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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第2話「星に選ばれた子」
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チャプター2 「その声が聞こえた者」4

「声?」

 マリスは眉をひそめて聞き返した。

「えっと……誰もいないはずのところで、誰か知らない人の声聞いたことありますか? 私の友達は聞いたことないっていってて……魔法使いさんならいろんなこと知ってるから、声のことも知ってるかなと思ってたんですけど……」

 エレナの話を聞きながら、レスリーも自分に思いたることがあったか記憶を掘り起こしてみるが、そんな経験はなかった。

「それはどんな声?」

 エレナに質問するマリスの声の温度が下がった。レスリーはマリスの声音に、言いようのない緊張感を抱いた。

「うーん。子供かなー。男の子かもしれないし、女の子かもしれない。どっちかはわからない。聞こえるときによって違うかも」

 彼女の言葉から風の音や別の音の聞き間違いと違うのはわかった。

 声として認識できる何かだ。

「その声はなんて言ってるかわかる?」

 マリスのエレナへの質問は、まるで何かを確認しているようだった。

「ハッキリとはわからないけど、私のことを呼んでるみたい。あと助けって言ってる気もする」

「そう」

「魔法使いのお姉さん、なにか知ってるの?」

「私もその声を聞いたことがあるよ。ずっと昔にだけどね」

「そうなんですか! やっぱり聞こえる人もいるんですね」

 エレナの言葉にマリスは頷いた。

「その声はよく聞くの?」

「はい。小さな頃から聞こえていたんですけど、ここ一ヶ月ぐらいではっきりと聞こえるようになってきて……周りに変な目で見られるかもと思って、無視してるんですけど……。あー、そういえば、前は声っていうよりも、音がするぐらいだったかな?」

「今年になってから明瞭になってきたのね。エレナちゃんは、今、何歳だっけ?」

「えっと、十一歳、来月十二歳になります」

 エレナが答えると、マリスは困ったように腕を組んだ。

「……早いわね」

 マリスはそう言って、溜息を漏らした。



◇◇◇



 エレナは魔法使いであるマリスの反応に困惑していた。

 自分に聞こえていた声。

 それをマリスも聞いたことあると言った。

 それが何を意味しているのか、エレナは察し始めていた。

「えっと……マリスさん?」

 マリスはエレナの目線の高さまで屈み、彼女の目を真っ直ぐと見つめる。

「その声はね、星の声と言ってね、この星に選ばれた子にしか聞こえないの」

 マリスの言葉が、エレナが察していたことを正しかったと言っていた。

 あの声は、魔法使いになる者、マリスの言葉を借りれば、星に選ばれた子にしか聞こえない。

 自分は魔法使いになるんだ。

 突然のことに受け止めきれずにいる。

 だから、確かめるように、間違いであって欲しいと思いながら、けれど、憧れていた優しい魔法使いと同じようになりたいと思いながら、口を開いた。

「それって……私が、魔法使いになるってことですか?」

 期待と戸惑いが入り交じり、自分の声が震えて、掠れている気がした。

「正確に言うと、星に選ばれたのよ」

 マリスの声が、いやにはっきりと聞こえた。

 その言葉が、胸を締め付けた。

 その言葉が、胸を躍らせた。

 だから、次に浮かんだのは疑問だった。

「どうして……私なんですか……?」

「私たち魔法使いも、星がどういう基準で選んでいるか分からないわ」

 マリスは、エレナの肩に手を置いて、立ち上がった。

「待って下さい!」

 店の中に、レスリーの大きな声が響いた。

「どうかしたのかしら?」

「マリスさん、星に選ばれたってどういうことですか?

「エレナちゃんにさっき話したでしょ。この星が、エレナちゃんを魔法使いに選んだのよ。魔法使いは、努力や才能でなれるものではないのよ。この星が二十歳前後の子を選ぶの。でも、エレナちゃんは今度十二歳、早すぎるわね」

「それが私にもわかりません」

 エレナはマリスの答えに疑問を挟んだ。

「わかんない。わからない……。そもそも星に選ばれるってなんですか? なんで選ばれたら魔法使いになるんですか?」

 口から出たのは小さな疑問だった。

 魔法使い。

 言葉も存在も知っている。

 だけど、今日、ここに来るまで、魔法使いも魔法も、現実感のないものだった。物語の中にいる存在、それがエレナにとっての魔法使いと魔法の認識だった。

 そして、魔法使いは憧れだった。

 『やさしいまほうつかい』に登場する、魔法使いに憧れていた。

 憧れていた存在に自分がなると言われても喜びよりも戸惑いが大きくなる。

 エレナの戸惑いを察したように、マリスは諭すように疑問に答えた。

「私たちは、星の声を聞き、星の魔力に触れ、星の意志の代弁者である星の子と対話して、魔法使いになるの。なぜ、こういう仕組みになっているか、私にもわからないわ」

「星に意志があるんですか……?」

「それを否定するのに私たち(魔法使い)を否定しないといけないのよ。だって、星に選ばれて魔法使いになっているのだからね。さっきも言ったけど、星がどういう基準で、誰を選んでいるのかは、わからないわ。ただね、この星がどうして魔法使いを求めてるかはわかる」

