チャプター2 「その声が聞こえた者」1
ミシュルにある大陸横断列車の駅から、南北に伸びる大通りには多くの露店や屋台が出ているため、多くの人はそれらばかりに気を取られがちだが、駅から少し離れると露店や屋台の数を減らして、代わりに多くの店舗が目に入ってくる。雑貨屋、衣料品店、酒場に、食事処など多岐に渡る。その中に若者向けに人気のカフェがある。
窓際の席にはレスリーとエレナの姿があった。二人は向かい合って座って、レスリーはブラックコーヒーを、エレナはミルク入りの甘めのコーヒーを飲んでいた。
「エレナちゃんがオススメしてくれた、『やさしいまほうつかい』、面白かったよ」
「本当ですか!? どうですか? 良かったですか?」
「最後の青年のところに魔法使いが戻ってくるところがよかった」
「そうなんですよ! 魔法使いは各地で人を助けて回って、最後にずっと待っていた彼と再会して、彼の最期まで一緒にいるなんて胸に来ますよね」
先日、マイヤーズの家を訪ねた時に、国立図書館で出会った女の子がマイヤーズたちの娘のエレナだとわかった。マイヤーズ夫妻からの依頼、レスリーが作っている絵本、そしてマイヤーズ夫妻の娘エレナ、それぞれが繋がって、レスリーは自分の絵本がエレナにプレゼントされるものだと理解した。
だから、レスリーはエレナのことを知ることで、絵柄や話の見せ方に活かせないかと考えていた。
当然、レスリーが絵本を作っていることは秘密にしている。
そして、教えてもらった絵本についての話をしたかった。
「エレナちゃんは、どうして絵本が好きなの?」
「うーん。普通に小説も読むのが好きだけど、絵本はぬくもりや優しさを感じられるからかもしれないです」
「私も久しぶりに絵本読んだけど、子供の頃と受け取り方が違って、新しい発見になるよね」
「そういってもらえると嬉しいです! 友達に絵本が好きだっていうと子供っぽいってよく言われるので……」
エレナは少し寂しそうな表情をした。
子供っぽい。そう言われて学校で、からかわれているのかもしれない。
だから、レスリーは首を振った。
「自分が好きなことには胸を張った方がいいよ。好きなんだから。その気持ちを誰かの言葉で否定しちゃダメだよ」
レスリーの言葉を受けて、エレナの表情がパッと明るくなった。
「レスリーさん! ありがとうございます!」
エレナの反応が、妙に恥ずかしくてレスリーは思わず照れてしまい、誤魔化すように右手を振った。
「大げさだよー。私はそう思うから。私だってアーティファクトが好きで、今は魔導技士の仕事に就いてる。でも、初等部を卒業するまではクラスメイトからは理解されにくかったよ。オシャレとか恋愛とかそういうのが好きな年頃なのに、なんでアーティファクトなの? って言われたことがあるよ。でもさ、魔導技士になるのが夢だったから何も思わなかったの」
今となっては懐かしい思い出の一つだ。
きっとクラスメイトに悪意はない。
彼女らはわからなかったんだと思う。
なんで自分たちが興味を向けている物事とは全然違うものに興味を持って、それに熱量を注いでいるのかわからなかったんじゃないかとレスリーは思う。だからと言って、彼女らに理解して欲しいとは思わなかった。恋愛やオシャレに気を向けられる彼女らがうらやましいとも思わなかった。
「それでどうしたんですか?」
「別にどうもしないよ。私は中等部に行かずに、地元にあった魔導技士専門学校に行ったの。ミシュルにあるイディニア国立魔導技士学校みたいに高等部相当じゃないから本当に基礎的なこととちょっとした応用ぐらいしか教わらなかったけど」
自分の決断を後悔していない。
夢に向かって歩くことを後押ししてくれた両親に感謝している。
「じゃあ、レスリーさんは夢を叶えたんですね」
エレナの言葉に、レスリーはキョトンとして、
「あはは。魔導技士になるって夢を叶えたけど、まだまだ夢の途中だよ」
「でも、すごいですよ」
エレナはレスリーに羨望の眼差しを向けてくる。それがくすぐったくあった。そんなエレナは目線を逸らして、どこか申し訳なさそうにしながら口を開いた。
「レスリーさんは、魔法使いに会ったことありますか? 『やさしいまほうつかい』を読んで、魔法使いに憧れているんです。ミシュルにはお二人いるのは知っているんですが……会ったことなくて」
「普通に生活してると……会うことないよね。魔導技士だとマリスさんにお世話になること多いけど……ラピズさんには会ったことない魔導技士の方が多いかもね」
ミシュルには魔法使いが二人いる。
一人はマリス・ペリドット、もう一人はラピズ・アレキサンドライトだ。レスリーはこの二人に面識がある。マリスは素材屋を経営している関係上、ミシュルで魔導技士の仕事に就いている多くの者は彼女のお世話になっている。しかし、もう一人の魔法使いであるラピズは、素材屋を経営しているマリスとは異なり、ラピズはほとんどの時間を自分の魔法研究をおこなっている上に、人と会うことを嫌っているため会うことは難しい。
レスリーにとって、二人の魔法使いは関わりが深い。特にラピズは魔法理論の勉強のために彼女の屋敷によく足を運んでいるので、マリスよりも親交が深い魔法使いだ。
「会ったことあるんですか!?」
身を乗り出して興奮気味のエレナに気圧されて、思わず身を反らした。
「まあ……仕事だからね……」
「いいなー。私も会ってみたいです!」
「うーん」
期待と夢に満ちあふれた笑顔に、レスリーは顔を背けてはちらちらとエレナを何度も確認した。
魔法使いに会いたい。
彼女の気持ちは理解できる。
でも、ラピズに会わせるのはそもそも難しい。自分は、魔法理論についてラピズを師事――ラピズ本人は認めていないが――しているから会うことはできるが、エレナを連れていくと激昂されるのが容易に想像できる。
そうなると、マリスに会わせるのが無難だ。
しかし、マリスは仕事相手に当たる。
そんな簡単に会わせることができない。
万が一、マリスの機嫌を損ねて、アルスハイム工房とマリスが経営する黒猫の住処の関係性が悪化したら……と考えると、すぐには返事ができない。
「えっと……私だけじゃ、決められないから、うちの工房長に相談してみるね」
「はい!」
「……あ、あんまり期待しないでね」
エレナの笑顔が見るのが苦しかった。
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