チャプター4 「輝く星の光」3
「180秒。確かに承りました」
フィルからのオーダーを受けて、目を閉じる。
魔力炉の出力を上昇……30%……50%……80%……上限出力到達。
魔力炉と内蔵魔法術式を連動……成功。
全身の魔力経路及び人造筋肉への魔力流入量増加。
各種感覚機能の動作チェック……完了。
「誰が三分も待ってやるか! “風の槍は連なる。幾重にも連なる。奏でるは五重奏”風の槍・五連」
ラピズは五本の風の槍を召喚し射出する。
狙いはアストルムの隣にいるフィルだ。
フィルを押しのけながら、風の槍の射線へと出る。フィルはよろめきながらも、後ろへと下がって行く。
「“星は流れる。星は流れる。誰かの願いを乗せて流れる。”流星」
詠唱することで内蔵魔法術式へと大量の魔力が流れこむ。それを満たすために魔力炉が出力を上げて、魔力を追加生成するのがわかる。
風の槍に相対するアストルムは、五条の光を撃ち出す。
光と風が衝突する。
四散する風がアストルムの空色の髪を靡かせる。
「申し訳ございませんが、ラピズ様。しばらくは私のお相手を。そして、これから先のご無礼、ご容赦いただきます」
アストルムは一礼した。
「ほざけ人形」
ラピズが呆れ声を出し、楽しそうに口元をつり上げる。アストルムにはそれが理解できない。人の感情というものはわからない。
ラピズ、マリス、ジェームズ・アルスハイムによって作られた自分は不完全だ。アストルムを完全な状態で完成させる前に、ジェームズは病気で動けなくなったと聞いている。そして完成することなく放置された自分を、ジェームズが亡くなる直前に、アルスハイム工房の奥に眠っていた自分をフィルが見つけた。フィルが最低限動作するように仕上げた時にジェームズからフィルに、自分が託されたという。
「“一陣の風よ。駆け抜けろ。そして彼方へとお前の声を届けろ”風の槍」
ラピズの風の槍が一瞬早く放たれた。
「“幾千の光は力強さと儚さを宿す。古より届く光は、破邪の輝きへと変わる。”星の光」
魔力炉から内蔵魔法術式に魔力が流れ、自分の中に用意されている術式の一つが起動する。
自分の中にある魔法術式は、マリスが構築したものだ。
魔石のように魔法を封じたものではない。魔法使いが行使する魔法をマリスが独自の方法で保存、そしてラピズと同じように魔法詠唱することで発動させる。
魔法使いであれば、新たな魔法を自ら編み出し、奇蹟として発現させる。しかし、アストルムの中にある魔法術式は、新しい魔法を編むことはできない。
それでもアストルムには十分だった。
その術式でフィルのために戦えるのだから。
発動した魔法術式に従って、アストルムの背後から一条の光が奔った。
光は風の槍を貫き、その背後にいた術者であるラピズへと迫る。ラピズは走り出して、光を回避する。
それを追いかけるように、いくつもの光を放つ。
着弾の音はせず、ただ光爆のみが起きる。
「“切り裂け。其方に切り裂けないものはない。その刃は風で出来ている”風刃」
ラピズは走りながら詠唱して、風刃を飛ばしてくる。
アストルムは三つの刃の軌道を予測し、自身が動く道を描く。回避軌道に従って、身体を動かして、最小の動きで風刃を回避する。
「甘いわ!」
ラピズは右の人差し指をクイッと曲げる。
その行動の意味を推定する。
回避した風刃の方を向く。
大きく弧を描いて、三つの刃が戻ってくる。二つは回避できるが、一つは完全回避できないと判断する。アストルムは両腕に魔力を纏わせながら、向かってくる二つの風刃を跳躍で回避するが、残る一つが空中で移動できないアストルムへと向かってくる。両腕で風刃を受ける。風刃とアストルムが纏う魔力が、バチバチと魔力発光を起こす。
着地して、自己のダメージをチェックする。
腕の外皮に多少の傷があるが問題無い。各部の魔力経路の損傷はない。自己の動作影響はないと判断して問題無いだろう。
「問題ありません」
「普通なら両腕もっていってるじゃがなー。ショックだわ」
言葉とは裏腹にラピズは楽しそうに見えた。
自分には理解ができない。
だから、疑問を発した。
「なぜ、楽しそうなのですか?」
「人の感情の機微もわからぬか。やはり、お前は不完全だよ。こんなにもわらわは楽しいのに、それを理解できぬか」
「ええ、理解できません」
ラピズがいうように自分は不完全だ。
ジェームズ、マリス、ラピズが目指したのは、人間を模した完全な人形だった。人工的に魂を作り、それに人格情報や感情、記憶の蓄積そういったものを実現させた。しかし、感情つまり心を完全に作ることができなかった。全ての感情を理解できないわけではない。
だから、
「私は感情を、心を理解したい」
「ほう。ただの人形のお前が、何かを望むか」
「ラピズ様、それは違います。人形はなにかを望んではいけないのでしょうか? 人形は物言わぬ人形たれというのであれば、それはラピズ様の驕りです。たとえ、作られた魂だとしても、何かを望むこと禁止されているわけではありません」
言葉を紡ぐ。
あふれ出るこの言葉はなんだろうか。
想いだろうか?