 それはエレナにもわかる。

 自分がこれまで何度も聞いてきた声が、星の声だとしたら、あの声がなんと言っていたか。

「……助けて欲しいんですね」

「そう、この星はずっと助けて欲しいの。もしかしたら、自分を助けてくれるかも知れない子を魔法使いに選んでるのかもね」

 マリスはそう言って苦笑して、話を続けた。

「星に選ばれたら、星の声が聞こえるようになったり、星の子の夢を見たりするようになる。徐々にはっきりと聞こえるようになるの。エレナちゃんの場合は、ずいぶんはっきりと聞こえてるから、そう遠くないうちに星の子に呼ばれる」

「呼ばれる……ですか?」

「魔法使いに選ばれて声がはっきり聞こえ始めたら、星と薄く細く繋がることになるの。人によってはこの時点で、少しは魔法を使えるようになるけど、星の子が待つ聖域や霊脈で、星の魔力に触ることで、ちゃんと星と繋がれるのよ」

「あの……私が魔法使いにならないことを選ぶことができるんですか? だって、突然、あなたは魔法使いになりますって言われたって……」

 そうだ。

 まだ魔法使いになるって決まったわけじゃない。

 ならないで済む選択だってあるかもしれない。

 魔法使いになれるなら、なりたいと思ったこともある。でも、それは物語のお姫様に憧れるのと同じだ。なれないからこその憧れだ。胸の中には不安の一方でどこか心が躍るような感覚がまだ残っている。

 エレナは憧れや期待、願望のような感情に従って、魔法使いになることを喜んではいけないとわかっていた。

 もし、魔法使いにならないで済むなら残念だけど、それでいいのではないか?

「無理なのよ。私が知る限り、魔法使いに選ばれて、拒否できたことを知らない。なによりも、星の子に呼ばれて、それを無視できないの」

 その答えにエレナは、突き放されたような気持ちになった。

 どうしたらいいの?

 魔法使いになるなんて、想像もしてなかった。

 両親に相談したらいいの?

 こんなことをどうやって話したらいいのかわからない。そもそも信じてくれるのかもわからない。

 戸惑い口を閉ざすエレナの代わりに言葉を発したのはレスリーだった。

「どうしてですか?」

「……レスリーは空腹に耐えられる? 空腹でイメージ出来ないなら睡眠でもいいわ。身体が生きるために求める欲求を我慢し続けることができる?」

「それは……」

「残念だけど、星の魔力に触れる、これは星に選ばれた子に生まれる欲求のようなものよ。いずれ自分から星の魔力がある聖域や霊脈に足を運ぶのよ」

 二人の言葉を聞いて、新しい疑問をマリスに聞いた

「あの、あの……魔法使いって……その……なるとどうなるんですか?」

「世界、この星と繋がる。そして人の理から外れて、長い、長い、時間を生きていくことになるのよ」

 マリスは淡々と告げた。

「長い時間って……どのぐらい?」

「魔法使いの寿命は、およそ300年から500年ほど、とても長い時間よ。これからのことを考えないといけない」

「これからのことですか?」

 マリスはエレナの前に一つ指を立てた。

「一つはこの街に居続けて、家族や友人たちが先に逝くことを見送ること」

 もう一つ指を立てる。

「一つは各地を転々として旅をすること。私と同じく旅の果てで、どこかに留まることを選んでもいいかもしれない」

 言い終えた彼女の表情はどこか寂しさがあるように思えた。

「違う時間を生きるということは、多くの人たちが先に逝くことを見送ることよ。どんな選択をしてもいいわ。でも、これだけは覚えていて」

 一息。

「エレナちゃんは若くして選ばれたから、二十歳ぐらいまでは身体が成長していくわ。でも、魔法使いは二十歳前後から外見が変化しなくなる。そんな存在を多くの人間は、いえ、特に近しい人間は戸惑うものよ」

 そう語るマリスの瞳は、寂しげなものだった。

「ごめんなさいね。突然すぎたわね。でも、あなたが魔法使いになることは避けられない。だから、落ち着いて考えて。いつでも私は相談に乗るから」

 エレナはその言葉に頷くしかなかった。

 魔法使いになるか、ならないか。その選択肢はなく、ただ進行する状況を受け入れ、その上でどうするかを決めるしかない。

 けれど、それはまだ幼い自分にとって、大きなものだった。


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