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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第1話「アルスハイム工房へようこそ」
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チャプター1 「魔導技士とアーティファクト」2

 レスリーが空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。

 時折、吹き抜けていく風は心地良い。

 空から大通りに視線を向ければ、多くの人の姿が目に入る。

 ミシュルの朝は早く、この時間から活気づいている。

 その理由は都市の中央にある大陸横断列車の駅だ。ネガルタ大陸の東西を結び、周辺諸国を繋げる列車は、交易だけでなく人の行き来も活性化させている。特にネガルタ大陸東部最大国となるイディニアは、一日の乗降者数はかなりのものになる。そのため駅を中心として伸びる大通りの両脇には多くの屋台がひしめいている。

 怪しい土産物、果物や野菜、朝食を出している屋台と種類は様々だ。朝の時間でも気をつけて歩かないと、通行人と肩がぶつかるほどだ。気をつけながら、レスリーとアストルムは大通り抜けた先にある、普段からお世話になっている素材屋――黒猫の住処に向かっている途中だ。

 大通りを歩いていると顔染みの果物屋の店主が道の反対側から声を掛けてきた。

「嬢ちゃんたち、今日は早いね」

「必要なものを買い出しにね」

「マリス様のところへ行く途中です」

「お、そうか。そりゃあ、こんな朝早くご苦労なこって。もしよければ、うちでもなんか買っていってよ」

 店主の提案に数巡する。彼の目の前にはたくさんの種類の果物が山盛りされていて、ついつい手を出したくなる。

「うーん、今日は仕事優先で。また今度ね」

 今は仕事中だ。

 ここで誘惑に負けてしまうと、あとでフィルにバレたときに何を言われるかわからない。

「仕方ねぇね。――あっ、ほら持ってけ。いつもかわいいレスリーと美人のアストルムさんにサービスだ」

 二つの果物が人混みを飛び越え、放物線を描いて、二人の頭上目がけて放り投げられた。

 レスリーとアストルムは危なげなくキャッチする。レスリーは右手に収まった林檎をみて、わっと笑顔を作って、

「おじさん、ありがとう!」

 と、大きく手を振る。

 隣のアストルムは控えめに会釈した。

「おう!」

 店主の元気な声を聞きながら、レスリーはもらった果実にかじりつく。

 口の中にほどよい酸味と甘みが広がった。それに笑顔になりながら、大通りの活気を楽しんでいた。

「それにしてもやっぱりミシュルは賑やかだね」

「そうですか? 私はミシュル以外をあまり知らないので、他の都市がどうなってるか知らないのですが」

「私が生まれ育ったところはミシュルから大陸横断列車で三日掛かる小さな地方都市だけど、ここまで賑やかじゃないかな。別に不便ってわけでもないかな。ただ何かをやろうとするとちょっと厳しい」

「……なんでですか?」

 レスリーはその質問に目を細めて、自分が育った都市を思い出した。

「ちょっと言い方が違ったかな。きっとあそこでもそれなりに何かをできたと思う。けれど、もっと上を目指したいと考えたら、足りないかな」

 ミシュルは大国イディニアの首都であること、そして大陸横断列車が通っていることから近隣諸国の中でも活気に溢れている。しかし、それは首都とその周辺都市までであって、首都から離れるほど、経済的恩恵は薄れていく。それでも地方都市でもミシュルに負けない経済力を持つところはある。

 けれど、自分のような若い人間は、やはりミシュルに夢を描いている者が多い。

「つまり、レスリーは挑戦がしたかったんですね」

「あー、そうかな。うん、そうだね。人の役に立てる魔導技士になるのが、私の小さい頃のからの夢。専門の学校にも行ったし、ミシュルに行きたいと打ち明けたら両親は最初、驚いてたけど、賛成してくれた」

 それは、今、思い返しても有り難いことだ。

 自分を送り出してくれた両親には、ミシュルに来てから毎週手紙を出している。今日何があった、こんな発見があった。とかたわいもないことばかりだけど、それでも両親は自分の手紙に喜んでくれている。

「アストルムさんは、フィルさんとどんな関係なの? 雇ってもらうときは従業員って説明されてたけど、ちゃんとは説明してもらってないよね?」

 そう問うと、アストルムは長いまつげを伏せて、思い出しているようだった。

 たったそれだけの所作だが、同性であるレスリーからも息を飲むほどに美しさを感じてしまう。

「そうですね……私とフィルは従姉妹です。三年ほど前にミシュルに出てきた時に、アルスハイム工房に住まわせていただいています。それより以前はあまり交流はありませんでした」

「あ、従姉妹なんだ。フィルさんは前からあんな感じなの?」

「フィルは昔からあまり変わらないですね。でも、レスリーが来てから変わったように見えます」

「私が?」

「ええ。私が一緒に住むようになってからの三年よりも、ここ一ヶ月の方が楽しそうです」

「たぶん、それは……私がヘマやったり煩いからじゃないかな。アストルムさんはいつも落ち着いていて、仕事も正確だし、心配も少ないからじゃないかな」

「それは……私がつまらないということでしょうか? たまにはレスリーさんのように寝坊したり、盛大にアーティファクトの素材をばらまいた方がいいですか?」

「……あれ? 私、遠回しに傷つけられてる?」

 アストルムの悪気のない言葉に、若干傷つきながら乾いた笑いが零れた。

「そうじゃなくて。フィルさんはアストルムさんに安心感を抱いてるんじゃないかな。なんでもちゃんとしてくれるから自分はアーティファクト作りに集中できるみたいな。もしも、アストルムさんが私みたいなことをしたら、それはフィルさんが一番驚くというか心配するから絶対やめて!」

「安心感……それは楽しいのでしょうか」

 向けられた薄紫色の双眸からは、感情を読み取ることが難しい。ただ、彼女が抱いているであろう感情は想像できる

 彼女は不安なのかもしれない。

 自分がアルスハイム工房に雇ってもらってから、日々騒がしく過ごしている。それ以前は、彼女がいうように穏やかな毎日だったのかもしれない。そこに自分が加わったことで訪れた変化によって、アストルムがこれまで過ごしていたものと一変してしまった。前後を比較して、アストルムは自分とフィルが過ごしていた日々が、彼にとってつまらなかったのではないかと思っているのかもしれない。

「騒がしいだけが楽しいじゃないよ。安心感から生まれる楽しさは、また別の方向なだけだよ」

「そうですか。なら、良かった」

 レスリーの言葉に、アストルムは頷いて、前を向いた。

 それから雑談をしながら歩いていると、遠目に大陸横断列車が見えた。

 細長い十両編成の車両だった。

 先頭車両が力強く後続車両を引っ張って行く。

 その光景を見ながら、レスリーはミシェルに来たときのことを思い出した。両親がミシェルに行く娘のために一等車を取り、移動の間は個室で過ごすことができた。そのおかげもあって三日の大陸横断列車の旅は快適だった。ただ、あとで大陸横断列車の一等車の値段を知ったときは、両親への感謝しかなかった。

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