チャプター2 「その声が聞こえた者」3
「ここですか!」
「マリスさんは中にいるから入ろうか。あと……あんまり迷惑掛けないようにお願いね」
マリスの承諾を得てから数日後、レスリーはエレナの学校が休みの日に合わせて、彼女を黒猫の住処へと連れてきた。
魔導技士が普段使う素材屋は、エレナにとっては新鮮に映っているらしく、店内に入る前から興奮しているようで、黒猫の住処の看板や壁のツタを見るだけで、彼女は目を輝かせていた。
「はい!」
エレナの元気な返事に笑いながらドアを開けた。
「マリスさん、こんにちわー」
「こ、こんにちわ。エレナ・マイヤーズです、今日はよ、よろしくお願いします!」
レスリーに続いて、挨拶したエレナは緊張からか言葉に詰まっていた。
「はい。いらっしゃい。私はマリス・ペリドット、よろしくね」
緊張で固まっているエレナにマリスは優しく微笑みながら声を掛けた。
「そんなに固くならないで。ちょっと準備するから適当に店の中を見てて」
「準備……?」
「せっかく私に会いたいって子がいるのに、なにもしないのもね?」
そういって、マリスはカウンターの奥に引っ込んだ。
レスリーは、マリスが戻ってくるまで、店内を説明することにした。
「エレナちゃん、なにか気になるものある?」
気になる物が多すぎるのか、彼女は店内のあちこちに向けて何から聞こうかと悩んでいるようだった。
「えっと……えっと……あれはなにに使うんですか!?」
彼女には店内に陳列されている商品は物珍しく映っていることだろう。
レスリーはエレナが素材や魔石を指差すごとにそれらの用途を簡単に説明していく。今でこそスラスラと答えられるが、学生時代では覚えるのとても苦労したことを思い出した。
「あれは、黄金蚕の糸だね。アーティファクトで、魔力の通り道の役割をするんだよ。一番よく使われる素材になるよ。あとこっちの棚にある素材を使って、魔法が封じ込められてる魔石の効果を調整したり、追加したりするんだよ」
「難しそう……」
「あはは……そうだね、難しいよ。覚えないといけないことたくさんあるよ」
「レスリーさんでもそうなんですね」
「私はまだまだ駆け出しだからね、たくさん勉強してたくさんアーティファクト作って、それで失敗して。そういうことを繰り返してるところ。ずっと勉強だよ」
「大変ですね……」
「どんな職業に就いても、大変なのは変わらないよ」
「えらく真面目な話してるじゃない」
準備を終えたのかマリスが姿を見せた。
「マリスさん、準備ってなにを……?」
奥から出てきたマリスは、先ほどと変わった様子はないし、何か特別に用意してきたようにも見えない。
「せっかくだから魔法を一つ作ってきたのよ」
「作ってきた!? そんな料理感覚みたいに魔法作れるんですか!?」
「ゼロから魔法作ったわけじゃないし、元になる魔法があったから少し弄っただけよ」
マリスがサラッと言ったことにレスリーは驚きを隠せなかった。
彼女は、自分たち魔導技士がアーティファクトで望む効果を生み出す、奇蹟、魔法を再現するのに、数ヶ月、長ければ数年かかるようなことを、たった数分で実現したというのだ。これが魔法使いと魔導技士の圧倒的な違いだと改めてレスリーは実感した。
「魔法!? 見たい! 見たい! 見せてくれるんですか、魔法使いのおば――」
エレナが喜びはしゃぐ言葉をマリスが遮った。
「お姉さん」
「おば――」
「お姉さん」
マリスは笑顔を崩さないまま、エレナの言葉に自分の言葉を何度も重ねる。さすがにエレナも察したのか言葉を選んだ。
「えっと……マリスお姉さん、お願いします!」
「よろしい。――魔法使いに会ってみて、どうかしら? あなたたちと同じ人間でしょ?」
「もっと神秘的なというか……近寄りがたい雰囲気だと思っていました」
「そういう魔法使いもいるけどね。ほとんどの魔法使いは魔法を使わなければ、ただの人間と区別つかないのよ」
