チャプター3 「軌跡をなぞる指を眺めて」4
ミシュルの空を鉛色の重たい雲が覆っていた。薄暗い街には今にも雨が降り出しそうだった。
フィルの実家はミシュル西区の住宅街にある。父と母と暮らしていた。両親との思い出は人並みだとは思う。建築士である父は、顧客の要望を汲み取って家の設計図を作成している姿ばかりで、たまに父が設計した建物を観に行った記憶がある。魔導技士も、建築士も、顧客の要望を聞いて、それを実現する。その部分は一緒なのではないかと思うことがある。
中央区から西区への移動は普段なら循環馬車を使うが、フィルは徒歩を選んだ。それはほんの少しの抵抗であり、心を整理するための時間を作るためだった。
曇天の下、フィルは憂うつを含んだ息を吐いた。
「七年か……父さんはあの時から変わってないだろうな」
父であるレオン・アルスハイムとは、イディニア国立魔導技士学校に進学するにあたり、意見がぶつかった。魔導技士が嫌いな父が、息子であるフィルがその道に進むことを快く許すことはなかった。
何日も、何日もケンカをした。
最初からケンカ腰だったわけじゃない。祖父に憧れて、魔導技士を目指したい。人の役に立ちたい。そういう夢や目標があることを伝えた。
むしろ、それが父を余計に意固地にさせた。
祖父と父の間に何かしらの確執があったことは、当時のフィルでも察していた。ただ、その確執はフィルの想像以上のものだった。
父は、祖父を、魔導技士という職を嫌っていた。
まさかその嫌悪、いや拒絶に近い感情が息子である自分に向いてくると、当時の自分は想像していなかった。
――だったら、もうこの家に戻るな。それが条件だ。
――どうしても理解してくれないんだな。……わかった。俺は出ていくよ。
父と交わした最後の言葉が脳裏に蘇り、ミシュルの空のようにフィルの心を鈍色に染めた。
あの時、何か他の選択肢があったのだろうか。
父を説得し、自分の道を選べたのだろうか。いや、きっとなかった。魔導技士を目指すなら、父が提示した条件を飲むしかなかったと今でも思う。
気が付けば、実家の玄関の前に立っていた。
ドアをノックしようとするが、その手が止まる。
両親とはイディニア国立魔導技士学校に入ってから会っていない。もう七年も顔を合わせていない。それから来る気まずさが、フィルを戸惑わせる。
頭に水滴が触れた。
「雨か……」
見上げれば、次々と水滴が落ちてきていた。
「あら、やだ、降ってき――フィル?」
背後から驚きと戸惑いが混じった声がした。
「母さん……」
振り向けば買い物袋を抱えた母――ナタリー・アルスハイムの姿があった。記憶の中にある母の姿より、いくらか痩せており、顔の皺が増えている気がした。
「ああ、やっぱり、フィルじゃない」
母はフィルの顔を見て驚いた様子だったが、すぐに優しい笑顔を作り、玄関のドアの鍵を開けた。
「ほら、入りなさい。風邪引くわよ」
七年ぶりの再会でも、母はあの頃と変わらずに接してくれた。
「ああ」
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