ある騎士の復讐と後日談
ーーーーーー起
私は男を切り倒した。
その男は老夫であった。
そして育ての親であり
師であった。
私は息を切らした。
「ぜぇ・・ぜぇ・・」
右に握る剣はすでに真っ赤だ。
血液は滴り地面に落ちた。
もとより私と老夫の二人だけしか居なかった荒原。
一人寂しく佇む今
空間は静寂に支配されていた。
さっきまでの緊迫が嘘みたいに感じられた。
聞こえるのは私の息使いのみ。
私は倒れ伏した老夫に虫の息ながらまだ命が残っているのに気が付いた。
敵と相成ったとは言え育ての親、そして師であるのだ
最後の言葉を聞くくらいの義理はあろう。
「あぁ・・・」
私は剣を握ったまま老夫に接近し身を屈めた。
「・・・あの児を・・頼む・・」
一言言い残すと老夫は息絶えた。
あの児・・?
あの児だと?
正直拍子抜けだった。
私への恨みでもなく、謝罪でもなく
おろか言葉の対象は私ではなく見知らぬ子供。
それは自らが育てた子供に刃を向けられた時、言うべき台詞ではない。
「もっと何かあったはずだろう。」
私は思わず亡骸に向かって叫んだ。
感情の吐露なり最後の言なり何かあるべきだろう。
「貴方は最後まで私を見ていなかったんですね。」
やや自嘲気味に言った。
拾われた時からそんな気はしてた。
「やはり獣としてお育てになられた・・」
たまらず笑い声が出た。
助けたいと剣を教えて、救いたいと殺しを覚えさせた。
だって可笑しいじゃあないか。うわべでは愛してるなんて言って。
でも心のどこかでは、貴方を信じていた。
切り伏せた時でさえも。
しかしそれは今一言で砕かれた。
私は何度も死体を刺した。
もうすでに彼はそこにいないのに。
何度も、何度も
背後から話しかけられるまで刺し続けた。
「あなたが新しい案内人?」
振り向くと若いというよりも幼いという方が正しいような
少女が立っていた。
ああ彼女が「あの児」か。
だが案内人?なんの案内だ?
私は尋ねたが彼女はただ目的地を告げるのみだった。
「約束の花園へ連れて行って」
世界の果てにあると聞く彼の地に行けと言うのだ。
それ以外は答えない。そうすれば貴方の望む物を二つ授けると最後に付け足したほかには。
ならば、と私は彼女の言に従う事にした。
ここで切り捨てるのは簡単だ。
しかし私も少女を手に掛けるほどの鬼畜ではないし
いささかの興味も沸いた。
それに師を切り捨てた私にもう目標などないのだから。
ーーーーーー承
私は彼女を連れて旅をした。
荒原を抜けて温暖な地方に入った。
私の力を恐れ数多の国が私を殺そうと軍勢を差し向けた。
そのたびに幾人も殺し、街を焼いた。
もう世界に私を倒せる者などいないだろう
唯一の憂いだった師はもういない。
子供の頃あんなに恋焦がれた世界最強とはこんなに虚しかったのか。
今日も死体の山の上で呟いた。
魔王を殺し、その息子を殺した英雄とやらも殺した。
王国軍と戦い、将軍を切り捨てた。
連れていた彼女は戦いが始まると姿を消しそれが終わるといつの間にか傍らに居た。
いよいよ王国の首都に攻め入り、親衛隊を打ち破り宮殿の奥までやって来た。
国王は玉座に力なく座り俯いた。
私はおどけて傅いて見せ、あることを訪ねた。
「陛下、ご無礼を承知でお尋ねします。約束の花園について知っていることを話していただきたい」
