チャプター3 「軌跡をなぞる指を眺めて」7
色あせてボロボロになった写真だ。そこには若い夫婦と二人と手を繋いだ子供が写っていた。場所はどこかの公園だろうか。
魔導技士として一番大切な成果である疑似魂の生成方法を記した研究日誌に挟んでいたことから祖父はこの写真を大事に持っていたのがわかる。
写真の裏を見て、フィルは立ち上がった。写真と研究日誌を手にリビングに降りた。キッチンで晩ごはんの準備をしている母の背中に声を掛けた。
「母さん、目当てのものが見つかったから帰るよ」
振り向いた母はエプロンで手を拭きながら、残念そうな表情をした。
「晩ごはんぐらい食べていきなさいよ」
「そうしたいけど、急ぎなんだ」
「じゃあ、ほら、ケーキ焼いたから持って行きなさい。あと――」
母はケーキを押しつけてきたと思ったら、あれもこれもと袋に詰め込んでテーブルの上に並べていく。
「こんなにたくさん持てないよ」
「がんばって持っていきなさい」
フィルは諦めて、母の好きなようにさせることにした。居心地が悪そうに椅子に座っている父に、研究日誌から出てきた写真を差し出した。
「父さん、これ」
父が写真を受け取り、そこに書かれた言葉を目にして、息を飲んだのがわかった。
たった一枚の写真。
それを父に渡さないといけない。
そうしないと父は祖父の想いを知らないままになってしまう。
写真の裏にはこう書いてあった。
――最愛の妻と息子。
写真だけではない。
もう一つに伝えないといけないことがある。それは研究日誌にあったことだ。
「おじいさんは父さんになにも言ってなかったかもしれないけど、父さんやおばあさんのことを蔑ろにしてたわけじゃないんだよ」
「どうして、それがわかる?」
「工房にあった、おじいさんの研究日誌に書いてあった。日誌よりは……日記に近いものだけど、だから、気持ちも綴られていたよ」
フィルの言葉を父は黙って聞いていた。
「おじいさんは、父さんのことも、おばあさんのことも、ちゃんと愛していたんだよ。おばあさんへの謝罪とそして約束通り最後まで自分の選んだ道を歩んだことが書かれてた」
「……そんなことを今更……」
「父さんは……もっとおじいさんと話をすべきだったんだよ。――じゃあ、俺は帰るよ」
俯く父に背を向けて、フィルは母が用意した紙袋たちをどうにか抱えて玄関へ向かう。
「風邪引くなよ。あと……たまには帰ってきなさい」
ドアに手を掛けた時、父が背中に投げかけた声が震えていた気がした。
だからフィルは振り向かなかった。きっと父は今の顔を見てほしくないだろう。と思ったから。
「わかったよ」
ぶっきらぼうに父に言葉を返して外へ出る。
空を見上げれば、ミシュルを覆っていた鉛色の雲の切れ間から、青空と光が差し込んでいた。
「ちょうど、雨が上がったか」
両手の袋を抱え直して歩き出した
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