マリスはしゃべりながら手招きして、カウンターにレスリーたちを呼んだ。
「ここに座って。じゃあ、特別にちょっとした魔法を見せてあげるわね」
レスリーはエレナと一緒に、カウンターに用意された椅子に座った。
「まずはこんな魔法から」
マリスは右の人差し指を立てて、エレナに注目するように言う。
「見てなさい。――“灯火よ。それは始まりの灯り。小さな火よ、私たちの道を照らせ”蛍火」
マリスが詠唱すると、指先に小さな火が生まれた。
「わっ! すごい指先からが出た!」
「まだまだよ」
彼女の指先に生まれた火は宙に浮かび、ゆらゆらと漂う。マリスが指を右へ左へ、上へ下へと動かすと、それに合わせて蛍火も動く。レスリーとエレナの間を器用に行き来して、エレナの周りを踊るように蛍火が動き、エレナの顔の近くで静止する。ほんの少し時間を置いて、蛍火が弾けて消える。
「きゃっ!」
目の前で小さく弾けた蛍火にエレナが悲鳴を上げた。
「ごめん、ごめん。大丈夫?」
「は、はい。びっくりしただけです」
「じゃあ、次は――」
マリスは、水玉を生み出したり、手のひらサイズのつむじ風を召喚したりと、次々と魔法を繰り出していく。
その度に、エレナは目を輝かせて、魔法を見ていた。
レスリーは最初エレナの方を見ていたが、気が付けばマリスによる魔法の演出に心を惹かれていた。
「さてと、だいたいこんなところなんだけど、最後に作りたての魔法を一つお見せするわね。レスリーちゃん、悪いけどお店のカーテン全部閉めるの手伝ってもらえる?」
「わかりました」
カーテンを閉め、灯りを消すと、店内が薄暗くなる。
「じゃあ、本日最後の魔法を披露するわね。――“暗闇を照らす無数の光、遠き光、その輝きを道標に私たちは歩みを進める”小さな星々」
マリスが詠唱を終えると、薄暗かった黒猫の住処の店内がより暗くなった。ただ暗くなったのではない、店の天井に目を向ければ、遙か遠くに瞬く光が無数に散らばっていた。
レスリーはこの光景を知っている。いやレスリーだけではない、エレナも当然知っている。
星空だ。
マリスが発動させた魔法、それに近いアーティファクトをレスリーは知っていた。
「これって……フィルさんの……」
「そう。彼が持っている『夜染めの箱』の元になった魔法、それをちょっとだけ弄ったのよ。本当は本物の夜空を召喚してもいいんだけど、それだとただ星空を見てるだけになるからつまらないじゃない? だから――」
マリスが指を動かした。
「あ、流れ星!」
星空を見つめていたエレナが指差してはしゃいだ。
「こうやって自由に天体ショーが出来るように魔法を作ったわけ」
そこからは普段なら見られない光景だった。
星が一つ、二つと流れ、流星群になったと思ったら、一際大きな彗星も登場する。
その度にエレナが、すごい! すごい! と反応する。それに気を良くしたのか、マリスは笑顔を見せた。
最後に一つ星が流れ、マリスの魔法披露が終わった。マリスとレスリーは、店内のカーテンを開けた。
薄暗い店内に差し込む光に、レスリーは目を細めた。
「これで満足かな」
「うん! ありがとうございます、魔法使いのお姉さん!」
「それはよかった」
「マリスさん、お忙しいのに、ありがとうございます」
「今回は特別よ。たまには子供にサービスしておかないとね」
「じゃあ、エレナちゃん、帰ろうっか」
レスリーは立ち上がって、エレナに声を掛けた。
彼女が立ち上がるのを確認して、一緒に店を出ていこうと歩き出したところで、彼女は足を止めて、振り返ってマリスの方を見た。
「あっ、魔法使いのお姉さんに聞きたいことが一つあったの」
そう言ったエレナは本当に自分の質問を、マリスに聞くかまだ悩んでいるようだった。手をもじもじさせ、意を決したようにマリスの目を見た。
「あの……声って……聞いたことありますか?」
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