序章
「
かつてこの異世界には一人の英雄がいた。
剣を振れば鉄も切り裂き
弓を射れば一矢で100人は射貫く
走れば瞬く間に1000里を走り
鋼の肉体は数多の刃でも傷つかぬ
そしてその英雄は童貞であった
その男の名は加須剣二
ああ誇らしき童貞英雄
女神が呼び出し転生英雄
」
(ボーム・ポッチーニ作 戯曲『童貞物語』より)
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魔王軍白骨師団の本陣は絶賛祭りの最中であった。
その祭りは世にいう血祭というやつで、それはもう景気よく血しぶき肉が踊る。
「次は誰だ!死にたい奴はかかってこい!」
凄惨な祭りの中央でヒューマン族の少年が叫ぶ。
少年の名は加須剣二。魔王軍の前線拠点はこの少年一人に蹂躙されていたのだった。
周囲を囲む魔族達は怯むように一歩下がる。
剣二はその手に握られる血まみれの直剣の剣先を突き出した。
そして目についた魔族を片っ端から指名するように指し示す。
「どうした!このままだと皆殺しだぞ?この俺にな!」
一瞬の静寂。
そして一匹の豪勢な鎧をまとったオークが前に出て戦斧を前にかざした。
「切り込み隊、隊長ドン=ソーク。いざ尋常に、」
「死ねぇ!」
「なぬっ!」
少年はオークの名乗りも終わらぬうちに直剣を振り下ろす。
一瞬遅れてオークの斧を持っていた右腕ごと切り落とされた。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁ!」
派手に血をまき散らしながら膝をつき蹲る。
「ひ、卑怯者めが……」
「あんただって、いちいち殺すヒューマンの名前を聞いたりしないだろ?」
剣二は顔についた返り血を拭いながらそう言い捨てた。
あたりを見回すと周囲にはまだ魔族の兵卒がいる。
だが隊長格が倒されたからだろうか、もはや戦う意思のあるものは一人もいなかった。
幕引きの時間だ。剣二は声を張り上げた。
「聞けっ魔族ども!戦いは終わった!」
降伏勧告だ。魔族たちの間にどよめきが走る。
「武器を捨てろ。抵抗しなければ命の保証はする!」
あくまでこの場だけは、であるが。
捕虜になった兵士の運命などどこでもたかが知れている。
「良くて」略式裁判で処刑。力があれば奴隷商に見目麗しければ娼館に売り飛ばされるのがオチだ。
魔族たちもそれをしっているのか降伏する者は一向に現れない。
さて、どうしたものかと剣二が考えあぐねていると、突如そばにいたオークのドン=ソークが雄たけびを上げた。
「まだ……終わらせはせんぞぉぉぉぉ!!」
ずいぶんタフなものだ。剣二が目を向けるとその手には手投げ爆弾が握られていた。嫌な予感がする。
「はぁ、はぁ……オークの誇りを穢した貴様だけは、刺し違えてでも討ち取ってみせる!」
ドン=ソークは魔法で小さな火をおこすと爆弾の導火線に火をつけた。
バチバチと音を立てながら燃える導火線を確認すると、ドンソークは剣二にとびかかった。
特攻だ。剣二は逃げようとしたがオークとヒューマンでは身体能力に大きな開きがある。
「逃がすかぁぁぁぁ!魔王陛下に栄光あれぇぇぇぇぇ!」
ドンソークは剣二を押し倒すと、爆弾と剣二を下に覆いかぶさった。
「やめろぉぉぉぉ!」
悲鳴をあげる剣二が最後に見たのは、至近距離で起爆する手投げ爆弾の光だった。
直後、激しい爆発が起こった。
「隊長ぉぉぉぉぉぉ!」
ドンソークを慕っていた部下の魔族たちがその名を呼ぶ。
だがその呼びかけに答えるものはいない。爆風が砂煙を噴き上げるので、剣二とドンソークの姿は見えない。
「隊長……隊長……」
「なんてことだ……あのドンソーク隊長が死んじまうなんて」
「おら……あの人と戦いたくて軍に志願したってのによぉ……」
悲しみに暮れる魔族たち。多くのものが涙を流す中で、ドンソークの副官を務めていたオークが立ち上がった。
「貴様ら!いつまで泣いているつもりだ!」
隊長は死んだ。だが、戦いは終わっていない。副官は任務遂行のために悲しみを殺して激を飛ばす。
「ドンソーク隊長は、最後になんといったか!答えろ!」
すると近くにいた兵士がバッと立ち上がった。
「副官殿!隊長は『魔王陛下に栄光あれ』と仰せでした!」
直立不動の姿勢で叫ぶ兵士に副官は頷いて見せた。
「そうだ……祖国のために命を賭した隊長の遺志を無駄にはせヌゥ!?!?」
演説が不意に止まる。その胸は直剣で貫かれていた。
副官がどさりと崩れ落ちる。
「誰も俺のことは心配してくれないんだな……悲しいぞ」
そこにはドンソークの自爆攻撃で死んだはずの剣二が立っていた。
まるで冥府の怪物を見るような目でこちらを見る魔族たちに微笑んだ。
「ああ……俺、死なんのだわ。童貞のあいだはな」
仲間の死を悼む魔族の声が、断末魔に代わるのに時間はかからなかった。
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