ってて、頼みやすい人たちよ。――他は大丈夫かしら?」
地図や写真を片付けたマリスは、ソファに座り直した。
「マリスさん、魔法を教えてくれませんか? 守護獣と戦うのに必要だと思うんです」
エレナが使える魔法は、癒しの光の一つだ。それだけで何かが出来るとは思えなかった。
「いいわ。ただし、一つだけね」
「え?」
「魔法使いが魔法を覚える方法は大きく二つあるの。一つはエレナちゃんが今、私に頼んでるように誰かに教えてもらうの。もう一つは自分で生み出すのよ。私は後者が大事だと思っているの。でも、魔法使いにこれからなるエレナちゃんには特別に一つだけ魔法を教えてあげるわ」
マリスが右手の人差し指を立てた。
「“灯火よ。それは始まりの灯り。小さな火よ、私たちの道を照らせ”蛍火」
それは以前、見せてもらった魔法だった。
指先に小さな火を召喚する魔法だ。
「この魔法を使ってみて?」
「えっと……。“灯火よ。それは始まりの灯り。小さな火よ、私たちの道を照らせ”蛍火」
エレナはマリスと同じように右手の人差し指を立てて詠唱をしてみるが、何も起きなかった。
「あれ? 詠唱間違ってました?」
「いいえ、合ってるわ。魔法は詠唱すればいいものではないのよ」
マリスは近くの棚から紙とペンを取りだした。
「魔法はね、この世界に干渉して、自分が望む事象を発現させることなの。そのために必要なのは想像力よ。自分が何をしたいのか、それを明確に頭の中に描くの、これが魔法の一番の基礎よ。さて、もう一度、やってみて。今度は指先に火を灯すイメージを強く描いてね」
「は、はい」
エレナは自分の指先をジッと見つめる。
火だ。
小さな火。
ゆらゆらと揺らめく火が指先に生まれることを想像する。
最初は小さな種火でいい。
「“灯火よ。それは始まりの灯り。小さな火よ、私たちの道を照らせ”蛍火」
もう一度同じ詠唱をおこなった。
ゆらゆらと揺れる小さな火が指先に灯った。
視線だけをマリスに向ければ、彼女は頷いた。
「じゃあ、それを自在に動かせる?」
「や……やってみます」
指先の火をジッと見つめて、周囲を動き回る様子を頭の中に描く。
エレナのイメージに従って、火が動き出した。
「やっ――」
喜びの声を上げる前に、火が消えた。
「あー……」
「上出来ね。この魔法の発動をすんなりできるように、そして動かしたり、大きさを変えたりできるようになりなさい。それができるようになれば、少しは自在に魔法が作れるようになるから」
「わかりました! 想像力ですね!」
「そういうこと。慣れてきたら、詠唱とイメージが結びついて、発動や制御は簡単になるわ」
「じゃあ、忘れないうちにもう一回!」
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