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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第2話「星に選ばれた子」
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チャプター1 「君に贈る本」2

「絵本ですか……?」

 フィルは眉をひそめながら思わず、依頼主に聞き返した。

 依頼主であるケネス・マイヤーズは四十代前半ぐらいだろうか、細身で黒い髪を短く整え、誠実な雰囲気を纏った男性だ。

 ケネスの隣には妻でカミラ・マイヤーズが座っている。彼女もケネスと同年代ぐらいだろう。プラチナブロンドの長い髪を束ねて右の肩口から流していて、優しい印象を受ける。

 ケネスはフィルの疑問に頷いた。

「はい。絵本です」

 もう一度、同じ依頼内容を彼が答えた。

「……あのここがどこか理解されていますよね?」

「魔導技士の方の事務所ですね……?」

「ケネス、それじゃあ、言葉が足りないわよ。魔導技士さんも困ってるじゃない!」

 ケネスの言葉に困惑しているフィルの様子を察したのか、妻のカミラが慌てて割り込んできた。

「私たちには娘がいて、二ヶ月後に誕生日を迎えます。絵本がとても大好きな子なので、誕生日プレゼントになにか特別な絵本をあげられないかと考えています」

 ケネスは妻のフォローに、バツが悪そうにしながらも、妻の言葉の続きを口にした。

「先日、ライラ・プレストンさんの依頼を見事にこなしたとお聞きしました。そんなこちらの工房でしたら、なにか特別な絵本を作っていただけないかと思い、本日お伺いさせていただきました」

 ケネスの言葉を聞いて、フィルはこの夫妻がアルスハイム工房を訪れた理由に納得し、そして表情に出さないように喜んだ。そして過去にこなした依頼がアルスハイム工房の評判向上、そしてこうした依頼人がくるきっかけになっていることで、仕事の手応えに繋がっていることが感じられた。

「特別な、と言いますと……?」

 フィルはケネスの言葉に頷きながら、依頼内容についてもう少しだけ踏み込むことにした。

 ケネスは頬を掻きながら困り顔をした。

「そこがご相談したいことなんです……。なんでもライラさんのご依頼では、故人の声を再生されたとか。そこで私たちが思いついたのは絵本のキャラクターが喋る絵本です」

「なるほど。確かにそういった絵本であれば、他では見かけないですね」

「ですが、もう少しなにか……仕掛けがある絵本が出来ないかと思いまして」

「お話はわかりました。依頼について整理したいのですが、絵本に何か仕掛けを施すのは理解しました。問題は絵本なのですが……その製作も我々にご依頼されるという認識でよいですか?」

 ケネスは申し訳なさそうに言葉を続けた。

「はい。妻のカミラが絵本の話は考えたのですが、絵を描くことができず……」

「アーティファクトとして実現できる部分ではお力になれると思います。ですが、私も同席しているレスリー・プリムローズも魔導技士です。絵本作家ではありません。絵本作りの部分は、絵本作家の方を探した方がいいと思います」