交渉ではなく要求なのは誰の目にも明らかだ。
どの道この王は長生きできない。
王は項垂れ泣きながら話した。
「・・何も知らない・・」
役立たずでは仕方ない。
私は一瞬で首を撥ねた。
少女はこういった惨劇に眉一つピクリとも動かさなかった。
まるで見慣れているかのように。
「怖くはないのか・・?」
自分でやっておいてなんだが私は聞いた。
「いえ、なんとも思いません。人間はみな死ぬのです。それが遅いか早いかのみ」
彼女の答えは冷淡だった。
その冷たさに一瞬背筋が凍った。
私は薄々彼女の正体に気が付いていた。
しかしそれを言ってしまっては関係は終わり旅も終わってしまう気がして
あえて尋ねなかった。
やがて二年が過ぎた。
私はもう一つの国を滅ぼしさらに2万人殺した。
やがて山岳の地域に入った。
ーーーーーー転
山岳地帯は標高が平均で1000mを超える地域だった。
鏡のような湖の上を水位が浅くなるのを見計らって私は横断した。
夏の高く、蒼い空が美しかった。
湖と空の境界に関係なくただ蒼がどこまでも広がる。
やがて水平線の先に人影が現れた。
「ローデリウス!」
その人影は私の名を叫んだ。
常であれば誰もいないはずの山地。
私の名を叫び、こんな場所に現れる者など刺客に違いない。
おぼろげだった人影は段々とはっきりしてきた。
それは女性で、完全武装だった。
彼女の名はアークウェット。金の長髪で、銀剣を振るう戦乙女だ。
私が10歳の時、師が匿った。
滅んだ王家の末裔で行き場もないので私と同じように師に育てられた。
彼女は大層可愛がられていた。だから羨ましく、妬ましかった。
その愛が虚偽であるとも知らずに。
その彼女が顔を歪めて私の名を叫んでいる。
正直、気分が良かった。
「ローデリウス!貴様・・!よくも師を!!」
彼女が私に怒りを向ける理由は考える必要もないほど明らかだった。
師の事だ。
私は剣を抜いた
彼女は私を好き勝手罵った。
「恩知らず!親殺し!悪魔!貴様は永久に名前を穢したのだ!師の名も貴様自身のも!
それなのにのうのうと生きて!」
「何をいうか。奴は私を見ていなかったんだ!最初から最後まで!」
こいつは師と同じくらい虫唾が走る。現実を知らないで、世の中の綺麗なところばかり見て。
「お前は知らないだろうからな!教えてやろう。あいつは、あの老人は我々を獣としか見ていなかった
だから殺しを教えて、うわべだけの愛を説いた。」
「違う!それは違う・・!知ったような口を利くな!あの人は誰よりも慈悲深くて・・」
何が違う。知らないのはお前の方だろう。
奴は俺たちを育てたんじゃあない。飼っていたんだ猟犬として。
「何も違くない。お前がそうやって騎士をしているのは奴がお前を捨てた証拠なんだよ。
あいつは言っていたんだ、アークウェットは筋が悪い。だから仕官させて追い出すって。」
「嘘だ!全部貴様の作り話だ!」
「じゃあお前は自分から仕官したいと言ったか?あの話は師が持ってきただろう!」
「だまれ」
アークウェットの表情は形容しがたいものとなっていた。
反論できないほどのショックを受けたようだ。
「いいか、あいつは善人面した屑なんだよ。」
「だまれ、だまれ」
「お前が見ていた師はお前がこうであって欲しいと願った虚像でしかないんだよ。」
「黙れええええ!!!!」
