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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第2話「星に選ばれた子」
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チャプター1 「君に贈る本」4

 アルスハイム工房に戻ったのは太陽が沈み始めた頃だった。屋台で買ったお菓子をフィルに差し入れて、レスリーは自分の部屋に戻った。

 カバンから数冊の絵本を取り出して、適当な紙とペンを用意する。

「さてと……」

 レスリーは借りてきた絵本を見ながら、それらに寄せた絵を描いていく。カミラとは既に何度か打ち合わせをして、今回依頼されている絵本の内容についてすり合わせが始まっている。カミラから事前に話の全体像を教えてもらい、彼女が思い描くページを紙に簡単に描いてもらって、それを元にレスリーが描き上げていくことになっている。しかし、どういう絵柄で描くかが決まっていなかった。

 だから、レスリーはいくつかのパターンで絵を描いて、それをカミラに見てもらって方向性を定めたいと考えていた。

 日が沈み、部屋が暗くなれば、机の上のテーブルライトを点けて、絵を描き続けた。途中、アストルムがご飯に呼びに来たが、切りが悪く後回しにした。さらに数時間が経った頃、やっと一段落した。

「うーーん!!! あと2枚ぐらいは描きたいけど、明日かな」

 両腕をぐっと天井に向けて伸す。

 気分転換に国立図書館で出会った女の子が薦めていた『やさしいまほうつかい』に手を伸した。

 レスリーはゆっくりとページをめくって、物語を読み進めていく。

 魔法使いである少女は、小さな街の外れで暮らしていた。

 東に困っている人がいれば東へ、西に困っている人がいれば西へ。

 そうやって魔法使いは過ごしていく中で、一人の青年と出会う。

 青年と魔法使いは一緒の時間を共有して、お互いに惹かれあっていた。

 やがて、彼は魔法使いに結婚を申し出る。

 しかし、魔法使いは、まだまだ世界には助けを求める人がいる。と断る。

 本当は自分が魔法使いだから青年と寿命が違うことがわかっていて、彼を悲しませるとわかっていたから結婚を断った。

 それをきっかけに魔法使いは、小さな街を飛び出して世界を旅する。

 何十年が経ち、魔法使いは街に戻ってくる。

 そこで青年と再会する。しかし、青年は老人となり、魔法使いは何も変わっていなかった。

 青年はずっと魔法使いの待ち続けていた。

 魔法使いは彼の隣で最後まで一緒にいるのであった。

 『やさしいまほうつかい』を読み終えた。

 レスリーは鼻をすすり、涙を流していた。

 絵本は子供向けだと思っていたけど、『やさしいまほうつかい』は大人向けの話だった。こういう話の絵本もあるんだというのは発見だった。

「あー、お腹空いたー。って、もうこんな時間じゃん!」

 時計を確認すると、想像以上に遅い時間になっていた。

 完全に晩ごはんを食べるタイミングを逃した。せめて何か摘まむものでもと、部屋を出た。

 就寝中であろうフィルとアストルムを起こさないように静かにゆっくりとリビングに向かう。階段を降りていくと、薄らと灯りが見えた。リビングを覗き込むと、アストルムが読書をしていた。

「アストルムさん……?」

 声を掛けると、本から視線を上げて、こちらに向けた。

「レスリー。まだ起きていたんですね」

「作業に熱中してたらこんな時間になってて……」

「あまり無理をせずに。――晩ごはんになにか出しましょうか? 簡単なもので良ければ用意します」

「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて」

 レスリーは答えながらダイニングチェアに座った。

「少々お待ちください」

 アストルムがレスリーと入れ替わるように立ち上がって、冷蔵庫から食材を取り出して、調理を開始した。

 トン、トン、トン、と包丁の音がリズミカルに響く。

「アストルムさん、もしかして私が降りてくるの待ってました?」

「いえ、読書していただけです。気にしないでください。ただ、晩ごはんを食べていないレスリーが、もしかしたらなにか食べに降りてくる可能性もわずかながら考慮していました。ただ、寝落ちる可能性が高いと思っていたので、降りてこられたのは意外でした」

 アストルムの言葉に申し訳なさが広がった。

「私のことは気にしなくてもよかったのに。しかもこんな遅い時間まで起きてるなんて」

「私は魔導人形ですから、睡眠自体不要です。お気にせずに」

 彼女は答えながら調理を続ける。

「フィルは、『レスリーにそこまでしなくてもいいぞ、あいつも子供じゃないから自分で飯ぐらい食べる』と言ってましたが」

 実にフィルらしい言葉で、レスリーは思わず笑ってしまった。

「確かに……冷蔵庫見て、適当に食べるつもりでしたけど」

 アストルムは調理を終えて、皿とマグカップをテーブルへと運んでくる。

 ことり、と置かれた皿には、サンドイッチが二切れ載っていた。マグカップには温められたミルクが満たされていた。

「でも、私はレスリーがご飯を食べるときに誰かいた方が良いと考えました」

 対面に座った空色の髪の彼女は柔らかい笑顔を見せた。

「アストルムさん、ありがとうございます」

 彼女の優しさが胸に染みた。アストルムに感謝しながら、サンドイッチを頬張った。

「私は私がやりたことをやっただけです。それに読書も進みましたからお気になさらず」

 アストルムは本を指差した。

 まだ真新しく、分厚い本だ。上部から少しだけ栞が飛び出していた。栞の位置から全体の1/3は読み終えたのだろう。

「いつも何を読んでるんですか?」

 アストルムは空き時間、常に読書をしている印象が強い。レスリーが見かける度に違う本を読んでいるので、読み終えた本の冊数もかなりの数だろう。

「これと決まっているわけではないです。本屋でおすすめされている本を何冊か買ってきています。今は推理小説です」

「面白いですか?」

「次の展開や犯人を推定しながら読んでいるのですが、外れていくので興味深いですね。他に読んだ本だと、料理本もいいですね。とても実用的です。あと恋愛小説というのも読みましたが、わかりませんでした」

「そうなの?」

「はい。小説というのは登場人物に共感することも楽しさの一つと考えます。推理小説を読んでいても希にあるのですが、恋愛小説の登場人物の心情が理解できないのです。私はまだまだ人の感情を理解できません」

「いつかは、理解できるようになると思います! だから、その日が来たらまた読んでみたらいいんじゃないですか!?」

「レスリー……ありがとうございます。――仕事はどうですか?」

「アーティファクトを作るのとは違いますね。アーティファクトなら図面をみて、素材や魔石を組んで作りたいものができます。作りながら、もっとこうした方がいいっていうアイディアも出てきます。でも、絵本は違います。少しだけ絵を描けますが、絵本作家さんたちには到底敵いません。表現できないことがもどかしいですね」

 レスリーは自分の実力不足はわかっている。けど、請けた依頼を投げだそうだなんて思っていない。マイヤーズ夫妻が、自分の絵を見て、その上でアルスハイム工房に依頼してくれた。その想いに応えたいと思っている。

「私は少しでもいいものを作りたいと思ってます。それがアーティファクトじゃなくて、絵本だとしても」

「楽しそうですね」

「そうですか?」

「ええ、とても楽しそうです。私は手伝うことはできませんが、がんばってください。きっと、レスリーの想いはマイヤーズさんたちに伝わると思います」

 アストルムの言葉が嬉しくて、レスリーは笑った。

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