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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第1話「アルスハイム工房へようこそ」
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チャプター5 「その想いを抱きしめて」1

 フィルは座り心地が良いソファに座りながら落ち着かないでいた。

 富豪の屋敷というものはいつ来ても落ち着かない。

 応接室に飾ってある調度品の値段を想像してしまったり、屋敷に踏み入れた時から張り詰めた緊張感というか、場違いな雰囲気を感じてしまう。

 それは隣に座るレスリーも同じなのか、そわそわした様子であたりを見回している。

 逆に平気そうな顔をしているのが、アストルムと少し離れたところに座っているルーシーだった。アストルムはともかく、ルーシーはこういった場にも慣れているのだろう。

 今日はライラ・プレストンの依頼締めきり日だ。

 フィルたちアルスハイム工房と、ルーシーがそれぞれ依頼を請けてアーティファクトを作成して来ている。

「もう私の眠気が限界です」

 首が外れるんじゃないかと思えるほど、レスリーの首がこっくりこっくりと動いている。それは無理もない。アーティファクト作成の追い込みが終わったのが、つい2時間前。そのため彼女の疲労も理解できる。

「今日が終われば、寝ていいからもう少しだけ耐えてくれ」

 フィルも眠気で瞼が落ちそうなのを、腿を抓って誤魔化している。

「あなたたち、大丈夫なの?」

 見かねたのか眉をひそめてルーシーが声を掛けてきた。

 ピンと真っ直ぐに伸びた背筋、赤い髪、彼女の雰囲気はこの部屋に合っているように思えた。

「あと数時間ぐらいなら大丈夫だし、いざとなったらアストルムに任せる」

「適当ね。――この依頼は私がいただくわよ」

「それはこっちのセリフだ」

 ルーシーと視線をぶつける。

「お待たせしました」

 ライラ・プレストンが姿を見せた。

 一ヶ月前に見たときよりも、表情から生気を感じる。

 少しずつ夫の死を受け入れて、前を向こうとしているのかもしれない。

 彼女の右手には一冊のノートがある。

 ずいぶんと古びたものだ。

 あれが今回の依頼で想いを再生する際に媒体となるモーリス・プレストンの日記だろう。

 ライラは日記をテーブルの上においた。

「それでは、今日はお約束の日ですね。それぞれアーティファクトをお見せ下さい。アーティファクトにはこちらの日記をお使いください」

 フィルが薄いピンク色の箱を取り出し、テーブルの上にことりと置いた。対するルーシーも紫色の箱を置いた。

 自分たちの断想再生機はライラが手にしている日記より一回り大きい程度で、ルーシーのアーティファクトも同じ程度だった。ただ高さについてはルーシー側の方が半分ぐらいになっている。

「お二人とも箱形なのですね。どのようにして、想いを再生するのですか?」

「私たちアルスハイム工房は、日記に残された残留魔力を使います」

「残留魔力……?」

 フィルの説明にライラは小首を傾げた。

 彼女の反応に失敗した。と、フィルは内心で自分の失敗を認めた。

 ここでは難しい単語を出すべきではない。

 まずはライラの質問に答えるべきだ。

「偶然にもアルスハイム工房さんと同じものを使うようですので、残留魔力について簡単に説明しますと、物に残された想いが魔力として残っているのです。なので、それを活用するということです」

 フィルが答えるよりも前に、ルーシーがライラの疑問に答えてみせた。

「実際にアーティファクトを使用して見せた方が分かっていただけると思います」

 ルーシーはモーリスの日記を丁寧に傷つけないように手に取り、アーティファクトの下部の引き出しに収めた。そして上部をスライドさせた。

「ライラさん、事前にお伝えしておいた、モーリスさんの毛髪か血液をお借りできますか?」

「こちらをお使いください。最後にモーリスの血を拭ったハンカチです、捨ててしまおうかと思ったのですが、まだ気持ちの整理がつかず、捨てられずにいたものです」

 そう言ってライラは綺麗に折りたたまれた白く、所々赤黒く染まったハンカチを差し出した。赤黒くなっている箇所がモーリスの血なのだろう。

 ルーシーはそれを受け取ると、アーティファクトにセットした。

 残留魔力で今回の依頼を実現する方式が同じであれば、彼女も魂の情報とモーリスの名前が必要なのは同じだ。

 ルーシーはスライドさせて出来た面に紙をセットする。紙の先端は小さなローラーがあるようにみえる。どうやらローラーが紙を前方へと送り出す役目をしているようだ。

「これが私の作った想いの書き手です」

 言いながらルーシーがアーティファクト、想いの書き手に魔力を込めた。

 箱が淡く光る。

 すると、カタカタと、想いの書き手の内部から音がする。そしてセットされていた紙がローラーによってゆっくりとスライドしていく。

 一分ほど掛けて紙がスライドし排出されると、ルーシーがその紙を手に取ってさっと目を通して、ライラに差し出した。

「この紙には日記に残されたモーリスさんの想いが書かれています。どうぞお目を通してください」

「はい」

 ライラは噛みしめるよう、その紙に目を走らせる。

 右へ左へ、端まで行ったら、視線を少し下げてまた右へ左へと読み進めていく。

 やがて、彼女の大きな青紫色の瞳に涙が溜まり、口元を押えた。

 口元を押える小さな手のすき間からは、微かに嗚咽漏れる。

 最初は小さかった嗚咽は、徐々に大きなものへと変わった。

 何度も涙を拭いながら、最後まで読み切ると、手にしていた紙を綺麗に畳んだ。

「すみません……。私と彼しか知らないことが書かれていました、これは確かにモーリスの想いだと思います。昔、パン屋で働いていた私と出会った日のこと、結婚してから事業が忙しくなって、あまり話を出来なかったことへの謝罪と、日々の感謝が綴られていました」

「ご期待に添えたようであれば、幸いです」

 ルーシーがお礼と共に頭を下げた。

「では、次はアルスハイム工房の皆さんですね」

「はい。アストルム、準備を頼む」

「わかりました」

 アストルムはルーシーの想いの書き手から、モーリスの日記とハンカチを取り出し、断想再生機にセットする。

 ルーシーのアーティファクトは自分たちの断想再生機と同じく残留魔力による想いを再生だった。しかし、想いの書き手は文字にして、紙に転写する形だった。ライラの反応を見ても、その紙に書かれていたことは、彼女が想像していたものと同じだったのだろう。

 紙に出力するアプローチは、フィルに発想自体なかったため、素直にフィルは感心した。

「私たちのアーティファクトも披露させていただきます」

 そういって、断想再生機の上部の蓋を開けて、に魔力を込める。

 魔力によって起動したアーティファクトが薄らと光を纏う。

『……ザ……ザザ……』

 雑音混じりの音が聞こえる。

 それは次第に明瞭な声になる。

 それは老人の、嗄れた声だ。

 対面のライラが息を飲んだ。

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