アークウェットは距離を一気に詰め銀剣を振るった。
剣技であれば私と同等か。
私が返した一撃をひらりと躱し素早い突きを繰り出してきた。
銀剣は重いにもかかわらず右、左、上段、下段を凄まじい速さで振るってきた。
六打ほど打ち合った後
私と彼女は鍔迫り合いになった。彼女は突飛ばそうと力を込めた。
瞬間私は姿勢を変え足刀で間接を蹴った。
「きゃあ!」
彼女は情けない声を上げ体制を崩した。
瞬間私は斬撃を与えた。
剣は斜めに皮膚を裂き
彼女は胸から血を噴出した。
そして銀剣を落とし、膝をついた。
「き・・汚いぞ・・!」
彼女は負け惜しみのように叫んだ。
手で出血部こそ抑えているもののその傷は首にまで到達しており
血は止まりそうになかった。
「別に汚くなどない。鍔迫り合いになったら相手の足を狙う。
お前の言っていた慈悲深い師とやらに習った。」
彼女は苦い顔をした。
それが痛みからなのか、言葉からなのかは分からなかったが
若い女性が苦しむ姿は見るに堪えなかった。
私は同門のよしみで介錯をしてやろうと首に剣を当てた。
「何か言い残すことは?」
せめてそのくらいはいいだろう冷静に考えれば子供の頃は共に育った仲だ。
一緒に育った協会が目に浮かんだ。
しかし昔を想起すると
ほのかな恋心すら思い出しそうだったのでそれはしなかった。
アークウェットは下を向きながら言った。
「はぁ・・はぁ・・私は・・・貴方が羨ましかった・・」
羨ましかった?最後まで見当違いなことを。
「貴方は・・師から最も多くの技を教えてもらっていた・・」
それは猟犬として飼っていたからだ。
「それは・・あなたが誰よりも愛されている・・証拠でしょう・・」
私はぎこちない笑いを作り反論した。
「はっ・・はっはははは!愛情を注ぐのに殺しを説く親などどこに・・」
彼女は私の言葉を弱弱しく遮った
「あの人は・・不器用な人だから・・それしか・・できなかったから・・」
私はその瞬間剣を振った。
それ以上は聞きたくなかった。
だが彼女が残していった言葉だけでも強烈だった。
忘れたことも、忘れられないこともすべてが絡み合って頭の中で蠢きだした。
私は剣を落とし甲冑を外した。
私が愛に気が付いていなかっただけだと言うのか・・?
確かに独自の体術を継承させられたのは私のみだった。
しかしそれは俺が一番殺しに向いていたから。
そうでなければ・・・
「すべては貴方の思い違いだったのかもしれないね。」
少女はいつの間にか耳元に立っていた。
「違う・・あいつは」
「ならこれを見てどう思う?」
彼女は私の頭に触れた。
その瞬間私の脳裏にあるワンシーンが映し出された。
在りし日の、若いころの師が私に秘術を教えている。
場所はあの聖堂。
その中庭で稽古をつけていた時のことだ。
私は才があった。だからこの秘術もすべてすぐに覚えた。
その時、師は言ったのだ
「こんな事しか教えられなくてすまんな」
顔も見ず、去るときに小声だがはっきりと言った。
そんな一幕が私の脳に映し出された。
違う違う!違う!
「あああああああ!」
叫んだ。喉がはちきれるほど。
ならば私は間違って・・いやそんなはずは!
頭を掻きむしった、まるでその考えを消すかのように。
「こんなのまやかしだ!見たくなかった!」
私は否定した。
虚偽だ!悪夢だ!これは悪夢だ!