いや、偽りの魂と人形である自分に何かを想うことない。推定し、思考し、判断し、実行する。
それだけだ。
では、胸の奥から、あふれ出るものはなにか。
「別に人形が何かを望むことを否定はせんさ。願い、望むことを誰も禁止することはできない。ただその望むに対しての源泉はなにかと思ってな。フィルや小娘と関わったことで何かが変わったのか」
「わかりません」
ラピズが言っていることが理解できない。
推定できない。
「なら、教えてやろう。お前が、今、理解できない。それこそが、感情の一端だ。だがまだ細く薄い糸のようなものだ。それらを束ねることができれば、いつかお前が望むものに辿りつけるだろうさ」
「やはり……わかりません。私は私の中に溢れるこの衝動がわかりません!」
アストルムは声を上げた。
その理由もわからない。
普段より出力を上げている魔力炉が原因だろうか。
戦いによって得られる情報量の多さに、思考が昂ぶっているのだろうか。
理解できない。
だが、声は上がっていた。
「その葛藤が、声が、お前の変化だよ」
「いいえ、私は人形です。私は設定された思考、人格に従っているだけです。それらは私が造られたときから変わらないものです」
「それは違う……」
ラピズとのやり取りにか細い否定の声が割って入った。
振り向けば、レスリーが涙を浮かべていた。
彼女はなぜ泣きそうなのだろうか。
わからない。
戦闘中だというのレスリーの元へと歩み寄り、彼女の肩に手をおいた。
「レスリー、何か悲しいことでもあったのですか?」
「違うよ」
彼女は首を振る。
「では、なぜ泣いているのですか?」
「私の大切な友人が、自分のことを人形だというからよ」
涙を溜めた彼女の言葉は続く。
「一緒に笑ったのに、一緒に喜んだのに、それらは全部人形として設定されてるから?」
「私には感情というものがわかりません。ただ周囲に合わせて反応するように作られているだけであり、それは私の感情ではありません」
「アストルムさんに感情はあると私は思うよ」
「いえ、ありません」
「じゃあ、アストルムさんがそういうならそれでもいい」
服の裾でレスリーが涙を拭い、こちらを真っ直ぐと見つめる。
「あなたは自分を人形だという。でも、私は違うと思う」
「違いません。私は人間じゃありません」
「自分を人間じゃないという。私はそれも違うと思う」
「じゃあ、私はなんなのですか?」
「人形だとか、人間じゃないとか関係ないよ。アストルムさんは、アストルムさんだよ」
「私は……私?」
レスリーの肩から手を離してあとずさる。
理解できない。
一体どういうことなのだろうか。
思考を巡らせていると、小さな衝撃が背中に生まれた。
肩越しに顔を上げると、フィルがいた。
「レスリー、ありがとうな。――アストルム、自分が何者かを結論づけるのはまだ先でいい。いつかその答えに辿り付けられるように、俺がいるよ」
「ですが……」
「俺もレスリーと同じだよ。アストルムはアストルムだよ。――さあ、ラピズ、最後といこうか」
「ああ、最後といこうぞ! 人形との言葉遊びは存外に胸が躍ったぞ!」
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