エピローグ「私の帰る場所」1
アストルムはいつも通りに朝食を用意していた。サンドウィッチとベーコン、そしてコーヒーだ。それらを並べ始めると、眠たい目を擦ったフィルが階段を降りてきた。
「おはよう……アストルム……」
眠たさを十分に含んだ声での挨拶だ。
フィルは欠伸を噛み殺しながらテーブルについた。
「おはようございます。今日は一段と眠そうですね」
「朝方まで新しい論文読んでたんだ」
「もう少し寝ていてもよかったのではないですか?」
フィルは欠伸を噛み殺しながら答えた。
「そういうわけにもいかないよ。遺跡調査同行依頼も終わって、今日から工房の通常営業なんだから、準備はちゃんとしておかないと。うちは一区切りだけど、セリックさんたち遺跡調査隊は、これから忙しくなるだろうけどね」
今回の一件で竜を倒せたことで、遺跡調査を再開するとのことだ。しかし、最深部と思われる場所に到達したこともあり、アルスハイム工房への調査同行依頼は完了ということになった。
そのためアルスハイム工房は、フィルが言っているように今日から営業再開となる。
「セリックさんは、エリシオンの門が崩壊したことで学者たちからだいぶ責められたらしい。俺も他人事じゃないから気まずいよ。でも、セリックさんは全責任を負ってくれて、竜核の欠片を提供したから、周囲の不満が多少押さえ込めたらしいよ。ただ――」
「ただ、どうしたのですか?」
「セリックさんが提供したのは、手に入れた竜核の欠片の半分なんだ。残り半分は手元に残しているんだって」
「セリックさんは、竜核の欠片を独自に調査でもされるのですか?」
アストルムが疑問を呈すと、フィルは笑って否定した。
「竜と戦った思い出の品として手元に残したいんだよ」
「自分が成し得たこと、経験したことを何かの形として残しておきたいということですか」
「大切なことだよ。人は全てを覚えていられない。でも、残したものを見れば、全部じゃなくとも当時のことを思い出せるからね」
それはフィル自身への言葉のようだった。
今は記憶は鮮明に残っている。
けど、五年後、十年後はわからない。
記憶が薄れてしまったとしても、竜核を見れば、思い出せるだろう。
「そういえば、レスリーは?」
「いつもどおりです」
アストルムの答えに彼は呆れていたが、それもいつもどおりだ。朝食を済ませて、開店準備を進める。
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