「そうですか……確かにそれであれば――」

 ケネスがそう言いかけたところで、レスリーが小さく手を挙げた。

「あ、私、絵を描けますよ?」

「え?」

 レスリーの申し出にフィルは思わず変な声が出てしまった。

 彼女はアストルムにペンと紙を取ってもらい、さらさらと絵を描いてみせた。

「こういうのなら描けますよ」

 レスリーが見せた紙には、可愛らしいお姫様や動物を模したキャラクターが描かれていた。

「おお!」

「可愛らしいですね!」

 若干、落胆気味だったマイヤーズ夫妻が笑顔で、レスリーの絵を見つめていた。

「このぐらいの簡単な絵だったら描けますけど、大丈夫ですか? さすがに本職の絵本作家さんたちには敵いませんが……」

「いえ、充分です!」

「では、どのような形でマイヤーズさんたちの『特別な絵本』が実現出来るか、一旦、私たちで検討いたしますが、よろしいですか?」

 マイヤーズ夫妻が乗り気になったところで、フィルはこの場での回答を保留した。

「ええ、それは構いません」

「では、検討期間に三日ほどお時間いただいてもよろしいですか?」

「はい。わかりました、お願いします」

「では、三日後のお時間についてなんですが」

 五分ほどでマイヤーズ夫妻と次回会う時間の調整が終わった。

 フィルはマイヤーズ夫妻を見送った後、アストルムとレスリーの連れて工房へ向かった。

「レスリー、絵が描けたんだな」

 喋りながら工房の中央の大きめの作業机に歩いていく。

「子供の頃の落書きの延長線ですよ。フィルさんは描けないんですか? アーティファクトの図面はキレイじゃないですか」

「図面に描く絵と、絵本向けの絵は違うだろ。アストルムは絵を描けるか?」

 フィルは興味本位で、アストルムに話を振ってみた。

 彼女はその問いに少し考えて口を開いた。

「絵ですか……。見たことあるものなら、描けるかと」

「じゃあ、アストルムさん、簡単でいいので描いてみてくださいよ」

 アストルムは作業机の上にあった紙とペンを取った。

「なにかリクエストありますか?」

 彼女は椅子に座ってフィルに質問してきた。

 フィルは何かを考えていたわけではないので、特にこれといったお題はすぐに浮かんでこなかった。

「任せていいかな?」

「……そうですか」

 アストルムは数秒悩み、絵を描き始めた。

 ペンが紙の上を迷いなく走る。

 その度に小気味よい音が工房に響く。

 数分後、アストルムは絵を描き上げた。

「出来ました」

「どれどれ」

「アストルムさんは、どんな絵を描いたんですかね」

 フィルとレスリーは、机の上に広げられたアストルムが描き上げた絵を覗き込んだ。そこにはミシュルの街並みが描かれていた。大通りと両脇には屋台や人々が描かれ、大陸横断列車の駅が奥にある。これはアルスハイム工房を出てからしばらく歩いて、大通りに出たところの景色だ。線こそ少ないが精密に描かれている。

「中央区の様子を描いてみたのですがどうでしょうか?」

「精密すぎる」

「このまま線を足して描いていくと写真みたいなものが出来上がりそうですね」

「記憶している光景を忠実に再現してみましたが、どうでしょうか?」

 アストルムは彼女自身が覚えている光景をただ描いただけで、なぜフィルとレスリーが絶句しているのか理解していないようだった。

「やっぱり絵本の絵を描くのはレスリーに任せた方がいいな」

 フィルはアストルムが描いた絵を綺麗に筒状に丸めて留めて机の端に置いた。

 絵本にするには、あまりにも実際のものに忠実すぎていた。

「あはは……そうみたいですね」

 レスリーも同じ感想を抱いたのか、困惑した様子だった。

「問題はアーティファクト部分だな。なにか特別な仕掛けにしたいと言っていたな」

 フィルは両腕を組んで思考する。

 ケネスが考えていたように、キャラクターが喋る絵本というのは面白い。音魔法を使ってあらかじめセリフを仕込んでおけば、実現することはできるだろう。選択肢の一つではある。

