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アルスハイム工房へようこそ  作者: 日向タカト
第4話「オルフェンスの対岸」
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チャプター2 「黎明に至る道」7

 呆れの色が混じった彼女の声に身体を起こした。ルーシーは欄干にもたれ掛かったまま、視線だけをこちらに向けていた。やがてルーシーは欄干から背中を離して、フィルの正面に立った。

 彼女の青い瞳が真っ直ぐとフィルを見つめ、ゆっくりと口を開けた。

「三年前、アストルムを一緒に完成させたときのこと覚えてる?」

「忘れるわけないだろ。学生時代から試行錯誤しながら組み上げて、五年前の星祭りの後からルーシーも手伝ってくれただろ」

「学校終わって、何をこそこそやってるのかと思ったら、アストルムの組み上げなんだもの。初めて彼女を見たときはびっくりしたわよ」

「魔導技士学校に入学して、マリスからじいさんの工房を引き継いだ時にアストルムを見つけたからな。それからゆっくりとやってたよ」

 フィルがアストルムの組み上げに着手したのはイディニア国立魔導技士学校に入学した六年前のことだった。昼は学校で勉強し、夜は工房で祖父が残したアストルムを組み上げていた。魔導技士への憧れはあったが、アーティファクトの製作はほぼやったことがなかったので、一つ一つ確かめるようにゆっくりとした作業だった。五年前の星祭りの後から、ルーシーも加わって、二人で議論したり、時に口論したりしながら、アストルムを作り上げた。

 あの頃はただ夢中でアストルムの設計図や魔法理論を読み解いた。ある意味、無知故に無邪気だった。だからこそ、楽しい日々だった。自分の手でアーティファクトを作れることが嬉しかった。何に触れても、何を読んでも、輝いて見えていた。そんな毎日を忘れるわけがない。

「アストルムが完成して、動き出したときは、感動したわね」

「全部を自分たちだけで作ったわけじゃないけど、達成感があったよ」

 ゼロから作り上げたわけではない。

 祖父が遺した物を引き継いで、作り上げた。

 アストルムが立ち上がり、工房内を歩き回る姿は今でも鮮明に覚えている。

 フィルの胸に懐かしさがこみ上げてきた。

「あれから三年。あんたとアストルムが歩いてきた時間があって、彼女の存在が魔導人形(アーティファクト)から、それではないものに変わったんでしょ? それがあったから、今、あんたが想い悩んでいるんでしょ?」

 ルーシーの言葉に、フィルは静かに頷いた。

 魔導技士学校を卒業して、アルスハイム工房を引き継ぎ、開業した。フィルがアーティファクトを作り、アストルムと一緒に売り込みにいった。上手くいくことの方が少なかったけれど、アストルムと二人で乗り切ってきた。そして徐々に依頼や納品先が増えて、今ではレスリーも従業員として迎えられるようになった。

 これまで積み上げてきた日々にアストルムの姿はずっとあった。それがいつしかアストルムが魔導人形であるという認識を希薄にさせたのだとフィルは思う。

「アストルムに使われている基礎理論の一つを理解しただけで、あんたの中にあるものが否定されるの? 揺らぐの? 違うでしょ?」

 だったら。と彼女は続けた。

「あんたが考えていることはすごく簡単なことなのよ。結局ね、あんたの悩みは信念の話なの」

「信念?」

「あんたがアストルムをどう想いたいのか。その想いを信じなさい。信じ抜いたとき、それがあんたの信念になるのよ。他の人の言葉や突きつけられる事実で信念が揺らぐことはあるわ。でも、最後の最後、自分が信念を信じなくてどうするのよ」

 ルーシーは両腕を組んで大きく息を吐いた。

「それにアストルムのために使うだけよ。なにがいけないのよ。――って、なに、惚けてるのよ」

 気が付けば夕陽に照らされる彼女の顔に魅入っていた。

「いや……ルーシーってすごいなって」

 それが彼女の言葉を聞いた素直な感想だった。

 自分がどう想うか。

 なにを信じるか。

 信念。

 ルーシーの言葉に、心の中で深く頷いた。

「別にすごくないわよ。最後の最後、誰も信じてくれなくても、自分が信じないといけないでしょ? 私だって迷ったり悩んだりする時は、自分の出した答えを信じてる」

「ルーシーらしいよ」

「なによそれ」

 フィルの言葉にルーシーは苦笑してみせた。

 彼女は、「まあ、でも」と言葉を続けた。

「他の誰かがあんたを信じなくても、あんた自身が自分を信じられなくても、私ぐらいは最後まであんたを信じてあげるわよ。――がんばりなさい。アストルムのこと、助けるんでしょ」

 ルーシーがそう言って、肩を軽く叩いてきた。

「ありがとう。ルーシーのそういうところが好きだよ」

 悩んでいる自分に寄り添って、背中を押してくれる。

 昔から何度も助けてもらっている。

 そんな彼女に対して、自然とそんな言葉が出た。

「……っ!」

「顔赤いけど、どうした?」

「なんでもないわよ! このっ!」

「いてっ!」

 不意に臑をルーシーに蹴られて、フィルは声を上げた。

「私は工房に帰るから!」

 彼女の顔は夕焼けに照らされたからか朱色に染まっていた。ルーシーが不機嫌そうに歩き出した。

「……あ、そうだ」

 しばらく歩いて何かを思いだしたように彼女が振り返った。

 彼女の赤い髪が、沈む太陽に照らされて輝いて、揺れた。

「相談してくれて嬉しかったわよ」

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