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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第4話「オルフェンスの対岸」
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チャプター3 「軌跡をなぞる指を眺めて」5

 家の中に入ると、懐かしい香りがした気がした。自分が何年離れて、この家に染みついた家族の匂いは変わらないものだ。リビングに通されると、母は荷物を置くと、すぐにコーヒーを淹れる準備を始めた。

「大きくなったわね、最初見たとき、驚いちゃった」

「でも、俺だとすぐ気が付いたじゃないか」

「当たり前じゃない、あなたの母よ?」

 言いながら母がコーヒーカップをテーブルに置いた。

「しっかりご飯は食べてるの?」

「大丈夫だよ。母さんは少し痩せたんじゃない?」

「そうかしら? 変わってない気がするけど、フィルがそういうならそうかもね。自分じゃわからないものね。そういえば、星祭りでアーティファクトを披露したんですって? 新聞で名前見たわよ」

「そうなんだ」

 自分の活躍を母が知っていたことが照れくさかった。そして、疎遠になっていた間も、母が自分のことを気に掛けていてくれたことが嬉しかった。

「最近のあなたのことを聞かせてくれない?」

「……どこから話せば」

「じゃあ、あなたの仲間と友人について話して?」

「まずは工房の仲間から――」

 フィルはアストルムのこと、レスリーのことを最初に話した。アストルムのことで真実を話すわけにいかないので少しウソを交えながら物静かで真面目な子で、もう一人の従業員のレスリーはまだ駆け出しの魔導技士だけど、明るくて元気な子だと紹介した。

 それからライラの依頼のことや竜の大鍋にアーティファクトを卸していること、工房を始めた頃の苦労したことを話した。

 フィルが思わず口に出してしまっている、魔導技士の専門用語の意味なんて、母はわかっていない。それでも母は、黙って頷いて、耳を傾けていた。

「工房上手くいってるのね」

「どうにかね。それこそレスリーが入ってくれて、やれることが広がったからだよ」

「学校はどうだったの?」

「楽しかったよ。魔導技士の基礎を学んで、学生らしく学校行事ではしゃいで、友達もそれなりにいたよ。でも魔導技士学校を出ても、全員が工房所属になるわけじゃない。卒業制作発表会があって、そこで発表した作品を現役の魔導技士が見て、気に入ったものがあれば、声が掛かる。そんな感じなんだ」

「じゃあ、声が掛からない子もたくさんいたのね」

「もちろんだよ」

 卒業制作発表会で声を掛けられずに悔し涙を流していたクラスメイトのことを思い出した。卒業制作発表会が工房所属できるかどうかの全てではないが、自信を持って出した作品が評価されない、手応えを得られなかったというのは学生の身でもショックが大きいものだ。

「俺の同期だとルーシーって子が一番優秀だったかな。有名な工房に声を掛けられたんだよ。彼女には今も昔も助けてもらってばかりだよ。――魔導技士は、辛いこともキツいこともあった。でも、それ以上に嬉しいことや楽しいこともあったよ」

「なら、よかったわ。あなたが選んだ道は楽しかったのね」

 フィルが話を終えると、母はそう言って、微笑んだ。

 その笑みからは安堵が窺えた。きっと母は、自分が出ていってから今日まで心配してくれていたのだろう。

 だから、話を聞けたことで、母の中にあったであろう、重たい何かが軽くなったのかもしれない。

「それで今日はどうしたの?」

 母がコーヒーカップに口を付けながら問いかけた。

「……おじいさんの遺品を確認したいんだ」

「あるならお父さんの部屋ね。今はお客さんのところで、打合せしてると思うけど、もうすぐ帰ってくると思うわ」

 母は静かにそう言った。

「父さんは……遺品を捨ててないんだ」

「そういうことをできない人よ」

「意外だ」

「お義父さんとの仲は良くなかったけど、それでも親であることに変わりは無いもの。そこの折り合いを器用に付けられないのよ」

 物憂げに目を伏せた。

 母から出てきた父のことは、フィルの知らないものだった。父と祖父の間は断絶に近い溝があったと思っていた。けれど、母の言葉を信じれば、その溝にも細い糸のような関係が残っていたのかもしれない。

 ただ、自分に折り合いを付けるのができないところは、よく似ている。そう思ってフィルは心の中で苦笑した。

「父さんはどうしておじいさんを嫌っていたんだ?」

 フィルが問いかけると母はしばらく言葉を探すように視線を動かした。

「雨、強くなってきたわね」

 母の視線につられて、窓の外に目を向けると、本格的に降り出していた。耳を澄ませば、雨音が聞こえてきた。

「お父さん……レオンは……自分から言わないだろうし、フィルも知っておいてもいいかもしれないわね。フィルはおばあちゃんのこと、覚えてる?」

「ほとんど覚えてないよ」

「そうよね。あなたが二歳の頃だったから、無理もないわ。――おばあちゃんは身体が弱くてね、病気がちだったの。フィルが一歳ぐらいの時からは寝たきりが多かったかな。レオンや私がお見舞い行ってたけど、おじいちゃんは最期までお見舞いに来なかったの」

「そうなんだ」

「おばあちゃんは最期の最期におじいさんの名前を呼んだわ。でも、その場におじいさんはいなかったの。レオンは……それが許せないのよ。家族よりも、妻よりも、愛する人よりも、魔導技士を選んだのだから」

「それで……父さんは魔導技士を……おじいさんを……」

「そうなるわね。――フィル……あなたに謝りたかったことがあるの。あなたが魔導技士学校への進学でお父さんと言い合っていたあの日、私はなにも出来なかった。母としてあなたの未来を応援したかったのにね……。あなたが出ていった後も、レオンを説得してみたけど、ダメだったのわ」

 その謝罪の言葉が胸を締め付けた。

「いいんだ、母さん。その気持ちを知れただけで、俺は嬉しいよ」

 そして、ガチャリと鍵が開く音がした。その音を聞いたフィルは身を固くした。

「帰ってきたみたい」

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