「レスリーはなにかアイディアあるか?」

「うーん。すぐには出てこないですよ」

 レスリーは難しい顔して首を横に振った。

「じゃあ、意見出し合ってみるか。――アストルムはまた店の方を頼むな」

「わかりました」

 フィルは作業台に紙を広げて、ペンを二本取り、一本をレスリーに渡した。

「まずは……喋る絵本」

 言いながら、フィルは紙に『喋る』と書く。

「パッと浮かんだ言葉は?」

「じゃあ……えっと……体験」

 今度はレスリーが『体験』と書いた。

 フィルとレスリーは、お互いに浮かんだ言葉を紙に書き記していく。

 何往復か終わった頃に、レスリーが単語を書きながら話題を切り出した。

「そういえば、この前、ラジオ聴いてたら、ルゾカエン工房の新しいアーティファクトの話出てましたよ」

「ああ、聞いたよ、アーティファクトの名前は……」

封映玉(ふうえいぎょく)ですね。スゴイですよね。映像と音声を最大30秒程度記録して、それを再生できるなんて」

「音魔法と光魔法の組み合わせ、封映玉の外部情報を魔力変換して情報保持して格納する。さらにそれを今度は逆の手順で再生する。理屈はわかるけど、よく出来るな」

 新しいアーティファクトが世間に出てくれば、細部はわからなくても想定される仕組みはフィルにも想像は出来る。その度に、新しい発想に驚かされてばかりだ。

「しかも小型みたいですね。拳大より少し小さいぐらい。お値段は10万J(ジュエル)。お高いですけど、同業者から見ればよくその値段で販売できるなーと感心しますよね」

「さすが、ミーシャ・ルゾカエンだ。他の工房が作ったら倍で効かない値段だっただろう」

 ルゾカエン工房が新しいアーティファクトを世間に発表したのはここ二週間のことだった。ラジオや新聞はその話題で持ちきりで、ミーシャ・ルゾカエンのエピック・アーティファクトとして認められるのではないかという声が強くなってきている。

 エピック・アーティファクト。

 国にその功績を認められたアーティファクトが、エピック・アーティファクトと呼ばれる。それは魔導技士が目指す高みだ。

「フィルさんは、ミーシャ・ルゾカエンさんに会ったことありますか?」

「イディニア国立魔導技士学校の卒業制作発表会に来てたから、そのときに軽く質疑したぐらいだよ。アーティファクトを見て、そのアーティファクトのポイントや問題点をすぐ突きつけてきたから参ったよ」

「やっぱりすごい人なんですね」

「あの人はたぶん自分の時間、全てをアーティファクトに捧げているんだろうよ」

 学生時代はもう数年も昔の事だが、今でも卒業制作発表会のミーシャとの質疑応答を思い出すと、苦い思いが蘇ってくる。質問内容の他に印象に残っているのが、ミーシャ・ルゾカエンという人物の異常さだ。

 彼女はフィルが作ったアーティファクトには興味を示したが、フィル自身に全く興味がなかった。質疑のときもこちらには目をくれず、ただ事実確認として、彼女自身が気になったことや理解したことを口にしていただけなのだと思う。それはフィルに対してだけじゃない、あのときの学生のほとんどに興味がなかったんだと今にして思う。それを考えると、ミーシャ・ルゾカエンに声をかけられたルーシーはやはり優秀だったと思う。

「絵本なんですが、封映玉の話をしてて閃いたんですが、動く絵本ってどうですか?」

「動く?」

「ページをめくるたびに、登場人物や背景が話に合わせて立体的に動くんですよ。あー、マイヤーズさんが言っていたように話すっていう要素を入れてもいいかもしれません」

「実現方式について、アイディアはあるのか?」

「そうですね。キャラや背景を立体的に動かすのは光魔法で制御できると思います。具体的には絵の具に魔力と溶け込ませて、光魔法と動作制御情報を保持させつつ絵を描いたらいいかな。動作制御情報の方式は少し検討しないと出てこないです。喋るっていうのは音魔法で実現できるので、組み合わせもいいと思います。フィルさんはどうですかって、どうしたんですか?」

 彼女の意見に真剣に耳を貸していたら、レスリーにはそれが意外だったらしい。

「レスリーの意見に感心してたんだよ」

「え?」

「少し前だったら、こういうことやりたいんですけど、どうしましょう? だったと思う。それが今はやりたいこととその実現方法まで考えてる。素直に成長したと思うよ」

 フィルは素直にレスリーにそう伝えた。

 それにレスリーは、しばらく口を開いたまま、硬直した。

 それから彼女は顔を赤らめて、両手を振った。

「いやいや、偶然ですよ! たまたまやりたいことと自分が知ってることが一致しただけ――」

「それが成長だよ。ラピズのところに行って、魔法について教えてもらってる成果だよ」

 レスリーはライラ・プレストンの依頼をこなしたときのことを、きっかけにミシュルにいる二人の魔法使いの一人ラピズ・アレキサンドライトの元に定期的に魔法の勉強のために通っている。勉強だけではなくお茶会の場にもなっているようにも聞いているので、レスリーとラピズの関係性は親しくなってきているのだろう。

