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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第4話「オルフェンスの対岸」
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チャプター3 「軌跡をなぞる指を眺めて」6

「参ったよ。降りそうだと思っていたが、まさかこんなに早く降るなんて」

 玄関から父の大きな声が聞こえ、フィルの身が固くなった。

 足音が近づいてくる。

「ナタリー、お客さんかい? ――なんだ、お前か」

 リビングのドアを開けた父は、フィルを見ると、顔から表情が消えた。

 七年ぶりの父の視線は、冷たいものだった。

 敵意や悪意がある方がまだいい。

 しかし、その視線にあるのは、拒絶と排斥だった。

「ここはお前がいるべき場所ではないはずだ」

 父の低い声に身がすくみそうになるが、フィルは立ち上がり、父の目を真っ直ぐに見つめた。

「わかっているよ」

「なら、今すぐ、出ていけ。ここには戻らないことを条件に、魔導技士専門学校への入学を許可したはずだ。魔導技士になったからとその約束を反故する気ではないな?」

「そんな気はないよ」

「なら、出ていきなさい」

 決して強い語気ではない。けれど、その声は重苦しい。

「一つだけ。一つだけ、頼みを聞いて欲しい。それを――」

 フィルは言葉を最後まで言い切ることができなかった。

「帰りなさい」

 腕を掴まれ引っ張られる。

 しかし、それを振りほどき、首を振る。

「出来ない! 俺はどうしてもここに帰らないといけない理由がある。それを果たすために――」

「それはお前の都合だろう」

 父は話はここまでと言わんばかりに背を向けて、リビングから出ていこうとする。フィルは背中に向かって言葉を続けた。

「魔導技士の事を嫌ってもいい。俺の事を嫌ってもいい。でも、今だけは俺の話を聞いてくれ! おじいさんの遺品に俺の大切な仲間を助ける手がかりが書かれているかもしれないんだ。だから、お願いします、俺におじいさんの遺品を確認させてください」

 父はこちらを見ることなく、無言で足を止めた。フィルが更に言葉を重ねようと口を開こうとするのを、母が立ち上がり、そっと制した。

「レオン……フィルのお願い聞いてあげたら?」

「ナタリー?」

 母の言葉に父が振り向いた。父の表情には、疑問が浮かんでいた。彼女の提案は父にとって意外だったのかもしれない。

「この子はこれまで約束を守ってきたのよ。破る気があるなら、魔導技士学校卒業後、工房を開いたとき、いくらでもタイミングはあったわ。それでも七年間、この家に戻らなかった。なのに、今日、ここに来たのは、仲間を本当に助けたいからよ。もしも、あなたがフィルの気持ちを無視するなら、あなたがお義父さんに思ったことと同じことをフィルが思うことになるのよ」

「それは……」

 言い淀む父に母は言葉を続けた。

「同じことよ? あなたが意固地になって、フィルに手を差し伸べなければ、この子の仲間が大変なことになるかもしれない。そうしたら、あなたがお義父さんを快く思わなかったのと同じ事をフィルが思うわ。ここであなたがフィルを拒絶したら、私たちが家族に戻るキッカケを失うわ。そんなの私は嫌よ?」

 母は静かなトーンで自分の想いを伝えた。母は、まるで七年前に出来なかった父の説得をしているようだった。

 長い沈黙だった。

 母と父は無言で見つめ合っていた。

 それは夫婦の間でしか、わからない言語外のやりとりのようにも思えた。

 そして、父が大きく溜め息を吐いた。

「わかった……。――フィル、来なさい」

「あ、ああ」

 二階へと向かう父についていく。

 父の部屋は、キッチリと整理されており、彼の性格が出ているようだった。使い古された製図台があった。そこに向かって、設計図を書いている父の背中を子供の頃に見ていた記憶が蘇った。その記憶が祖父が存命だった頃、工房で見た背中と重なって思えた。

 父は部屋の片隅から一抱えの箱を取り出した。その箱の鍵を開けて、中を見せてきた。古びた本や小物が入っていた。

「ここに……あの人の残したものが入ってる。私は中身をちゃんと確認してないから、お前が求めてるものがあるかはわからない」

「……ありがとう」

 フィルのお礼に、父は居心地が悪そうに背を向けた。

「私はリビングに戻ってるから好きにしなさい」

「わかった」

 フィルは箱の中身を一つずつ取りだした。

 ほとんどは祖母とそして父との思い出の品だった。

 何冊かのノートの中から、目的の研究日誌を見つけた。

 フィルは期待と不安を胸に、ノートを開いた。そこには、祖父が辿りついた魂についての仮説、そして疑似魂の生成方法が書かれていた。

 詳細を確認するのは工房に戻ってからにしよう。

 ノートを閉じると、一枚の写真がはらりと落ちた。

「これは……おじいさんとおばあさん? この小さい男の子は、もしかして父さんか?」

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