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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第2話「星に選ばれた子」
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チャプター1 「君に贈る本」3

「絵を動かしたり喋らせるのはこのカバーのアーティファクトに音魔法と光魔法の魔石を組み込んでやります。カバーになるので、魔石は薄く加工してあるものが必要です」

「魔石加工はできるから大丈夫だ。魔力絵の具で音魔法と光魔法の動作制御情報を仕込んで保持しておいて、それを読み出すということだな」

「はい。絵本自体に、魔力絵の具で動作制御情報を書き込んでおきます。動作制御情報は魔力を込めて書いておくことで魔力絵の具がそれを保持します。カバーのアーティファクトに魔力が流し込まれたら、それを絵本全体に循環させて動作制御情報の活性化と保持に使います。説明は一通りしましたけど、なにか質問ありますか?」

 レスリーは書き上げた動いて喋る絵本の図面と魔力絵の具の製法を、フィルに渡して一通りの説明を終えた。

 これまでも自分が作成した図面をフィルに渡して、アーティファクト製作してもらったことはあったが、それでもアーティファクト製作の分担わけという形だったので、今回のようにアーティファクトを全て任せるのは初めてだった。

 フィルはしばらく黙考して、口を開いた。

「レスリーが絵を描くことも考えて、先に魔力絵の具を作っておくよ。少し大きめの薬瓶分ぐらいは最初に作って、そっちの消費に合わせて追加しよう。こっちの絵本自体に使うアーティファクトは本のカバーの材質は、強度を考えて、こっちの判断で変えても大丈夫か?」

「そのあたりはフィルさんの判断に任せます」

「わかった。他は大丈夫だ」

「じゃあ、私はイディニア国立図書館で絵本の資料を見てきます」

 レスリーは後の作業をフィルに任せて、アルスハイム工房を出た。

 昼下がりのミシュルの街は、いつも通り活気に溢れている。レスリーはアルスハイム工房がある中央区から大通りを抜けて、西区側にあるイディニア国立図書館を目指す。

 大通りに露店を出している顔なじみの店主たちに声を掛けられる度、笑顔で挨拶を返す。ミシュルに来てまだ半年も経っていないが、知っている顔が増えてきたので、この街に馴染んできている実感が湧いてくる。

 イディニア国立図書館に着いたレスリーは、その年季の入った四階建ての建物を見上げた。この国立図書館はイディニアの議事堂に、次いで古い歴史がある建造物だ。

 レスリーは国立図書館の入り口を抜けて、中へと足を踏み入れる。

 目に飛び込んでくるのは、四階までの吹き抜けと各階に設置されている大量の書架だ。

 イディニア国立図書館は、イディニア国内でも有数の蔵書数を誇る。今回のレスリーの目的である絵本を始めとした児童文学書、各種学術書、イディニア国内でこれまで発行された新聞など多くの書籍と資料がある。レスリーはこれまでアーティファクトの図面や魔法理論書を読みに国立図書館に足を運ぶことがあっても、絵本を見に来るのは初めてで、該当する書架の場所を把握していなかった。

 普段、利用しないジャンルの本は場所がわからない。困ったレスリーは素直に受付の司書に声を掛けた。

「すみません」

「はい、どうしました?」

 メガネを掛けた司書がにこやかな笑顔で応じた。

「絵本を探してるんですけど、どこにありますか?」

 司書は国立図書館の案内図を取り出して、

「絵本ですか……児童文学にあります。なので三階のここですね」

 三階の一角を指差した。

「ご案内しましょうか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 レスリーは司書が示した書架の番号を控え、お礼を言って、教えてもらった三階を目指して、螺旋階段を昇る。図書館の中は静けさに包まれていて、時折聞こえるのはページをめくる音と学生が勉強のためにノートにペンを走らせる音だ。

