チャプター2 「黎明に至る道」10
フィルはアルスハイム工房の二階の奥にある部屋の前に、レスリーと共に再び立っていた。
祖父の研究に向き合うことにルーシーに背中を押してもらった。
セリックは竜の討伐を引き受けてくれた。
だから、あとは自分次第だ。
「フィルさん、大丈夫ですか?」
「もう大丈夫だよ。自分のことを信じてみようと思う。それに俺のことを信じてくれる人もいるから、それに応えたい」
レスリーの心配そうな声に、そう答えた。
「なんですか、それ。フィルさんが大丈夫になったんならいいですけど」
古びた鍵を持つ手が少し震える。鍵穴にゆっくりと差し込み、鍵を回す。
ガチャ。
その小さく、重たい音が響く。
ゆっくりとドアを開けると、埃臭い空気が流れてきた。
「ゲホッゲホッ……うわっ、物がたくさんありますね……」
レスリーは口元を抑えながら部屋の中を見回していた。
「おじいさんが魔導技士として、それ以前含めて、歩んできたものがここにあるからな」
部屋の中は、三年間放置されていたこともあり、ほこりやかび臭さがある。中央には古びて年季の入った木製の机があり、机の上にはたくさんの紙の束とランプが置いてある。本棚に入りきらず床の上にまで置かれた本や丸めて保存された設計図に溢れていた。祖父が製作したアーティファクトもいくつもある。
懐かしい光景だ。
幼いとき机に向かって考え事をしている祖父の姿をよく見ていたの思い出した。祖父はこちらに気が付くとペンを走らせる手を止めて、さまざまなアーティファクトを見せてくれた。そんな祖父との想いがたくさん詰まった場所だ。
「フィルさん、まさかこれ全部読むんですか?」
「いや、昔、大半の魔法理論の論文と設計図に目を通した。けど、今回、求めてるものはなかったと思う」
だから。と言いながら、フィルは足元に散らばっている本を踏みつけないようにしながら、部屋の角にある本棚の前に立った。
「ここにあるおじいさんの研究日誌を中心に見ていこうと思う」
「あー、そうなんですね。よかった、部屋中にある本や論文を読まないといけないと思いました」
レスリーは安心した顔でフィルの隣に立った。
「それで研究日誌って、この本棚のどのぐらいですか? 上の段だけとかですか?」
「いや、この本棚、全部」
「全部……」
フィルの答えにレスリーが項垂れたが、すぐに顔を上げた
「……やりましょう」
レスリーは覚悟を決めたらしく、一歩前に出て、研究日誌に手を掛けた。その様子を見て、彼女に尋ねた。
「レスリーはアストルムのことを知ることに抵抗はないのか?」
それは自分が想い悩んでいたことだった。
レスリーは不思議そうに首を傾げた。
「え? だって、アストルムさんはアストルムさんですよね? 友達や大切な人のことを知ることは普通じゃないですか」
彼女の答えにフィルは項垂れて、大きく溜め息を吐いた。
「その答えがすぐに出てくるレスリーはすごいよ」
フィルの言葉を聞いて、レスリーは笑顔になったが、すぐに眉をひそめた。
「え、褒めてます? 私が何も考えてないみたいに言ってませんか?」
「そんなこと褒めてるよ」
「そうですか?」
フィルは、まだ疑うレスリーを笑いながら、研究日誌に手を伸ばした。
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