「……あ、ありがとうございます」

 フィルの言葉に、レスリーの頬がさらに赤く染まった。

「なんだ照れてるのか?」

「ち、違いますよ! これは……アレです。部屋が暑いからです! フィルさんでも人を褒めることがあるんですね!」

「人をなんだと思ってるんだ……。今回のマイヤーズさんの依頼は、レスリーの案でいってみよう。見積もりと図面は引けるか?」

「図面はちょっと時間もらいますが、見積もりはマイヤーズさんたちが次回いらっしゃるときには出来ると思います」

「今回は達成しないといけないのは、絵本自体の製作、そして絵本の仕掛け部分のアーティファクト製作の二つだ。両方をレスリーに頼むのはさすがに厳しいから、俺がアーティファクトを作って、絵本はレスリー頼むよ」

「わかりました!」

 お互いの役割を決めたところで、レスリーはさっそく自分の作業机に向かって、見積もりに必要な事柄を書き出し始めたようだった。

 レスリーにかけた言葉は嘘や誇張ではない。

 劇的な変化が彼女にあったわけではないが、彼女がラピズから魔法理論を学び、アーティファクトを作り、そうやって得た知識と経験値が、少しずつ結びついているのが、フィルは身近にいながら感じていた。

 レスリーの見積もり結果が出てきたのが二日後だった。

 フィルもその内容の妥当性も確認した。

 図面についてはまだ時間が掛かるようだが、マイヤーズ夫妻との打ち合わせに図面がなくても問題ない。

 そしてマイヤーズ夫妻と約束した日を迎えた。

 アルスハイム工房の事務所には、マイヤーズ夫妻とフィルとレスリーの姿があった。マイヤーズ夫妻への説明の主導はフィルがおこなっていた。

「というわけで、私たちとしては『立体的に動く絵本』を提案いたします。もちろんオプションとして、ケネスさんから提案いただいた『絵本に喋らせる』ということも可能です」

 フィルの言葉にマイヤーズ夫妻は満足そうに頷いていた。

「すごいですね! 動く絵本! それはとてもよいと思います!」

 ケネスは興奮気味に喜びの声を上げた。カミラはそんな夫の姿に少し恥ずかしそうにしながら、質問してきた。

「絵本に喋らせるとした場合はやはり依頼料と製作期間が変わるのでしょうか?」

「えっと……そうですね……」

 彼女の質問にレスリーが答えながら、見積もり書を二枚提示した。

「動く絵本だけでしたら製作期間は約1.5ヶ月、5万Jほどになります。これに加えて、絵本に喋らせるとなると製作期間は約1.8ヶ月、8万Jになります。ですが……これは喋らせる登場人物によって多少は変わります」

 カミラは見積もり書を何度も見比べて、夫のケネスと小声で何度も相談している。彼女たちが悩んでいるのは、製作期間の面だろう。

 製作期間はどちらもマイヤーズ夫妻の娘の誕生日である二ヶ月後に対してギリギリだ。それはフィルとレスリーも承知していた。依頼を請ける以上は娘の誕生日には間に合わせるつもりだ。あとはカミラとケネスの決断だけだ。

 数分が経った頃、マイヤーズ夫妻の結論が出たようだった。

「こちらの1.8ヶ月の方でお願いします」

「わかりました。では、こちらでお受けします。料金は納品時にお願いします。それからこちらが契約書になります」

 フィルは事務的な手続きを進めていき、マイヤーズ夫妻からの依頼をアルスハイム工房が請けることになった。

「さっそくですが、絵本の内容については奥様がお話を考えているとのことですが、レスリーが何度かマイヤーズさんのお宅に伺わせていただきます」

「よろしくお願いします。では、うちの住所ですが――」

 レスリーは、カミラから住所を教えてもらい、自宅を訪ねる日の調整を始めた。

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