 階段を昇りきって、該当の書架を探す。

「えっと……あ、ここだ」

 目的の場所周辺の書架に『児童文学-1』、『児童文学-2』とプレートが貼られて、それを確認して絵本探しを始めた。

 書架と書架の間に入れば、改めて大量の本に囲まれていることを自覚する。

 まるで本の森だなと思う。

 収納されている本の背表紙を眺めていき、気になるタイトルの本を引き出しては表紙を確認していく。

 絵本は子供の頃に読んだり、読み聞かせてもらったが、学校に通うようになった頃か、幼少部の頃から読んでいない。

 だから、いざ自分が絵本を描くとなると、どういう雰囲気がいいのか、どういう色使いがいいのかなどを調べるために、資料として絵本を借りてくる必要があった。

 いくつかの絵本を見ていくと、

「あっ、『ねこのざっかやさん』だ、なつかしい……」

 レスリーは小さな声で呟いた。

 子供の頃によく読んでいた絵本だ。

 パラパラと絵本をめくると、昔の懐かしい気持ちが蘇ってくる。

 資料の一冊はこれにしようと決める。

 他にどんな絵本がいいのかと、右へ左へと書架の前を行き来する。

「絵本……好きなんですか?」

「ひゃっ!?」

 急に声を掛けられて、思わず悲鳴を上げてしまった。

 静けさを破る形になってしまったレスリーは慌てて、片手で口を押えた。

「……ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです」

 声の方――右手側を見ると、女の子がいた。

 プラチナブロンドで、大きな目の女の子だ。

 年の頃は初等部高学年か、中等部だろうか。

 彼女はレスリーの反応に申し訳なさそうにしていた。

 レスリーは口を押えていた手を離して、首を振る。

「えっと……」

「お姉さんが絵本を眺めてたから、好きなのかな? って。図書館来ても、いつもは小さい子か、お母さんみたいな人が多いから、珍しくて、声掛けちゃいました」

「絵本好きなの?」

「はい。今日は借りたかった絵本が返却されたって司書さんに教えてもらったので来ました」

 そういう彼女の目はきらきらと輝いてみえた。

 彼女の笑顔からも絵本が好きなことが伝わってきた。

「お姉さんは?」

「私は仕事の資料探しにちょっとね」

「じゃあ、私のオススメの絵本を教えてもいいですか?」

「いいの? 助かるよ」

 適当な絵本を借りて帰るつもりだったが、絵本を好きな子がオススメしてくれる本があるなら、それを借りるのは悪くない。

「たとえば、この『おおかみのなみだ』はいい話ですよ。狼は、最初、周りの動物たちに怖がられていたんですけど、あるとき優しいウサギが声を掛けてきてくれて、それから周りの動物たちと仲良くなっていくんですよ。最後がどうなるかは読んで欲しいです」

 そうやって女の子は、この本はここがいい、こっちの本はこのページが泣けます。と何作か教えてくれた。

 女の子が紹介してくれた本をレスリーは手に取っていく。

「一番のオススメはなに?」

「待ってください。えっと……あった、これです」

 女の子はたくさんの本が収められている書架を眺めて、目的の絵本を抜き出した。

 彼女が見せてくれた表紙には、杖を持った一人の魔法使いが描かれていた。

「『やさしいまほうつかい』。私の家にも一冊あるんですけど、この絵本が一番オススメです」

 はい。と手渡されてた本を受け取る。

 白い表紙には一人の女の子が描かれている。

 ページをめくり始めると、女の子が得意気に口を開いた。

「すっごくいい話なんですよ。一人の魔法使いの女の子が、いろんな人を……あっ、これ以上は読んでください」

 『やさしいまほうつかい』について流暢に話し始めたところで、慌てて口を噤んだ。

 コロコロと表情を変える彼女を見て、レスリーは笑顔を浮かべた。

「うん、わかったよ。ありがとうね」

 レスリーは、女の子に教えてもらった本を借りる手続きをして、国立図書館を出た。

 大通りに向かって歩き出したところで、レスリーの背中に向かって大きな声が聞こえた。

「おねーちゃーん! またどこかでー!」

 国立図書館で会った女の子だ。

「今日はありがとー!! 助かったよー!」

 レスリーは振り返って大きく手を振った。

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