しかし少女はあくまで無表情で告げた。
「残念ながらこれが事実だ。そしてこれはあなたが欲してたものだ。
最初に言ったでしょう?貴方の望む物を授けると、
そしてその一幕を見たからには私を最後まで送り届ける義務がある。」
私は涙を流した。私の人生が否定されたのだから。
いやそれだけでなく、師を倒すまでに殺した数多の人々の命さえ無駄だったのだ。
いくら身勝手とは言え殺された人々も理由があれば多少なりともうかばれるただろう。
しかしそれが無駄だったと告げられたなら彼らはどうやって供養とする事ができよう。
「全てが無為だったのか・・・」
涙も枯れたころには夕方となっていた。
少女は私の方をじっと見ていた。
私は力なく立ち上がり、もう腰まで水位が来ていたことに驚いた。
アークウェットは首と胴が分かれて浮いていた。
ここで彼女の後を追うのも悪くはないな。
いや、正直死のうと思う。
私は短剣を鞘から抜き首に突き立てた。
しかしここで一つの事を思い出した。
「・・確かもう一つ望む物を授けるんだったよな?」
私をずっと凝視していた少女はやはり無表情で答えた。
「ええ。あなたが真に望む物をね。」
私は少し思案した。
多くの事を思い出して、ある案を思いついた。
はたしてうまく行くか分からなかったが
私は決断し
剣を鞘に戻すと
岸を目指して再び歩き出した。
ーーーーーー結
私はそののち雪原を抜け、北限の白銀の世界にたどり着いた。
そして間もなく約束の花園が見えてきた。
この世界における聖地でもあるその地は連合軍によって警護されていた。
できるだけ事を構えたくはなかったが話し合いの前に砲撃が始まってしまった。
敵は総勢35万の大軍勢。
騎兵、近衛兵、銃器兵、重砲、竜、魔導士などありったけの戦力を集めたようだ。
「最後の一戦にふさわしいじゃないか」
私は剣を抜き魔法で防御を展開した。
そして敵兵ひしめく戦列の最中央に突入した。
さすがにこの人数相手では勝ち目はない。
なので司令部を襲って大将首を取ってしまおう。
戦列歩兵を切り倒し騎兵隊を吹き飛ばした。
戦線中央の指揮を執っていた猛将ターレン上級大将を討ち取ったことで
中央軍集団は浮足立った。
そのまま本陣まで突っ込み将官を三人切り倒し、いよいよ大将と一騎打ちとなった。
総大将は金色の槍を振るった
「父の仇・・!」
あぁ・・いつぞやの王の息子か。
だがここまで来たのだ今更負けられん。
こちらも剣のみで戦う事にした。
じりじりと両名は間合いを詰めた。
暫くの沈黙の後、
先に攻撃したのは大将の方だった。
槍は素早く空を貫いたが、
私には当たらなかった
私は姿勢を低く取り逆に大将の腹に一太刀を浴びせた。
そののち私は約束の花園にたどり着いた。
体は満身創痍そのものであったが、まだ歩けた。
花園はさっきまでの雪原が嘘みたいに暖かかった。
中央の丘には大きな木が立っていて、そこから同心円状に花畑が広がっていた。
「ああ・・幻想的な風景だ。とても、この世のものとは思えない。」
私は被弾した足を引きずり中央の丘に向かった。
木の麓まで来ると少女が不意に話しかけてきた。
「ありがとう!まさか本当に成し遂げるとは」
少女は初めて感情的になり万遍の笑みで喜んだ。
「・・君は一体・・?」
「それは言わない約束だよ!」
私はもう立つ力がなかったが笑うことは出来た。
少女は私の前で舞い上がった。
ああ・・体が重い・・アークウェットも師もこんな感じだったのだろうか。
願わくばもう一度・・
力が抜けてきた。
瞼が重い。
それを見かねて少女は尋ねた。
「貴方の最後の願いは?」
私はハッキリと最後の思いを伝えた。
ダメ元で言ったが少女の回答を聞く前にお迎えが来てしまった。
ーーーーーー真
目を覚ましたのは心地の良い日向であった。
春めいた庭先を見て私はうたた寝をしていたのだ。
そうするとまるで思い出すかのように記憶がなだれ込んできた。
なんとも不思議な体験だった。
家の中から女性が出てくる。
アークウェットだ。腹が膨れている。子供がいるのだ。
何やら料理を作ったらしい。盆にのせて運んできた。
その奥には杖を持った男性・・もうわかるだろう師匠だ。
私は教会を出ていかず、国に士官した。
そしてアークウェットを妻として子を作り、師匠と共に暮らしている。
これが私の人生だ。
今となってはどちらが本物なのかわからない。
しかし少女の事は覚えているし、あの悪夢のような人生もきっとあり得たのだろう。
だが私は今幸せだ。ならばそれでいいではないか。
私は春風に吹かれながら悪夢をそっと胸にしまった。
アークウェットは銀の長剣と白い装束を身に纏っていました。装束は仕官した国の王から与えられたもの、
銀剣は師から貰ったものです。
両方とも終生大事にしていたようです。